双子のお手伝い
早朝。
ハイセは起床。着替えて一階に降りると、飲食スペースに朝食の支度がしてあった。
だが……黒い。
焦げた目玉焼き、焦げたパン、焦げた魚。サラダはまともで、スープはやたら野菜が多い。
なんとなくカウンターを見ると、しょぼんとしているシムーンと、しれっとしている主人がいた。
「あの」
「……初めてで上手くできると思っとらんだろ。あんたが連れてきたんだ。慣れるまで我慢せい」
「俺、客なんだけどなぁ……ははは」
不思議と、いやな気分はしないハイセ。
焦げたパンをバリバリかじっていると、シムーンが水を注ぎに来た。
「ご、ごめんなさい……わたし」
「初めてなんだろ? 大丈夫、すぐ上手くなるさ。っと……イーサンは?」
「イーサンなら、母屋の水くみを」
「……どれ」
ハイセは朝食を全て食べ、宿の裏手へ。
そこには、井戸から水がめに水を汲んで運ぶ、イーサンの姿。
だが、ハイセは気づいた。イーサンと同じくらい大きな水がめを、軽々と運んでいる。
ハイセが近づくと、水がめを置いて頭を下げた。
「お、おはようございます」
「おはよう。すごいな……その水がめ、重くないのか?」
「えっと、魔力をみなぎらせて、身体を強化しています」
「へぇ~……」
魔族は、能力と関係なしに魔法を操れる。魔力で身体強化をするのは、魔族なら習うまでもなく可能らしい。それ以外に、人間でいう『能力』……『スキル』という力を持つ。
以前、サーシャが戦った魔族クレインは風魔法の発展である『気流操作』を。ディロロマンズ大塩湖で戦ったノーチェスは『使役』を持つ。
どちらも人間が持つ能力と同じだ。
「ん?」
すると、ハイセの足元に子犬……ではなく、子狼がすり寄ってきた。
アルビノウルフの子供、フェンリルだ。
「そういや、お前もいたっけな」
「主人が『今日、犬小屋の材料を買いに行く』って言ってました」
「ふむ……」
ハイセは、イーサンを見る。
そして、フェンリルを抱っこして、一緒に宿屋へ向かった。
宿屋には、テーブルを拭くシムーンと、モップを手にしている主人がいる。
「じいさん」
ハイセは、初めて店主のことを『じいさん』と呼んだ。
主人は驚きつつもハイセを見る。
「犬小屋の材料、俺が買いに行くよ。こいつを連れてきたのも俺だしな」
「……む」
「イーサンと……せっかくだ、シムーンも連れていく。いいだろ?」
「……仕事はいいのか?」
「ああ。一日くらい問題ない。それに……」
イーサンとシムーンには、聞きたいこともあった。
◇◇◇◇◇◇
食休みをして、さっそく三人は買い物に出かけた。
主人に話を聞くと、双子に足りない物は山ほどある。
母屋に部屋を与えられたはいいが、ベッドに椅子に机もない。犬小屋の材料以外にも、双子の生活環境を整える必要があった。
なので、アイテムボックス持ちのハイセが同行するのは正しい選択だ。
「あの……ご主人にも言ったんですけど、個室なんていいんでしょうか?」
家具屋へ向かいながら、シムーンが言う。
シムーンを見ると、ヒジリよりも明るい灰銀の長い髪が少し乱れている。櫛や髪留めも必要かなとハイセは思った。
「じいさんがいいって言うんだからいいだろ。それに、お前は女の子なんだ」
「女の子……」
「それにイーサンも。お前も、自分だけの部屋とか欲しいだろ?」
「……はい」
イーサンは少し照れていた。
すると、シムーンも「わ、わたしも欲しいです……」と照れている。
ハイセはフッと笑う。そして、『助けてよかった』と思うのだった。
「さ、到着だ」
「いぬごや、ここで買えるんですか?」
「あればいいけどな。まずは、お前たちのものからだ」
「お、おれたち?」
「ああ。お前たちのベッドとか机、その他諸々だ」
家具屋に到着し、さっそく買い物をする。
ベッド、机、椅子、ソファや収納棚など、必要な物を二組ずつ買う。
犬小屋のことを聞いたら、以外にも取り扱いをしていたので購入した。材料を買うことなく、完成品を買ってアイテムボックスへ。
支払いは、主人が出した金貨から。ハイセも出すと言ったが断固受け入れてくれなかった。二人の生活費や仕事の給料なども主人が出すそうだ。
家具を買い終え、昼食へ。
ヘルミネの店まで行こうと思ったが……ある意味、会いたくない二人に出会ってしまった。
「ハイセ?」
「む、ハイセか」
「げっ……」
プレセアとサーシャだった。
なぜ、二人が一緒にいるのか。
二人の視線は当然、ハイセと一緒にいる双子へ向く。
当然のように、プレセアが言う。
「その子たちは?」
