ドレナ村のオークション②
ハイセとレイノルドはオークション会場へ。
建物内は広い。オークション会場がメイン会場で、他にもギャンブル会場やカフェ、レストランにバー、さらに理髪店や洋装店などがあった。
だが、利用客はあまりいない。
これから始まるのは、メインのオークションだ。
最奥の会場に入ると、受付がバッジの確認をしていた。
「おい、確認あるぞ」
「問題ないよ。これ、ガイストさんが用意したバッジだぞ?」
「あー、確かにな」
ハイセとレイノルドはボソボソ話しながら受付へ。
無言で胸元のバッジを見せると、丁寧に一礼された。
安堵の息を吐かないよう気を付けながら会場内へ。
会場は、扇のような形をしていた。ステージに対し、椅子とテーブルが用意され、さらに仕切りがある。段々になっており、席は自由のようだ。
ハイセとレイノルドは目立たないよう、真ん中でも隅でもない、無難な空き場所に座る。
座るなり、仮面を被り派手な衣装を着た女給が、シャンパンをテーブルへ。前屈みになると胸の谷間がよく見え、レイノルドが「おぉう」と呟いた。
女給が、レイノルドに向けてにっこり微笑んで下がる。
「アホ」
「いいだろ別に。見るだけならタダだしな」
ハイセは、シャンパンを飲むようなことはしない。
レイノルドも、シャンパンには手を付けず周囲を観察していた。仮面のおかげで、視線だけを動かすくらいなら怪しまれることはない。
「ぶわっはっはっは!! いやぁ~、今日の競りが本当に楽しみでの。白金貨五百枚持って来たわい」
「おっほっほ。さすがですな。実はワタシ、三百枚ほど」
貴族だろうか。恰幅のいい男と、ガリガリの男が同じ席で喋っている。
他にも、女同士だったり、恋人同士だったり……驚いたことに、子供もいた。どう見ても十歳ほどの少年が、ソファで足をパタパタさせながら言う。
「父上、今日は新しい奴隷を買うんですよね? えへへ、前に買った奴隷、すぐに『壊れ』ちゃったし、今度は頑丈なのがほしいです!!」
「はっはっは。わかっておる。今日の目玉商品の一つに、オーガと人間のハーフがいるようだ。そいつなら頑丈だと思うぞ」
「やったぁ!!」
レイノルドは、ハイセが辛うじて聞こえるくらいの舌打ちをした。
「腐った貴族ってのは、価値観が狂ってやがる」
「レイノルド」
「わーってるよ」
もし、ここで暴れることになったら。
ハイセは、腐った貴族に間違えて『誤射』してしまうかもしれない。そんな風に思った。
◇◇◇◇◇
『えー、大変長らくお待たせいたしました!! これより、本日のメインイベント!! 超絶希少!! 奴隷、オークションを開催いたします!!』
ステージに上がった司会者の声が、部屋中に響いた。
「うるさっ」
「能力か何かだな」
周りは拍手に包まれる。指笛を鳴らす者もいた。
司会者はニコニコしながら手を振ると、会場内が静かになる。
『えー、皆さん。金貨の準備はよろしいでしょうか? 今日のために、選りすぐりの奴隷を用意してまいりました。残念なことですが、皆様はお帰り時、空っぽになった財布を握りしめ帰ることになるでしょう!!』
ドッと笑いに包まれる。ハイセとレイノルドは何がおかしいのか理解できないが、とりあえず曖昧に笑ってごまかした。
司会者も興奮してきたのか、オーバーリアクションで叫びながら説明する。
『ではでは、さっそく始めましょう!! まずは、世にも珍しい、純白のウルフ!! 一万頭に一頭、生まれるかどうかという『アルビノウルフ』から!!』
最初に出てきたのは、檻に入れられ首輪を嵌められた真っ白な子犬……いや、オオカミの子供だった。
アルビノウルフ。説明にもあった通り、一万頭に一頭、生まれるかどうかわからない貴重な魔獣。
通常のウルフは討伐レートEクラス。群れを作って狩りをする。
だが、アルビノウルフは違う。白い毛並みに真っ赤な瞳は異常進化を遂げた変異種。群れを作ることなく単独で成長し、大きさも全長十メートルを遥かに超える巨体となる。
「……ん」
ハイセは、胸に入れていた古文書を取り出してページをめくる。
何となく、熱を持ったような『何か』を感じた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『あのアルビノウルフ。マジでデカい。クッソデカい……しかも真っ白。オレの銃弾を躱しやがった。へへへ、面白れぇ……絶対に狩る!! と思ったが……飼うことにしました。だってコイツ、オレを認めたのかすっげー懐いたし、キュンキュン鳴いて可愛いんだもんな。
そういや、オレが日本にいた時、本で読んだことがある。北欧神話に『フェンリル』ってデカい犬いたけど、こいつはそれにそっくりだ。つーわけで、アルビノウルフじゃねぇ、白いウルフは『フェンリル』って名前にする。ふふふ、広まるといいなぁ』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…………」
「おい、ハイセ。始まったぞ……競りを長引かせる。入札するぞ」
「あ、ああ」
ハイセは、アルビノウルフ……いや、フェンリルを見た。
『…………』
「…………あの犬」
生まれたばかりなのか、元気がない。
ハイセがジッと見ると、フェンリルはハイセに首を向けた気がした。
「二百!!」「二百十!!」「二百三十!!」
貴族たちの入札が始まる。
レイノルドは、最高入札額のプラス十くらいの値段で引っ張る。
だが、金額は釣り上がるばかりで、なかなか決まらない。
「へへ、理想的な展開だぜ」
「ああ。レイノルド、金は気にしなくていいから、競りは任せる」
「おう。へへへ、楽しくなってきたな、ハイセ」
「まぁ、確かに」
ちなみに───……ハイセの預金額は、白金貨五万枚以上ある。資金が尽きることはない。
◇◇◇◇◇
ガイストは一人、気配を完全に殺し、会場に潜入していた。
完全な隠形。ガイストは、見回りの兵士の背後にぴったりくっつき、呼吸も歩幅も手足の動きも完璧に真似て歩いている。完全に動きを一体化させて歩く隠形歩法『幽影歩』だ。
ガイストは、兵士がトイレに入ると同時に離脱。跳躍し天井へぶら下がる。
壁に打ち込まれている燭台を人差し指だけで掴み、ぐるんと回転しシャンデリアの上へ。
「…………(ふぅ)」
一瞬だけ、呼吸を整える。
この会場内は広い。オークション開催前は完全に封鎖され、ガイストですら侵入は難しい。オークション開催に合わせ、下部組織が準備のために解放する。
その時、上層組織からの指令が必ずあるはずなのだ。
今回は、その指令がどこから送られてきたのか……その『残滓』だけでも回収したい。
貴族が関わっているのは確定。だが、それがどの国の貴族なのか、誰なのかまではわからない。
すると、オークション会場から歓声が上がってきた。
ガイストは聴覚を集中させる。
『えー、落札!! アルビノウルフを落札したのは、若き実業家レイモンドとクルセ!! ああ、もちろん偽名です。さてさて、真っ白なオオカミちゃん、可愛がってくださいねっ!!』
レイモンド、クルセ。
オークション会場に入る際、登録した偽名だ。
二人が、アルビノウルフを落札したようだ。
(順調なようだ……頼むぞ、二人とも)
ガイストは、ほんの少しだけ緩んだ口元を引き締めた。





