レイノルドにお願い
レイノルドがクランに戻ると、だいぶ長湯をしたのか、どこか火照った顔をしたサーシャが、濡らしたタオルで顔を冷やしながら廊下のソファで休んでいた。
サーシャは、ホクホクした顔をしながら言う。
「おお、おかえりレイノルド」
「おう。お前、顔真っ赤だぞ……どんだけ長湯してたんだ?」
「気持ちよくてついな……」
「そうかい」
と、サーシャを見ると……薄着とはいえないが、かなりラフな格好だ。
少し濡れた髪、薄手のシャツ、下はハーフパンツで、サンダルだけ。綺麗な太腿から足にかけて素肌が見え、大きな胸が呼吸のたびに上下している。
レイノルドはあまり見ないようにしていると、サーシャが言う。
「ところで、ハイセは何の用事だった?」
「あー……」
個人的な依頼の話だ。
奴隷オークションを潰す手伝い。だが、守秘義務がある以上言えない。こればかりはサーシャが相手でも、レイノルドは秘密を守らなければならない。
「あー、以前借りた飲み代返せって言われてな。すっかり忘れてたから、色付けて返したんだよ。いい飯屋見つけて、そこで奢ってやった」
「……そう、なのか?」
「ああ。あいつとはいろいろあるけどな、一緒にメシくらい食うさ」
「……」
サーシャは疑っているのか、首を傾げる。
レイノルドはボロが出ないうちに、「じゃ、寝るわ」と言って自室へ。
部屋に戻るなりため息を吐いた。
「あー、嘘は嫌だぜ……ったく」
◇◇◇◇◇◇
宿に戻ったハイセは、カウンター席で新聞を読む宿屋の主人をチラッと見た。
「ゴホッ、ゴホッ……ふぅ」
「……体調、悪いのか?」
「……大したことはない」
主人は咳ばらいをして、湯呑の茶を飲む。
匂いから薬茶だとわかった。どうやら主人は体調を崩しているらしい。
ハイセは、主人のいるカウンター席へ。
「……本当に大丈夫なのか?」
「くどい」
主人は取り合うつもりがないのか、新聞を見たままハイセに眼もくれない。
ハイセは思った。
この宿は古くボロい。だが、掃除は行き届いているし、薄汚れてはいない。
部屋数も少ないが、一人で管理するのは大変だろう。
それに、最近の主人は、ハイセがどんなに遅くなっても受付に座っている。
宿屋が生き甲斐なのはわかった。でも、ベッドメイクから宿全体の掃除、買い出し、料理など、一人でこなすのは大変だろう。
「……あ、そうだ」
ハイセは、アイテムボックスから薬瓶を数本出す。
「これ、知り合いのエルフが作った栄養剤だ。飲むと元気になるから飲め」
「いらん。エルフの薬だと? そんなモンに払う金はない」
「いや、金って……」
カウンター下に、ハイセが今まで支払った金貨が大瓶の中に大量にある。
必要最低限の金だけしか使っていない。ハイセはため息を吐いた。
「じゃ、この薬瓶五本で来月分の支払いにする。それならいいだろ」
「…………」
「一日一本、好きな時に飲めよ」
「…………フン」
そう言うと、主人は薬瓶をカウンター内側のテーブルに置いた。
もう話すことはないと態度で表しているのか、店主はもう何も言わない。
ハイセも用が済んだのか、二階にある自室へ。
部屋に入るなり、ガンベルトを外し、コートを脱ぎ、ブーツを脱ぐ。
最近、特注で作ってもらったガンベルト。腰に二丁の自動拳銃をホルスターに納め、さらにコートの背腰部分には回転式拳銃を収めている。ガイストに「素手だと侮られる場合がある」とのアドバイスを受け、特注で作らせたものだ。意外にも役立つし、誰にも言えないが《カッコいい》と思っていた。
「はぁ~……」
ベッドに寝転がり気付く。
マットレスが新しくなり、シーツや毛布も新しくなっていた。
主人は、こういうことを言わない。気遣いなのか、照れなのか。
ハイセは苦笑し、店主がちゃんとプレセアお手製の薬を飲んだかどうか、少しだけ気にするのだった。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
宿で朝食を食べながら、ハイセは新聞を読んでいた。
そこには、『クラン「セイクリッド」所属のレイノルド。『絶対防御』の二つ名でのS級冒険者認定』とあった。
グレイブヤードに行く以前、レイノルドのS級認定の話があったなと、ハイセは紅茶を飲みつつ思っていた。
「……うーん、レイノルドに依頼したけど、タイミング悪かったかな」
ハイセは新聞を畳み、紅茶を飲み干し立ち上がる。
そのまま、受付カウンターに座る主人に言った。
「晩飯、宿で食うからよろしく」
「はいよ」
チラッとカウンター席内側のテーブルを見ると、空になった薬瓶が一本、転がっているのが見えた。
ハイセはそれだけ見て、無言で宿を出た。