「……俺の泊まってる宿のじいさんの、遠縁の孫。いろいろあって引き取ることになったんだ。で、今日は家具を買いにきた。俺のアイテムボックスなら、いくらでも入るからな」
と、考えておいた設定をすらすら話す。
サーシャは首を傾げた。
「……本当か?」
「……」
「長い付き合いだからな。嘘か本当かすぐにわかる」
「……詮索はしないでくれ」
「……まぁ、そうか」
プレセアは「?」と首を傾げていた。どうやら、ハイセの「嘘」を感じ取れていないようだ。
ハイセは、話題を変えるべく言う。
「そういうお前らは二人で何してんだよ」
「買い物よ」
「今日は午前中で仕事が終わったからな。郊外の新拠点の様子を見に行こうと思ったが、プレセアに誘われて今日オープンしたばかりの茶屋へ行ってきた。いい茶葉を買えたよ」
「……お前、紅茶とか好きだったっけ。そういうのはタイクーンかと」
「べ、別にいいだろう」
「サーシャってば、新しい趣味が欲しいんですって」
「は?」
「ななな、余計なこと言うな!!」
プレセアの口を押えるサーシャ。
双子が置き去りだったので、そろそろ去ろうとしたところで……ハイセは思いついた。
「な、お前ら……この後の予定は?」
「特にはないぞ」
「私もないけど」
「じゃ、依頼がある。こっちの子、シムーンって言うんだが……その、櫛とか髪留めとか、生活する上で必要そうな道具とか、揃えてほしい。金は俺が出すから」
さすがに、こればかりはハイセに手が出せない。
女の子ならではの何かもきっとある。男であるハイセが聞いてはいけない物もあるだろう。
「珍しいわね。あなたが依頼なんて」
「こればかりはお手上げなんだよ。で、いいのか? ダメならロビンとか……」
「い、いいぞ。私は構わない。うん」
「私もいいわ。報酬は夕飯のおごりね」
「それくらいなら。よし、じゃあ行くぞ。と……自己紹介、できるか?」
「「は、はい」」
サーシャ、プレセアを加えた五人で買い物、夕食を終え……帰る頃にはすっかり日が落ちていた。
◇◇◇◇◇
母屋に家具を入れ、イーサンとシムーンの部屋は完成した。
シムーンは、サーシャにプレゼントしてもらった猫のぬいぐるみを大事そうにベッドへ置く。
ハイセは、シムーンをイーサンの部屋に呼び……二人に聞いた。
「お前たち、過去にいろいろあったのは想像できる。でも、俺はそれを知りたいとは思わないし、お前たちに帰る家があるなら、帰る方法を一緒に探してやる。そのうえで聞く……お前たち、どうしたい?」
「「…………」」
イーサン、シムーンは顔を見合わせ、シムーンが挙手。
「わたしは、ここにいたいです。わたしたち……魔族だけど、白い肌を持つ悪魔の子って呼ばれて、海に投げ捨てられました。魔界には、帰る場所なんて……」
胸糞悪くなる話だった。
しかも……二人を捨てたのは、実の両親だったという。
文字通り、断崖絶壁から海に投げ捨てた。思わず舌打ちが出るハイセ。
「おれと姉ちゃん、十二歳まで育てられたんですけど……ひどい生活でした。納屋で寝起きして、毎日家畜と一緒のごはん食べて、家畜の世話して……自分らを作った魔族に新しい子が生まれて、おれと姉ちゃんは海に捨てられたんです」
両親を両親とは思っていない。
甘え盛りの歳だ。さみしい思いをしたに違いない。
「わたしとイーサン、家畜の世話は得意です。でも……料理とかはしたこと、なくて」
「そんなの気にするな。もういい。魔界のことなんて忘れて、こっちで穏やかに暮らそう。お前たちが成人するまで、俺が援助するからさ」
「……はい」
「あ、ありがとうございます……その、ひとつだけいいですか?」
「ん?」
「あの、お名前……は、ハイセ様、で」
「様はいらない。ハイセでいい」
「で、でも……俺と姉ちゃんの命の恩人ですし」
「あー……じゃあ、さん付けで」
「「ハイセさん」」
「お、おう」
なんとなく照れくさいハイセだった。
双子を寝かしつけ、ハイセも自室へ戻る。
翌日、朝食は焦げた目玉焼きにトーストと悲惨なもので、転んだイーサンが水がめをひっくり返し、フェンリルが新しい犬小屋に興奮して吠えまくっていた。
主人は、あっちこっちと忙しそうに駆け回り……ハイセが冒険者ギルドへ向かう前に、すでに汗だくになっていた。
「じいさん……大変そうだけど、大丈夫か?」
「大忙しじゃ。まったくもう……これじゃ、おちおち休んでいられんよ」
そう悪態をつき、洗濯カゴをひっくり返したシムーンの元へ向かう老主人。
だが、その横顔は疲れどころか、どこか楽しそうに笑っているように見えるハイセだった。
「新しい孫、か」
そうつぶやき、ハイセは冒険者ギルドへ向かうのだった。





