天空の舞踏城ドレナ・デ・スタール⑧/リング中部~鉄屑のオラトリオ~
一瞬の浮遊感、そして真っ白な視界。
思わず目を閉じた二人。すぐに目を開くと、何事もなかった。
狭い部屋の中で、ハイセとサーシャは顔を見合わせる。
「なんだったんだ、今のは……」
「…………」
サーシャの問いに、ハイセは答えられない。
そして気づいた。つい先ほどまで見えていた空が、見えなくなっていた。
煙突を見上げ、空が見えてたのだが、今は天井が塞がれていた。
「あれ、空が見えないぞ……?」
「……おかしいな。とりあえず、外に出るか」
「あ、ああ」
ハイセとサーシャが横開きのドアに近づくと、勝手に開いた。
自動ドア。つい先ほどまでなかったドアの機能に驚くが、それ以上に驚いた。
「なっ……なんだ、これは」
「……鉄の、人形」
塔の中に、鉄の人形がいくつも転がっていた。
綺麗な形の人形は一つもない。どれも破壊され、中身がむき出しになり、原形を留めていない物が大半だ。サーシャとハイセが戦った鉄人間と同じものもあれば、人の形をしていない物も多い。
ハイセが転がっていた金属部分を拾い、観察する。
「錆がひどい。これは数年、数十年レベルで放置されてる金属だ」
「ま、待て。じゃあ……私たちは、あの部屋に入って、それほどの時間を過ごしたというのか!?」
「……いや、違う。ここは俺たちの入った塔とは、別の場所だ」
「な、何? 馬鹿な」
「ドアの位置が違うだろ。とにかく、外に出る……気を抜くなよ」
そう言い、ハイセとサーシャは外へ出るドアへ向かう。
ハイセは腰の自動拳銃を抜き、サーシャも剣の柄に触れる。
ドアを開け、外へ出ると……そこは、とんでもない光景だった。
「…………な、なんだ、これは」
サーシャは、唖然とした。
そこは……まるで、大火災と暴動が同時に発生し、全てが蹂躙された後のような『街』だった。
ボロボロの廃墟が多くあり、道には鉄人間やそうでない物が多く転がっている。
まるで別の場所。ハイセは気づく。
「そういえば……デルマドロームの大迷宮で、最後に脱出した時と似ているな。確か、妙な筒に乗り込んで、気付いたら外だった」
「あ、私もおぼえがある。あの時の感覚に似ていた」
二人は転送装置を知らない。
たった今、リング下部からリング中部に転送されたのだ。
周囲の、全く違う景色が、ここはリング下部ではないと実感させる。
「恐らく、ここは……真ん中のリングだ」
「私もそう思う。あの塔が、移動手段だったようだな」
「ああ。だけど……この景色。間違いなく、ここで何かあったんだ。この残骸だらけの町……大規模な戦いがあったのは、間違いない」
そう言い、ハイセは転がっていた鉄人間の頭を軽く蹴る。
コロコロ転がり、別の鉄人間の頭にぶつかり止まった。
「わけがわからん。下は普通の町に見えて、ここではこんな……全てが蹂躙されたような跡しかないなんて……」
「……戦争、か?」
「それが自然な考えかもしれない。だが、見ろハイセ……これだけの戦闘があったのに、人間の死体……いや、骨が一つもない。あるのは鉄だけ……」
「恐らく、古代人は自分で戦わず、この鉄人間に戦わせていたんだろうな」
「…………」
「よし、辺りを調べてみるか」
ハイセは歩き出し、サーシャも無言で後に続いた。
◇◇◇◇◇
やはり、辺りは廃墟と鉄屑しかない。
激しい戦闘があったのは確定。そして、戦っていたのは鉄人間たち。
ふと、気になったのは……鉄屑意外に、巨大な何かの『骨』があったことだ。
二人が到着したのは、リング中部の中央広場。リングの造りは下部とほぼ同じで、住居の位置も同じだった。名残があったのでサーシャが気づいたのだ。
サーシャは、中央広場にあった何かの『骨』を拾う。
「これは、骨?」
