天空の舞踏城ドレナ・デ・スタール②/出発前夜のアラベスク
サーシャは、タイクーンと顔を見合わせて大きなため息を吐いた。
「駄目だ。やはり不可能……」
「くっ……」
ソファでは、レイノルドがいびきを掻き、ロビンがレイノルドの太ももを枕にして、ピアソラは床に寝転んでスヤスヤ寝息を立てている。
一晩中、『ドレナ・デ・スタールの空中城』へ行く方法を考えたが、タイクーンは『不可能』と断言した。
タイクーンは眼鏡をはずし、目と目の間を指で揉む。
「『飛行』、『推進』、『浮遊』……数ある浮遊系能力者を集めても、空中城まで半分も到達できない。せいぜい、位置を視認できるくらい。かといって空中城が地上に降りてくるのは計算によると七十七年後……ボクらはとうに引退している。サーシャ、今回は見送った方がいい。次の六迷宮、『狂乱磁空大森林』に専念した方がいい」
「…………」
「サーシャ、聞いているのか?」
「あ、ああ。だが……ハイセは《アテがある》と言った。きっと私たちにも手はある……はず」
「……やれやれ」
タイクーンは眼鏡を布で磨き、すっかり冷めた紅茶を一気に飲み干す。
「一度、ハイセに話を聞くのはどうだ?」
「……お前がそんなことを言うとはな、タイクーン」
「勘違いしているようだが、ボクはハイセの知識の高さに敬意を表している。彼が『セイクリッド』に在籍している間は、よく夜遅くまで戦術について語り合ったものだ」
「……」
「まぁ、ハイセがその情報を出すとは思えないがね」
サーシャは少し考え、窓の外を見た。
すっかり日が昇り、早朝の日差しが差している。
「……少し、出てくる」
「ああ。連中はボクに任せておいてくれ」
サーシャはタイクーンに任せ、冒険者ギルドに向かった。
◇◇◇◇◇
サーシャは一人、冒険者ギルドに向かっていた。
すると、ギルドの入り口で談笑しているプレセア、ヒジリと出会う。
「あれ、サーシャじゃん」
「珍しいわね。ギルドに用事?」
「あ、いや……」
歯切れの悪い返答に、ヒジリは首を傾げ、プレセアは何かに気づく。
「……もしかして、ハイセ?」
「っ!!」
「へ? なんでハイセが出てくんのよ」
「お子様にはわからないでしょうね」
「あぁ!? だーれがお子様よ!! 背ぇはアタシのが低いけど、ムネはアタシのがおっきいんだからね!!」
ヒジリは、サラシに包まれた自分の胸を揉みながらプレセアに抗議する。確かにヒジリの胸はプレセアよりも大きく、女らしいと言えた。
だがプレセアは見ていない。
「悩み事なら聞くわよ?」
「…………いや、問題ない。これは私が……私たちで解決せねばならない」
「むー、意味わかんないわ」
すると、ギルドからハイセが出てきた。
サーシャと目が合い、逸らそうとするが止め、ため息を吐きつつ近づいてくる。
「三人そろって何してるんだ。とんでもなく目立ってるぞ」
ハイセの言う通りだ。
S級冒険者が二人、そしてエルフのA級冒険者が一人。冒険者ギルドの前で集まって会話をしていれば嫌でも目立つ。しかも、三人はとんでもない美少女だ。
ハイセはそれだけ言い、立ち去ろうとする。
「───ハイセ!!」
「っと、な、なんだよ」
サーシャに肩を掴まれ、立ち止まる。
「その、聞いてもいいか?」
「……?」
「お前は、空中城へ行く方法を見つけたのか?」
「……まぁな」
「くっ……」
「悪いけど、教えないぞ」
「……むぅ」
ようやくサーシャはわかった。
胸がもやもやする原因。それは、ハイセに先を越されるのが嫌だから。
このままでは、ハイセが先に行ってしまう。
すると、ハイセは笑った。
「悪いな、俺は先に行かせてもらう」
「くっ……」
そう言い、ハイセは行ってしまった。
残されたサーシャ、ヒジリ、プレセア。
「ハイセ、いよいよ六迷宮に挑むのね」
「アタシは興味ないなー、とんでもない魔獣と戦うのはいいけど、ダンジョンで彷徨うのとか無理だし」
「くっ……私もうかうかしていられん。ではまたな、プレセア、ヒジリ」
サーシャはダッシュで行ってしまった。
プレセアとヒジリは顔を見合わせる。
「結局、何しに来たのかしら」
「さーね。それより、ごはん行こっ」
禁忌六迷宮にあまり興味のない二人は、仲良く食事へ出かけるのだった。
◇◇◇◇◇
空中城へ行く算段のついたハイセは、一人城下町を散歩していた。
まっすぐ帰ってもいいが、空中城へ行くとなると次はいつ戻って来れるかわからない。さすがにデルマドロームの大迷宮のように半年帰れないというわけではなさそうだが。
なんとなく、遠回りして歩いていると。
「おや、ハイセ君ではありませんか」
「……?」
いきなり声を掛けられた。
分厚いコートを着て、おしゃれな帽子を被った、眼鏡をかけた紳士だ。
全く心当たりがなく、つい首を傾げてしまう。すると紳士は「ああ、わかりませんか」と言って帽子を取り、眼鏡をはずす。
「お久しぶりですな。まぁ、直接話すのは初めてでしょうが」
「……えっと」
ふと、記憶が刺激される。
何度か見た顔だった。
ハイベルグ王城の、国王の隣で見たことのある顔。
「───……ぼ、ボネット宰相閣下」
「はい、その通りです」
国王の右腕、ボネット。
かつてガイスト、国王バルバロスとチームを組んでいた元S級冒険者にして、この国の宰相だ。
ハイセは敬礼しようとしたが、ボネットが手で制する。
「今日はお忍びですので大丈夫です」
「は、はい。あの……今日は、何を?」
「ええ、ここです」
ボネットが見上げたのは、大きな古い煉瓦造りの建物だ。
ハイセも今気づき、建物を見上げる。
「ここは……?」
「劇場です。私が好きだった女優が引退するというので、最後の劇を見に来たんですよ」
「……演劇場、ですか」
「正確には、音楽劇場です。ステージで歌手が歌を歌い、踊りを見せる場所ですね。建物も古くなり、ここの持ち主が売りに出すと言うので……」
「ここ、売られるんですか?」
「ええ。まあ、見ての通り古いですからね……たとえ買われても、手入れだけで金貨が吹っ飛ぶでしょうなぁ。持ち主の方も、売りには出すが買われることは期待していないと言っていましたから」
「…………」
ボネットは、少し寂しそうだった。
そして、「では、また」と言いボネットは会場内へ。
ハイセはボネットを見送り、もう一度建物を見上げる。
「そういや……初めて王都に来た時、サーシャとここに来たっけ」
劇場なんて、ハイセとサーシャの村にはなかった。
物珍しと、二人で建物を見上げた思い出がよみがえる。
「…………」
なんとなく寂しい気持ちになり、ハイセは早々に音楽劇場から離れた。





