天空の舞踏城ドレナ・デ・スタール⑪/リング上部~荒れ地のワルツ~
起床し、食事をして、野営の片づけ。
ハイセは、テーブルに一枚の羊皮紙を置き、サーシャに説明していた。
「向かうは、この『転送装置』があるエリアだ。ここからリング上部に行ける」
「下部から中部に来た仕掛けのある場所だな」
「ああ。そことは別に、上へ行くための仕掛けがある。だが、外はオートマタであふれている。昔、厄災と戦って破壊されなかった残りだろうな。倒せば終わりだけど、数が不明だ」
「避けていく、というわけだな」
「そういうこと。ちょうど地図があったから確認するぞ」
ハイセは、地図に小石を置く。
「ここが俺たちのいるシェルター、そして向かうのはちょうど反対側にある『転送装置』だ。かなり距離があるけど、俺たちなら走って行けばすぐに到着する」
「戦闘は、最低限だな?」
「ああ。情報もある程度集まったし、ここリング中部にもう用はない。あとは上部を調べて、ここの住人たちが死んだ理由を探す」
空中城が飛んだ理由は、『七大厄災』の一つを地上から隔離するためだった。住人たちはシェルターに避難し、オートマタの力で大猿『マスラオ・ショウジョウ』を地上へ叩き落す作戦というのもわかった。
だが、大猿がどうなったか不明。さらに城は地上に降りることなく空をさまよい続け、住人たちは謎の死を遂げている……地上に降りることができなかった『何か』があったのだろう。
別に、それを調べる理由はない。だが……ハイセは興味があった。
それに、その謎を調べて初めて、この『禁忌六迷宮』を踏破したと言える。そんな気もした。
「ハイセ。マスラオ・ショウジョウは生きていると思うか?」
「……この城が浮かんだのは数千年以上前だ。さすがにもう生きてはいないだろ」
「だが、子孫の可能性もある。お前は覚えがあるだろう?」
確かに、ハイセは禁忌六迷宮で、『七大厄災』の子孫と戦った。
正確には、『使役』を受け魔族の僕となった魔獣だったが。
「魔族がいる可能性も捨てきれない……一層の用心をするぞ」
「ああ、サーシャ、前衛は頼むぜ」
「任せておけ」
いつの間にか、息の合ったコンビ……いや、S級冒険者同士、幼馴染同士として互いを信頼していた。
二人きり、共に背を合わせ戦い続けた結果、わだかまりが少しずつ消えていた。
◇◇◇◇◇
シェルターの外に出る二人。
外は相変わらずの荒れ地だが、不思議と静かだった。
「……気配がない。『スラッシュ』はいないようだな」
「好都合。行こう」
二人は静かに走り出す。
ハイセは地図を見ながら、最短ルートで進む。
そして、廃墟を指差した。
「これだけ崩れているなら、屋根に登るのも容易だ。まっすぐ最短ルートで進むぞ」
「わかった!!」
二人は、崩れた家屋の塀へ飛び移り、そのまま屋根へ。
身体能力は並みではない。屋根伝いにまっすぐ進み、障害物をよけて飛ぶ。
サーシャは言う。
「懐かしいな、ガイストさんの修行!!」
「ああ、岩場での修行か。『まっすぐ進め』……あれには驚いた」
まっすぐ進め。
荒れた岩石地帯で、ガイストは幼い二人にそう言った。
まっすぐ。巨岩が目の前にあれば登って、足場がなければ岩伝いに飛んで、とにかくまっすぐ。
筋力、バランス力、柔軟さ、全てを鍛える訓練だ。
「ハイセ、お前が大岩を登って落ちた時は驚いたぞ?」
「お前だって、川に落ちて流されただろうが」
「ふふ、二人で助け合って駆け抜けたな……懐かしい」
「……」
走りながら、煙突を登って飛び、鉄の柵を蹴って飛び、屋根から屋根へ飛び移る。
今の二人からすれば、平地を進むのと変わりない。
サーシャは黄金の闘気を使えばハイセよりも身体能力が上がるが、今は使っていない。互いに素の状態だが、ややハイセが身体能力が上のようだ。
十五分ほど進むと、見えてきた。
「サーシャ、あそこだ!!」
「あの塔、下部で見たのと同じ……」
「あそこから上部に転送できる。チャンスだ……見ろ、あっちに『スラッシュ』が集まっている」
ハイセたちのいる屋根から見下ろせる太い街道に、オートマタが集まっていた。
どうやら、屋根の上などイレギュラーな足場には対応できていない。
二人は一気に駆け、転送装置に到着。
中に入り、小部屋で起動レバーを倒して施設を起動。
転送ルームに入り、転送を待つ。
「ハイセ」
「ん?」
「ふふ、これくらいいいだろう?」
サーシャが拳を突き出してきた。
どうやら、ここまで問題なく来れたことを喜んでいる。
ハイセは鼻を鳴らし、サーシャの拳に軽く合わせた。
同時に転送───……二人は、リング上部へ転送された。
◇◇◇◇◇
リング上部。
下部は街並みが残り、中部はオートマタによる破壊があった。
上部は、中部と同じくらい、オートマタによる破壊で荒れていた。
散乱するオートマタの部品、破壊され尽くした住居、バリケードのようなものが組まれ、中部にはなかった兵士の人骨、魔獣の骨なども多く転がっていた。
激戦区───……そんな言葉が、二人の頭をよぎる。
「ここは、オートマタだけじゃなく人間の兵士もいたようだな」
「ああ。見ろ……武器を持っていない。身体に金属部品……なるほどな、オートマタを『装備』して戦っていたのかも。俺の銃よりも高度な技術……この国の独占技術か何かだろうな」
「……だが、亡びた」
「ああ。その原因が不明なんだ……なぜ、この空中城は地上に降りなかったのか、厄災のマスラオ・ショウジョウを地上に落とせなかったのか、その原因を調べるか」
「ふふ、踏破ではなく、原因解明が目的になっているな」
「まぁ、そっちのが面白い。それに……おそらくだが、戦闘はもう一回あるぞ」
「え?」
と───……ハイセの言葉が引き金になったのか。
上空に、巨大な『影』が見えた。
「な……なんだ?」
「……やっぱり、な」
ハイセは両手に自動拳銃を持ち、上空へ構える。
サーシャも剣を抜くが、上空に現れた『何か』にくぎ付けだった。
ハイセは言う。
「忘れたのか? 厄災殲滅型は七体建造されて、五体は破壊。残る二体は自己修復するまで戦線離脱していた。そのうちの一体は『タイタン』……俺とお前で倒した球体のオートマタだ」
「じゃあ、これは……」
それは、『翼の生えた魚』のような形状だった。
装甲は群青色。細長く、小さな翼を何枚も生やした金属の魚。
ドラゴンのような顔が、ハイセとサーシャを見つめていた。
「到着早々、目を付けられたか……」
「運がいいのか悪いのか……戦いは避けられそうにないぞ」
「だな。いけるか?」
「当然だ」
厄災殲滅型・コードネーム『バハムート』。
七大厄災を倒すために作られたオートマタ、最後の一体。
存在理由を失った憐れな存在が、ハイセとサーシャに牙を剥く。