「……人間、じゃないな。魔獣の骨か?」
「恐らくな。もしかしたら、鉄人間は魔獣と戦っていたのか?」
「魔獣、禁忌六迷宮…………そういえば、デルマドロームの大迷宮にいた魔族が言ってたな。禁忌六迷宮は、魔獣を閉じ込める檻だとか」
「私も聞いた。確か、『七大厄災』だったか。全てを滅ぼす七つの厄災が、禁忌六迷宮に封じられているという……まさか、鉄人間が戦っていたのは、厄災なのか?」
「可能性はある。あの骨、もしかしたら厄災の一つか?」
ハイセが言う骨は、巨大な《手》のような形状だった。
大きさは、手だけで数メートル以上ある。もし全身があるならどれほどの大きさなのだろうか。
ハイセは周囲を観察する。
「サーシャ、まだ使えそうな廃墟を探して野営しよう。気配を感じにくいが、下部で見た鉄人間がまだいるかもしれない……用心していくぞ」
「ああ、わかった。気配は感じにくいが、感じないわけではない。もう不意な接近は許さないぞ」
少し歩き、まだ原形がある廃墟に入る。
一階部分はボロボロだったが、二階部分は使えそうだった。
ハイセは、廃墟の入口に何かを置いている。
「何を置いている?」
「地雷だ。センサー式で、このドアに近づくと爆発するフラグメンテーション・タイプの地雷だ。危険だから、絶対に近づくなよ。秒速1200メートルで飛ぶ弾丸は、お前の闘気でも防御できないぞ」
「あ、ああ……よくわからんが、恐ろしい武器というのはわかった」
ハイセは、地雷を一階にセットしていく。
もし、鉄人間が入ってきても問題はない。
地雷をセットし、二階へ。
二階の一室を拠点として、テントを張り、食事にする。
今回も、ハイセのアイテムボックスにある屋台で買った食べ物だ。スープに焼き立てのパン、肉串などを出し、二人で食べる。
食べながら、ハイセは言う。
「明日も周囲の調査をする。おそらく、ここに来た《塔》がどこかにある。上部のリングへ行けるだろうな」
「ああ、わかった。だが、こう廃墟だらけだと、店とかは期待できないな」
「仕方ないだろ。ま、俺としてはここがこうなった原因を調査する方が楽しいけど」
「…………」
「なんだよ、サーシャ」
「いや……」
サーシャは、わからなかった。
禁忌六迷宮に来て、自分は何をしているのか。
ハイセに無理やり付いてきたはいいが、踏破するという情熱があまり燃えていない。
理由は……レイノルドたち『セイクリッド』がいないからだ。
「……無理をしてでも、お前に依頼するべきだったのかもな」
「ん?」
「私は、お前に無理やり付いてきたが……お前に依頼をして運んでもらうという可能性も、あったのだろうな」
「…………」
「す、すまない。忘れてくれ……ああ、湯をもらえないか? 清拭をしたい」
「ああ、いいけど」
「感謝する」
ハイセは、鍋いっぱいのお湯をサーシャへ。
サーシャはテントに入り、鎧を脱ぎ、身体を拭き始めた。
ハイセは食後のお茶を飲みながら、廃墟にあった椅子に座り、ランプのそばで読書を始めた。
本を読みつつ、サーシャのテントをチラッと見る。
「…………」
サーシャの悩みに、ハイセは答えるすべを持っていない。
そう思いつつ、ハイセは本のページをめくった。
◇◇◇◇◇
次の瞬間、廃墟の一階で爆発音が鳴り響いた。
◇◇◇◇◇
「───……ッ!?」
「ハイセ!! 今のは!!」
「地雷が爆発した!! 下に何か……ッッ、お、おい!?」
「え?」
テントから飛び出したサーシャは……上半身裸だった。
身体と髪が濡れている。清拭の途中だったのだろう。
サーシャは真っ赤になって胸を隠し、ハイセも顔を赤くして顔を逸らした。
「じゅ、準備出来たら来い!!」
ハイセは両手に自動拳銃を持ち、上ずりそうになる声で叫び、一階へ向かったのだった。





