素手で強いヤツ
「あ? ハイセがオレに?」
クランに戻って早々、レイノルドの元に『ハイセがレイノルドに用がある』と呼び出された。
破滅のグレイブヤードから戻り、さすがにレイノルドも疲れている。
サーシャではなく自分に? と、やや訝しむ。
困惑したのは、レイノルドだけじゃない。クランマスターの部屋で報告を聞いたので、サーシャもいた。
「……私ではなく、レイノルドに」
「あー、オレもよくわからん。だがまぁ、珍しいこった。会いに行くわ」
「あ、ああ」
「ま、あとで報告する。それと……今日はもう休め、な?」
「そうだな……」
ホームに戻るなり、サーシャは山積みになった報告書を読みはじめた。
不在の間も、クラン『セイクリッド』は動いている。チームの派遣、成功した依頼、失敗した依頼、負傷者や問題点などの報告書が山になっていた。
幸いなことに、失敗した依頼はない。だが、負傷者がいて『教会』に治療を依頼したことや、他にもかかった費用の報告書などもある。
事務員はいる。だが、最終的に確認しなきゃいけないのは、サーシャなのだ。
だが、今日は流石に疲れたのか、書類を置く。
「レイノルド、ハイセによろしく」
「ああ。じゃ、お前も風呂入って休めよ?」
「……ありがとう」
レイノルドは手を振り、部屋から出て行った。
残されたサーシャは背伸びをして、首をコキっと鳴らす。
「うー、確かに疲れてるな……今回、あまり戦闘がなかったから良かったけど」
タイクーンは戻るなり部屋にこもり、ロビンとピアソラは食事もそこそこに寝てしまった。
サーシャは、上層階にあるチーム『セイクリッド』専用の浴場へ。
クランの上層階はセイクリッドメンバーの私室があり、ここには小さいながらも浴場があった。
浴場へ向かうと、すでに湯が沸いていた。サーシャたちが戻るなり、クランの清掃係が入れてくれたようだ。
女湯にて、サーシャは服を脱ぎ、長い髪をまとめて洗い場へ。
かけ湯で身体を濡らし、ピアソラが『浴場では妥協しませんわ!!』と言って買った高級石鹸で身体を綺麗に洗い、湯船へ。
「はぁ~……」
蕩けるような気持ちよさに、サーシャの顔が綻んだ。
破滅のグレイブヤードでは、ずっと気を張っていたから、気持ちよさが違う。
何もかも溶けてなくなってしまいそうだった。
「…………ハイセ」
レイノルドに、何の用事だろうか?
ふと、チームと合流してからハイセと喋る機会が減っていることに気付く。
グレイブヤードでは、野営で二人きりになったこともあったが、事務的な会話しかしなかった。
恐らく、ハイセを毛嫌いしているピアソラのが、ハイセと長く喋っていた気がした。ほんの少し……ほんの少しだけだが、ピアソラもハイセに気を許していたような、そんな気もした。
「…………」
『あの二人が恋愛関係に発展することはない』
タイクーンの言葉が思い出される。
確かに、そんな気がした。
二人の間に恋愛感情はない。だが、どうしてサーシャはこんなに気になるのか。
「う~……」
湯を掬い、顔をバシャバシャ洗う。
もう少し、ハイセとおしゃべりしたい。
サーシャはそんなことを考え、湯船に頭までしっかり潜った。
◇◇◇◇◇
レイノルドがクランホームの外に出ると、ハイセだけじゃなくガイストもいた。
「あれ、ガイストさんまで」
「よ、レイノルド」
「お、おう。なんだよハイセ、オレに用事とか珍しいな」
「ああ。飯食ったか? まだなら一緒に行こう。ガイストさんの奢りだってさ」
「お、いいね。ゴチになります」
三人が向かったのは、ヘルミネのバー『ブラッドスターク』だ。
ハイセの行きつけであり、店内に入るとヘルミネが優しい笑みで迎えてくれる。
「あら、いらっしゃい……久しぶりね、ハイセ」
「どうも」
「ガイストさんも……お久しぶり」
