天空の舞踏城ドレナ・デ・スタール⑥/リング下部~鉄のトロイメライ~
早朝。
ハイセは日が昇ると同時に起床し、玄関のドアを開け外の空気を吸う。
ドレナ・デ・スタールの空中城は雲より高い位置にある。おかげで雲一つない快晴だ。
軽くストレッチをして室内に戻ると、サーシャがテントからモゾモゾと起きてきた。
「ん……おはよう、ハイセ」
「ああ。メシ食ったら行くぞ。なるべく早くここを調べて、二番目のリングへ行く」
「ああ……わかった」
ハイセは、鍋に湯を入れてサーシャへ渡す。
さすがのハイセのアイテムボックスにも女物の下着はない。新品の、男用の下着をいくつかサーシャに渡し、昔使っていた容量の少ないアイテムボックスをサーシャに渡した。
男物の下着を渡された時は激しく動揺したサーシャだが、「新品だ」と言われ何とか落ち着きを取り戻した。さすがに一か月も、同じ服や下着ではいられない。
サーシャは、空き部屋で着替えを済ませ、湯で顔を洗い戻ってきた。
すでに、テーブルには熱々のスープとサンドイッチが用意されている。
「サーシャ、紅茶いるか?」
「ああ、もらおう」
食事を終え、食後の紅茶で一服。ハイセは「新聞があればな」とボヤいていた。
紅茶を飲み終え、道具を全てアイテムボックスへ。
玄関から外へ出て、ハイセは言う。
「とりあえず、大きい通路を通って行くか。何かあったら教えてくれ」
「わかった。では、行こう」
二人は歩き出す。
一度だけ、世話になった家をサーシャは見て、周りの家を見て言う。
「もしかしたら……他の家にも、人骨があるのかな」
「……多分な。俺たちが入った家だけ、ってことはないと思う」
「……一体、何なんだろうか、ここは」
「それを調べてる。禁忌六迷宮という割には、迷宮でも何でもないけどな」
二人は並んで、この空中城について語りながら歩いていた。
◇◇◇◇◇
ハイセとサーシャが歩くこと一時間。
道中、様々な店があった。
「む、ここは……雑貨屋のようだな」
「本当だ。見ろ、カップとか、食器とか並んでいるぞ」
「ふむ……土産に、いくつか買っていくか」
「店主は骸骨だけどな」
サーシャが雑貨屋で、高級そうな装飾の施された食器一式を買った。値段がわからないので、ハイセから借りた金貨を一枚、骸骨店主のいるカウンターへ置く。
「ここは……パン屋だな」
「パンはあるが……なんだこれは? 触っただけで風化するぞ」
「水分が完全に抜けてる。おい、食うなよ」
「誰が食うか!!」
パン屋では、カラッカラのパンがいくつか置いてあった。
相変わらず、店主は骸骨だ。
そして、次の店では。
「ん? ここは……服屋か」
「む、もしかしたら……ハイセ、少し寄っていいか?」
「ああ、いいけど」
サーシャが店内へ。
ハイセも付いて行く。すると、サーシャが向かったのは……下着売り場だった。
ハイセは立ち止まるが、すでに遅い。サーシャは、下着を漁っていた。
「……ふむ、古代の下着か。素材はしっかりしているし、洗えばなんとか」
「…………」
ハイセはその場を離れた。
サーシャはアイテムボックスに、替えの下着や肌着を大量に入れ、カウンターに金貨を置いた。
◇◇◇◇◇
それから数日間、二人はリング下部を回ったが……わかったことは一つだけ。
「ここは、居住区だな」
結論が出た。
ハイセとサーシャは、リング下部にある大きな公園のような場所で話をしていた。
ハイセは続ける。
「空中城の周りにも住居があっただろ? そして、ここ以外でも浮かぶリングは二つ。それぞれ浮いている高さが違う……断定はできないけど、もしかしたら階級制度みたいなのがあったかもな」
「階級? 貴族のような?」
「ああ。あの城の周りに住むのが貴族、それ以外が平民で、平民でもランクがあって、ここが最下層……なんて可能性も。もちろん、仮説だけどな」
「ふむ……」
「とりあえず、ここに目ぼしい物はない。一般的な、古代の町だろうな。まぁ、浮かんでいる時点でとんでもないけど」
「……では、ここでの調査は終わりか?」
「一応な。よし、どこかで野営して、明日は次のリングへ行く方法を探すか」
「む? あの、ヘリとかいう乗り物を使わないのか?」
「それは最終的な手段だ。せっかく空中城に来たんだ……どうせなら、この空中城にある仕掛けで行けるかどうか試したい」
ハイセは、どこか楽しんでいた。
やや気を抜いているようだ。なぜなら、ここには魔獣がいない。
ここに到着した時点で、最大の難関は突破したようなものだ。
「ふふ、楽しそうだな」
「まぁな。お前は?」
「そうだな……うん、私も楽しい」
「下は気にならないか? レイノルドとか、怒ってるかもな」
「……帰ったら謝る」
サーシャは、ややバツが悪そうだった。
そんな風に、気を抜いていた時だった。
『が、ガガガ……ガ、ウォ、ガガ』
「「ッ!!」」
ハイセとサーシャは同時に振り向き、ハイセは腰から自動拳銃を二丁抜き、サーシャは腰にある剣を抜いて構えた。
妙な音声。何かが、そこにいた。
「な……なんだ、こいつは」
「て、鉄の……人形、か?」
それは、金属の人形だった。
胴長の図体、鉄の腕、鉄の足、顔は半円形で、中心に穴が開いており、赤い光が点滅している。
初めて見るタイプの魔獣。ハイセは銃を構えつつ言う。
「サーシャ、気を付けろ!! こいつ……この町の白骨と、関係があるかもしれない!!」
「わかっている!!
サーシャの全身を黄金の闘気が包み込む。
その間も、鉄の魔獣はゆっくりと近づいてきた。
伸ばした手に指ではなく、空洞の筒がありガラス玉のような物がはまっている。その筒をサーシャに向けると、ガラス玉が輝き始めた。
「───サーシャ!!」
「ッ!!」
筒から、光線が発射された。
サーシャは刀身の腹部分で光線を受ける。
「ッぐ……!? な、なんだ、これは……ッ!! あ、熱い……!?」
ジリジリジリジリ!! と、刀身が赤くなっていく。
超高熱熱線砲。ハイセは自動拳銃を連射し、鉄人形の顔である赤い光点を狙う。
弾丸が光点に命中すると、バリンと光点部分が割れて弾丸が食い込んだ。
光線が止まり、鉄人形がバチバチと音を立てると、そのまま爆発する。
四肢が吹き飛び、ボディの内側から爆発した。
「っく、っはぁ、はぁ、はぁ……」
「サーシャ、大丈夫か!?」
「あ、ああ……こ、こいつは、なんだ?」
サーシャの足元には、バラバラになった鉄人形の頭部が転がっていた。
ハイセはそれを拾い、確認する。
「魔獣、なのか? 鉄の……生物?」
「……何か、喋っていたようにも見えた」
「…………」
ハイセは頭部を捨て、周囲を確認する。
「……ほかにはいるか?」
「……わからん。生物的な気配は感じられんのだが」
「……確定だな。間違いなく、ここには何かがいる」
ハイセは自動拳銃のマガジンを交換し、腰のホルスターに収めた。