向かうのは冒険者ギルド。すると、途中でプレセアが合流する。
「おはよ、ハイセ」
「ああ」
「ね、今日はどうするの?」
「お前に関係ないし、言うつもりはない」
「ふぅん。私は薬草採取だけどね」
「……お前、薬草採取好きだな」
「好きというか、指名依頼なの。それに採取するのが難しい薬草ばかりだから」
「なるほどな」
「今回、ちょっと危険地帯に行くから、ヒジリに護衛をお願いしたわ」
「ふーん」
「で、あなたは?」
「…………ガイストさんのところ」
「ふぅん」
それだけ言い、ハイセとプレセアは無言でギルドへ。
ギルドに到着すると、ヒジリがプレセアを出迎えた。
「遅い!! ほら、さっさと行くわよ!! あ、ハイセおはよ」
「順序おかしいぞ……」
「じゃ、受付に行くから。ヒジリ、用意はできてるの?」
「あったりまえ!! ほらほら、早く速く!! 危険地帯っ!!」
「はいはい」
プレセアは受付に依頼を受理したことを話し、ヒジリと出て行った。
ハイセは、ミイナに「ガイストさんの部屋に行く」と言い、二階にあるギルマス部屋へ。
ドアをノックして部屋に入ると、すでにレイノルドがいた。
「おはようございます。ガイストさん……と、レイノルド」
「おう、ハイセ」
「レイノルド……早いな」
「ふふ、五分ほど前にレイノルドは来たぞ。さ、座れハイセ」
ソファに座ると、ガイストは部屋の窓を閉め、入口のドアに鍵をかけた。
そして、ハイセとレイノルドの前に座り、机の下から数枚の羊皮紙、小箱を出す。
「では、『奴隷オークション』についての説明をする」
◇◇◇◇◇◇
奴隷オークション。
その名の通り、奴隷を競りで売買する違法行為だ。
主催者、並びに組織は不明。幾重にも仲介を重ねた下請けの組織が運営をしており、今回はこのオークションに『参加者』として潜入する。
ガイストは、小箱を開ける。中にはバッジが二つに、口元だけ露出した仮面が二つあった。
「これは参加者の証。このバッジを付けていれば参加者になれる。顔を隠すのはオークションのルールだ」
「え? あの……二つしかありませんけど」
「お前と、レイノルド用だ。ワシは潜入し、下部組織に関する情報を集める。幾重にも仲介を重ねているようだが、オークションの開催をしたのは主催の組織……どんなに小さくても痕跡は残るはずだ」
「じゃ、オレとハイセがオークションに参加して、ガイストさんが探る……あの~、それだったら、別に参加しなくてもいいんじゃ?」
レイノルドの意見は最もだ。
すると、ガイストはハイセに言う。
「お前たちは、競りを長引かせてほしい。オークションを長引かせる……わかるな?」
「ああ……つまり、とにかくふっかけろ、ってことか」
「ああ。実は、オークションを潰す手立ては整っている。今回の目的は情報集めで、全ての情報を集めたらオークションを潰す手はずになっている。開始早々にオークション潰しを始めれば、組織の構成員が上へ繋がる書類などまずは燃やすだろうからな。確実に情報を集めるために、まずは潜入任務というわけだ」
「「なるほど……」」
「それとハイセ。お前に頼みたいことがある」
「はい」
「お前……総資産、いくらある?」
「え? いやー、数えたことないですね」
「ふむ……確認してもいいか?」
「別にいいですけど。はい」
ハイセは、冒険者カードを出す。
ガイストは、机の下から箱型の大型魔道具を出しテーブルへ。
ハイセのカードを箱の上に置いて操作するが……すぐに首を振った。
「……これでも測定できないか。お前、どれだけ貯め込んでいるんだ……?」
「さぁ? だいぶ稼いではいますけど」
「……この魔道具はな、カードに入金された金額を調べるため、銀行から借りて来た専用の魔道具だ。この大型でも計れないほど、お前の資産はあるってことだ」
「はあ」
「禁忌六迷宮の踏破に、討伐レートが高い魔獣をひたすら狩りまくっていたからな……個人資産では間違いなく、世界トップレベル。大型クランを数十年以上維持できる資産があるぞ」
「……で、それがどうかするんですか?」
「いや、オークションに参加するにあたって、個人資産の確認をされる場合がある。その場合に備えての確認だったが……多い分には問題ないだろう」
「まあ、安心ならよかった」
「うむ……よし、ハイセにレイノルド。オークション参加用の礼服を購入してこい。オークション会場への出発は明日だ」
「あの、会場はどこです?」
「ハイベルク王国内にある、秘密の場所だ。情報漏洩の可能性を考え、明日ワシが直接案内をしよう……では、解散だ」
こうして、ハイセたちはオークション会場へ潜入することになった。
 