「ああ、相変わらずだな、ヘルミネ」
「あれ? ガイストさん、知り合いですか?」
「ああ。まぁな」
「おいおいハイセ、すっげぇ美人の女マスターじゃねぇか。いつの間にこんな店見つけたんだよ」
「たまたまだよ。それにしても……」
誰もいない。
夜もけっこう更けてきたが、むしろ酒飲みにとってはこれからが本番の時間帯だ。この時間帯に客がいないというのは、経営的に大丈夫なのか……と、ハイセは心配する。
カウンターに、三人並んで座る。真ん中がハイセだ。
レイノルドは、ニコニコしながらヘルミネに言う。
「マスター、お任せで」
「はい」
「へへ、オレ、レイノルドって言います。ここ、いい店っすね……また必ず来ますよ」
「あら、嬉しい。私はヘルミネ、よろしくね」
ハイセはレイノルドをジト目で見た。
そういえば、レイノルドはこういうプレイボーイ的なところがあった。女性には優しく、男とは楽しくがモットーなのか、ロビンとは違う意味で人なつっこく、いろんな居酒屋で顔を出すたびに常連客から温かく出迎えられていた。よくハイセも付き合わされたことが、随分と懐かしい。
最初に出てきた乾杯用の酒。小さなグラスに注がれたウイスキーを三人は手にし、軽く合わせて一気に飲み干す。
「っぷは……美味いな。ヘルミネさん、肉系で腹にたまりそうなメシある? おまかせでよろしく!」
「はぁい」
ヘルミネは優しく微笑み、レイノルドも笑顔で返した。
ハイセは言う。
「早速だけど、お前に依頼があるんだ」
「唐突だな……メシ食ってからでいいか?」
「ああ、そうだな。悪い」
ハイセは果実酒を注文、ちびちび飲み始めた。
ガイストは度数のキツいウイスキーを飲みながら、フルーツをつまんでいる。
レイノルドは、大盛ステーキをガツガツ食べ、幸せそうに言う。
「うっま。ヘルミネさん、美味いっす!!」
「ありがとう、レイノルドくん」
「へへ……」
食事が終わり、ガイストは煙管を咥え吸い始めた。
ハイセも、果実水を飲みながらレイノルドを見る。
食事を終えたレイノルドは、ようやく真面目な表情になり言う。
「で……依頼か。オレに直接持って来るってことは、厄介事か?」
「厄介事には違いない。適材適所ってやつ……ガイストさん、いい?」
「ああ。レイノルド、この依頼は極秘でな……やる、やらないに関わらず、他言無用だ」
「……サーシャにもか?」
「ああ。チームではない、個人への依頼だと思え」
ガイストはレイノルドを真っ直ぐ見て言う。
さすがに茶化せないレイノルドは頷く。
いつの間にか、ヘルミネはバックヤードに下がっていた。
ガイストは依頼を説明……レイノルドは「チッ」と舌打ちする。
「奴隷オークションを潰す、か……で、オークション会場に潜入する理由は?」
「背後の組織が何なのかを調べる。少しでも何か見つかれば御の字だな」
「なーるほどな。乗り込んで大暴れもいいが、背後関係を調べるために潜入ってわけか」
「そういうことだ。オークション客として潜入する。武器は持ち込めないから、素手で腕の立つ人物を探していた……そこで、ハイセからお前を紹介されてな」
「なーるほどな」
「レイノルド、お前……素手でもかなり強かったよな。『格闘』や『脚技士』と素手で戦って勝ったこともあった」
「よく覚えてんな……ま、オレは『シールドマスター』で守り専門だからな。守りだけしかできないヤツ、って思われたくないから、鍛えまくったんだ」
「ってわけで、協力して欲しい」
「……ま、いいぜ。面白そうだ」
「よし。では決まりだな。レイノルド、ハイセ、このことは他言無用。明日、改めてワシの部屋に来てくれ」
こうして、『破滅のグレイブヤード』から戻って早々、ハイセはレイノルドとガイストの三人で、『奴隷オークション』を潰すことになった。





