再び冒険へ
チョコラテたちと別れ、ハイセは宿へ。
宿に戻ると、甘い香りが一階に漂っていた。すると、シムーンが嬉しそうにハイセの元へ。
「お帰りなさいっ」
「あ、ああ……お前、まだ起きてたのか?」
時間はもう、深夜を過ぎている。
いつもなら主人もカウンターにいないはずだが、今日はいた。
すると、シムーンはもじもじしながら言う。
「あの……お夜食、つくりました。あんまり美味しくはないかもですけど……」
「夜食……ああ」
シムーンに頼んでおいた夜食だ。
匂いの元は、一階の食堂スペースだ。そこには不格好な形のクッキーが、皿の上に山盛りになっている。形こそ悪いが焼き色はよく、酒がメインで食事の量が少なかったハイセの腹が鳴った。
ハイセは、シムーンの頭をポンと撫でて席へ座り、クッキーを一つ食べる。
「ん、うまい」
「───っ」
シムーンは嬉しそうに微笑み、新聞を読む主人の元へ行き「やりました!」と報告。驚いたことに、主人はにっこり笑いシムーンの頭を撫でていた。
その様子をばっちり見たハイセ。主人と目が合いニヤリと笑うと、主人は「ムっ……ごほん」と咳払いして新聞で顔を隠してしまう。
シムーンは、熱いお茶をハイセに注ぐ。
「そういや、イーサンは?」
「寝ちゃいました。クッキーの試食してもらったら「お腹いっぱい」って」
「はは、そうか。シムーン、お前も食うか?」
「え……でも」
「いいから。ほら」
「じゃあ……あむっ」
シムーンはクッキーを美味しそうにコリコリ食べている。
なんとなくシムーンの側頭部を見て、ハイセは聞いた。
「な、お前とイーサンのツノ……どうした?」
「ツノですか? いちおう、部屋に置いてあります。折れちゃったし、もういらないですけど」
「そ、そうか」
仮にも、自身の一部だったのにあまり興味なさそうだ。
シムーンは、髪に埋もれている側頭部に触れ、髪をずらす。すると、皮膚の上に黒い断面があった。シムーンが折ったツノである。
「魔族は、ツノが頭の両側に一本ずつ、二本生えるのが普通らしいです。でも、わたしとイーサンは一本ずつ……それぞれ分け合って生まれたんです。肌も白かったし、呪われてるとか言われてました」
「……ひどい話だ」
「もう気にしてません。えへへ……それに、肌が白くてよかったです。こうしてハイセさんに救われて、このお宿で働けるようになって……わたし、今がすごく幸せです」
「……そっか」
「イーサンも、おなじ気持ちです。ハイセさんにあげるクッキーだって言ったら、何度も味見して味を確認してくれました」
ハイセはクッキーを食べつつ、お茶をすする。
「お前もイーサンも、やりたいことを何でもやればいい。応援するぞ」
「はい。ありがとうございます、ハイセさん」
「ああ───……ごちそうさん」
クッキー完食。残ったお茶も全部飲み干し、ハイセは立ち上がる。
「さ、お前も早く寝ろよ。明日の朝食も期待してる」
「はい!! おやすみなさい、ハイセさん」
ハイセは頷き、店主をチラッと見て二階の客室へ戻った。
◇◇◇◇◇
翌日。
朝食は、これまでシムーンが作った中で、一番の出来だった。
焦げてもいないし、塩辛くも甘すぎない、いい塩梅の味加減。
ハイセは朝食を食べ終え、新聞を読みながら紅茶を啜る。
「おかわり、どうですか?」
「ああ、もらうよ」
シムーンが紅茶のおかわりを注ぐ。
「イーサンは?」
「えっと、朝の水くみをして、フェンリルちゃんにご飯あげてます。この後は一緒に、宿と母屋のお掃除をします」
「そうか。仕事には慣れてきたか?」
「はい。毎日忙しいですけど、楽しいです!!」
シムーンはにっこり笑う。
