ドレナ村のオークション①
「ん? レイノルドは?」
クラン『セイクリッド』にある、セイクリッド専用の会議室。
ここで、サーシャたち五人は打ち合わせや重要な会議を行うことが多い。今日は、クランの現状やこれからの方針について話し合う予定だ。
だが、部屋にレイノルドがいない。
すると、タイクーンが言う。
「昨夜、用事があるから今日は休むと言っていた。会議のことを伝えたのだが、どうしても外せない用事だとな……全く、クラン以上に大事な用事とはな」
「珍しいよねぇ、レイノルド」
「フン。別にどうでもいいですわ。それよりサーシャ、始めましょ」
「あ、ああ」
本当に、珍しい。
サーシャは、レイノルドの席をチラリと見て思った。
「レイノルドがいないと、不思議と寂しいものだな」
「あはは、そだね。レイノルド、いっつも楽しそうだし、明るいモンねぇ」
「騒がしいだけだろう」
「同意、ですわ!!」
「ふふ……それにしても、用事とはなんだろうな」
サーシャは、もう一度だけレイノルドの席を見て、小さく首を傾げるのだった。
◇◇◇◇◇
「っと、こんな感じか」
「……動きにくいなぁ」
レイノルドとハイセは、ガイストと共に高級洋装店へ。
そこで、貴族が着るパーティー用の派手な礼服に着替え、ついでに髪もセット。ハイセはパーティー用にと準備された、赤を基調にして黄金のワシの刺繍が入った眼帯を付けた。
レイノルドは緑、ハイセは赤を基調としている。
ガイストは、リーゼントヘアを崩され、櫛で丁寧に髪を梳かれるレイノルドを見て言う。
「ほお……レイノルド、様になっているじゃないか」
「そうっスか? あー……堅苦しいのは苦手なんスけどね」
「ハイセも、似合っているぞ」
「……全然嬉しくないですけど」
派手な装飾の眼帯なんて気持ち悪くて仕方ない。
着替えを終え、洋装店を出て、店の裏手に止まっているありふれた馬車に乗り込む。
馬車が走り出すと、ガイストは二人にバッジを渡す。
「参加証だ。これを胸に付けろ」
バッジを付けると、今度は仮面を渡される。
「基本的に、顔出し御法度だ。会場内で仮面は外すなよ」
「俺としてはありがたいな」
「……顔出し御法度。ってことは、やっぱり」
「ああ」
「……?」
ハイセが首を傾げると、レイノルドは嫌そうに言う。
「顔出しちゃマズい。つまり……王国貴族も関わってるんだろうさ。オレの勘だが、背後の組織にも貴族が絡んでるのは間違いないぜ」
「……なぜ、そう思う?」
ガイストが言うと、レイノルドは肩をすくめる。
「勘っスよ。ま……二人になら言ってもいいか。実はオレも元貴族で。北西にある小国、ゼルゲル知ってます?」
「ゼルゲル? あそこは、極寒の国フリズドに属した小国だったな」
「そうっス。ハイベルグ王国とは比べものにならない小国で、オレは侯爵位を持つ親父の四男として生まれた。礼儀作法にうるさい親……でもめちゃくちゃ金持ちだった」
「ほう」
「……ま、違法な奴隷売買で儲けてたって、取り潰しされてから知ったんですけどね。オレは兄弟にも両親にも嫌われてたから、十二歳で家を出た……出たってか、勘当ってやつだ。そこでハイベルグ王国で能力を確認して、下積みして、ハイセとサーシャに出会ったんだ」
「……そうだったのか」
「ええ。オレが十五の時に、実家は取り潰しにあって、両親は処刑、兄弟は行方不明だって。ま、クズな兄弟がどこにいようと関係ないけどな」
「…………」
「ガイストさん、そんな顔しないで下さいよ。奴隷オークションの話聞いて、久しぶりに思い出したってだけっス」
「……そうか」
馬車は荒れ地を走り出したのか、揺れが大きくなった。
ハイセはカーテンを少しあけ、外を確認する。
「ハイベルグ王国から出ましたけど……どこに向かってるんです?」
