飲み屋にて
「悪い、遅くなった」
『来たかハイセ!!』
ヘルミネのバーに到着したハイセを出迎えたのは、店内でも漆黒の全身鎧を装備したままのチョコラテ。
店内に入ると、ヘルミネが笑顔で「いらっしゃい」と言う。
カウンターではなく、円卓の席に座った。そして気づく。
「……あれ、お前」
「偶然よ」
プレセアだった。
同族であるミュルルと一緒に飲んでいたようだ。ミュルルが「あなたもこっち来なさいよ」と言い、二人で円卓へ座る。
円卓にいるのはハイセ、チョコラテ、ミュルル、エドナ、プレセアだ。ちなみに双頭の犬オルトロスはバーの隅で丸くなり眠っている。
注文を取り、料理や飲み物が運ばれ、全員がグラスを手に取った。
『ではでは、我とハイセの再会を祝して!!』
「いや、勝手に決めるなよ……俺とお前だけならともかく、お前の仲間もいるだろうが」
「私は気にしないわよ」
「あたしも~」
ミュルルとエドナは気にしていない。プレセアも「別に」と言う。
ハイセは面倒なので、もうチョコラテに任せることにした。
『では、乾杯!!』
グラスを合わせ、さっそく飲む。
ハイセはチョコラテをチラッと見ると、兜の口元がガシャッと開き、そのままゴクゴク飲み始めた。
ミュルルがハイセに言う。
「うちのリーダー、未だに素顔見せてくれないのよ。あなたは見たことある?」
「……まぁ」
『ハッハッハ!! 我の素顔を知るのはハイセだけよ!!』
「その言い方やめろ……」
「うんうん。リーダーは謎なのよねぇ~……おかわり」
エドナはあっという間に大ジョッキを飲み干してしまう。
ドワーフ族であるエドナ。ドワーフ族は酒好きでちょっとやそっとじゃ酔わないとハイセは聞いたことがある。エドナもそうなのだろうか。
ハイセはグラスを置き、チョコラテに聞いた。
「なぁ、俺と別れたあと、お前は何をしてたんだ? 冒険者になったようだけど」
『うむ。いろいろあったぞ。今ではA級冒険者として活動している。聞きたいか?』
「まぁ……」
『ふっふっふ。では話そう、我の武勇伝を!!』
「あ、長くなるのは勘弁してくれ。簡潔に」
『えぇぇ!?』
がっくりしたチョコラテは、ミュルルを見て言う。
『ミュルルと出会ったのは、ハイセと別れてすぐだったな。ディザーラ王国領地の大砂漠で行き倒れていたのを助けたのだ』
「あん時は死ぬかと思ったわー……砂漠で迷子になって、飲み水なくなっちゃってね」
「馬鹿みたい」
プレセアがくすっと笑うと、ミュルルも「ほんとにね」と笑った。
チョコラテも笑う。
『あの時は参ったな。我も砂漠なんて初めてだったから、二人して迷子だった!! ハッハッハ』
「お前もかよ……よく生きてたな」
「たまたま、行商人の馬車通ったの。リーダーがお金持ってたおかげでディザーラ王国まで行けたのよ」
『ハイセからもらった金で助かった。つまり、ハイセに助けられたようなものだな!! 感謝するぞハイセ!!』
「ああ。気にするな」
酒のお代わりを頼むと、串焼きが運ばれてきた。
さっそくハイセは串焼きを手に取りかじる……塩気の利いた肉は、なんとも美味い。
そして、エドナが言う。
「んで、鎧の手入れをしにあたしのお店に来たのが、あたしとの出会いだよね~」
「あ、そういえばそうだったわね」
『うむ。あの時の対応は驚いたぞ』
「だってだって。リーダーの鎧、見たことない材質なんだもん。鍛冶師としては気になっちゃうよねん」
チョコラテの全身鎧は、デルマドロームの大迷宮のボスの素材だ。
ハイセがディザーラのギルドに寄附し、ハイベルグ王国にも献上したばかりの素材で作られているのだ、エドナが知らないのも無理はない。
ミュルルは、ワインを飲みながら言う。
「で、何にも知らないリーダーに冒険者の登録とか世話して、いつの間にか三人でチーム組んでたのよね。オルとロスも、砂漠で死にかけてたのを助けて懐かれちゃってさ、従魔として仲間にしちゃうし」
「んで、いつの間にかA級だもんねぇ。リーダーの『能力』ってすごいからさぁ」
「……能力?」
ハイセが首をかしげる。
ハイセの知る限り、チョコラテには能力がないはずだ。
「リーダーの能力は『超回復』っていうの。どんな怪我してもすぐ治るの」
「……あー」
チョコラテを見ると、「そういうことだ」と頷く。
超回復は能力ではない。カオスゴブリンの特性みたいなものだ。
冒険者をやる上で『能力』は必須。チョコラテはうまい具合に魔獣としての特性を『能力』として利用しているようだ。
「あなたの能力は?」
ここで、聞きに徹していたプレセアが口を開く。
聞いた相手はミュルルだ。
「私は『鷹眼』……遠くまでよーく見える能力」
「……武器は弓ね?」
「そういうこと。『必中』が欲しかったけど、こればかりは仕方ないわ。ま、見えるだけでもありがたいわ。私の弓、外したことないし」
「ふーん」
「はいは~い。あたしは『怪力』だよん。その名の通り、どんな重い物だって持ち上げられちゃう」
『うんうん。二人には助けられているのである。ハイセは相変わらずソロなのか?』
「まぁな」
『我がチーム、メンバーの空きが……いや、なんでもない』
ハイセを誘っても無駄と気づいたチョコラテ。それ以上は言わなかった。
ハイセは聞く。
「馴れ初めはわかった。で……これからどうするんだ?」
『うむ。明日にはディザーラ王国へ向けて出発する。ガイスト殿から預かった資料を届けねばな』
「もう少し、ハイベルグにいてもいいんだけどね。せっかく同族と会えたんだし」
「あたしも、ハイベルグの鍛冶屋を見たいねぇ~」
『駄目であるぞ。例の資料を、早急に届けねば』
「「は~い」」
ミュルルとエドナは揃って返事をした。
チョコラテは、もう自分の人生を歩んでいる。なんとなくハイセはうれしかった。
「……ここは俺が奢るよ。今日は飲もうぜ」
『当然である!! って、奢り?』
「ま、再会を祝して……ってか」
『は、ハイセ……っ!! くぅぅぅっ!! 今日は飲み明かそう!! マスター、おかわりを!!』
この日、チョコラテが酔い潰れるまでハイセは付き合うのだった。