助けることができてよかったと、ハイセは本当に感じていた。
「さて、そろそろ行くか」
「はい!! いってらっしゃいませ!!」
「……ああ」
ハイセは、主人のいる受付カウンターに向かい、金貨を置く。
「延長一か月、朝食と新聞付きで」
「はいよ」
「……あの二人、役に立ってるか?」
「見てわからんか?」
「……だな」
ハイセは苦笑し、朝食の片づけをするシムーンを見て宿を出た。
行く前に宿の裏に回ると、フェンリルに餌をあげているイーサンがいた。
ハイセを見て、フェンリルが尻尾を振りながら飛びついてくる。
「あ、ハイセさん」
『きゃん!!』
「おっ……はは、よしよし。じゃあイーサン、行ってくる」
「はい!! ほら、ハイセさんが行くってさ」
『きゅーん』
さみしそうなフェンリルを撫で、イーサンへ渡す。
きっと、この笑顔が答えなのだ。
シムーン、イーサン、そしてフェンリル。
二人と一匹の宿生活は、とても充実しているようだった。
◇◇◇◇◇
「おっはよーハイセ!!」
「……朝からうるさい」
「なによー」
冒険者ギルドに入るなり、ヒジリが上機嫌でハイセの元へ。
いつも通り、依頼掲示板が混みあうのを避け、少し遅い時間に来たのだが……なぜかヒジリがいた。
周りを見るが、ほかに知り合いはいないようだ。
「ね、今日ひま? アタシさ、昨日デカイ獲物仕留めて大金がっぽり入ったのよ。今日はハイベルグ王国の焼き肉屋制覇するから付き合いなさいよ!!」
「…………」
朝から幸せな奴……と、ハイセは思った。
ハイセは無視しようと脇を通り抜けようとしたが、ヒジリが腕に抱き着く。
「お、おい。何すんだ」
「無視すんなっ、ねぇねぇいいでしょ、付き合ってよ」
「嫌だ。俺は依頼を受けるんだ」
「討伐依頼、今日はもうないわよ。さっきミイナに聞いたんだけどさ、いつもはある高レートの討伐依頼、今日はもうないって」
「何ぃ?」
「たまーにあるんだって。討伐依頼がない日」
「……マジか」
ヒジリを疑うわけではないが、自分で確認しようと依頼掲示板へ行こうとすると。
『おお、ハイセではないか!!』
「ん……ああ、お前か」
チョコラテ一行がギルドへ。
鎧をガシャガシャ鳴らしてハイセに近づいてくる。
『ハイセ、我らは今日ハイベルグ王国を発つ。また会おうぞ』
「ああ、がんばれよ。お前ならS級冒険者になれるさ」
『うむ』
そして、ミュルルとエドナ、オルとロスもハイセの元へきて挨拶をする。
「じゃ、またね」
「またね~ん」
『ワン』『クゥン』
「ああ、こいつのこと、よろしくな」
『ハッハッハ!! では我が友よ、さらばである!!』
チョコラテたちは、ギルドを出て行った。
ガイストから預かった資料を届けに、砂漠の国ディザーラまで向かうのだろう。
もう、立派な冒険者だ。かつてデルマドロームの大迷宮で会ったカオスゴブリンとは思えないくらい、人の生活に慣れている。
「イーサンとシムーン、チョコラテ……変わろうと思えば、いくらでも変われるんだな」
「ねーねー、さっきの連中なんなの? ね、ハイセ」
「あいつらは知り合い。砂漠の国から来たんだとさ」
「へー、で、焼き肉屋は?」
「プレセア誘えよ。サーシャとか」
「プレセアは依頼。サーシャは王家からの依頼とかで行っちゃったのよ。ねーねー、奢るからさぁ、今日はアタシに付き合ってよー」
「……あぁもう、わかった。わかった。ただし、一軒だけな」
「やたっ、じゃあ行くわよ。焼肉っ!!」
「……てか、朝っぱらから焼肉? あ~……やめとけばよかった」
結局、ハイセは夕方までヒジリに付き合わされることになるのだった。