「ハイベルグ王国南西にあるドナノ村だ。人口百名ほどの、ありふれた農村……」
「農村?」
「おいおい、農村で奴隷オークションかよ?」
「……というのは、仮の姿だ。そこに住む住人は全員が奴隷。村に偽装したオークション会場だ」
これには、ハイセもレイノルドも驚いた。
「ワシもつい最近知った。ドナノ村には何度か足を運んだこともある。畑を耕し、苗を育て、子供たちが遊び、牧場で牛や羊が鳴く農村……だが、あれは全てまやかし。そういう風に過ごせと、奴隷に命じているんだ。村の奥には岩石地帯があり、そこに巧妙に隠されたオークション会場がある……だが、それは数あるオークション会場の一つにすぎん」
「「…………」」
「ハイセ、レイノルド。何度も言うが……あそこは潰す。その前に、ワシが潜入して『上』に繋がる手掛かりを少しでも見つける。オークションを長引かせろ」
「……わかりました」
「了解っス。おいハイセ、久しぶりに一緒に戦えそうだな」
「戦う、の意味が違うけどな」
違いねぇ、とレイノルドは笑った。
◇◇◇◇◇
それから馬車は進み、農村に到着した。
馬車が農村前で止まると、守衛が槍を向けてくる。
「おいおい、こんな村に何か用か?」
「ああ、馬車の調子が悪くてな……馬車を修理したいから、休ませてくれ」
「……『うちに宿はないぜ』」
「『宿はいらない。すぐに帰る』」
「……いいぜ、通りな」
馬車が走り出した。
村の中へ入ると、ハイセが言う。
「今のやり取り、何だったんですか?」
「合言葉だ。いちおう、普通の村に偽装しているからな。こんな感じで合言葉を言わないと、オークション会場までは入れない。ちなみに、普通の旅人も村に来るぞ。その場合は、ちゃんとした宿に案内されるがな」
「へー……ところでガイストさん、御者って誰なんです?」
「ワシの知り合いだ。安心しろ」
馬車は、村の奥へ進んで行く。
ハイセとレイノルドは仮面を付ける。森のような場所を抜け、岩石地帯に入ると……ガイストは言う。
「二人とも、最後に確認だ。お前たちがすべきことは?」
「「オークションに参加、競りを長引かせる」」
「よし。ワシは会場に潜入して、情報をあつめる。帰りもこの馬車を使うから覚えておけよ」
そう言い、馬車の床を開く。
するりと身体を滑り込ませ、床を閉めた。
同時に馬車が止まる。ドアが開かれると、着飾ったボーイが一礼し、手を差し出してきた。
最初に降りたのはハイセ、そしてレイノルド。
「…………おぉ」
「へー、デカいな」
そこにあったのは、立派な『宮殿』のような建物だ。
どうやら、洞窟内に建てたらしい。壁には壁画が描かれ、噴水やベンチもある。
ハイセたちの乗って来た馬車は、馬車専用の駐車場へ。そこには質素な馬車が何台も並んであり、周辺には着飾ったボーイが何人もいた。
レイノルドは気付く。
「……気付いたか?」
「……ああ。ここにいるボーイ、かなりの強さだ」
「全員がA級以上、能力持ちなのは間違いねぇな」
ハイセとレイノルドは会場へ向かって歩き出す。
会場へ向かっているのは、全員が着飾り、仮面をつけた男女だ。
「歩き方でわかる。ありゃ貴族教育を受けてるな……客は貴族がほとんどってところだ」
馬車は百台以上留まっているいる。会場へ向かう貴族たちは全員、楽しそうに笑っていた。
「笑ってるのか……」
「ハイセ、笑っとけ。こういう場では嘘でも笑わねーと、怪しまれるぜ」
「ん……やってみる」
「ああ。ははっ、奴隷オークションとか胸糞悪いぜ。でもまぁ、ここも今日で終わりだけどな」
「ああ。レイノルド……頼りにしてる」
「おう。任せておけ」
ついに始まる奴隷オークション。
ハイセとレイノルドは、友人同士のように他愛ない話をしながら会場に向かった。





