指導おわり
「それでは、本日の訓練はここまでとなります」
「「「「「ありがとうございました!!」」」」」
訓練が終わり、学生たちが全員、一斉に頭を下げた。
ハイセたちの冒険者指導は終わった。
サーシャは微笑み、ガイストは頷き、ヒジリは拳をグッと見せつけ、ハイセは何とも言えない表情だ。
模擬戦の結果……腕章を取られたのは、ハイセだけだった。
サーシャの相手をした生徒たちは満足したようで、ガイストの相手をした生徒たちは何故か女子がうっとりし、ヒジリの相手をした生徒たちはズタボロで、ハイセが相手をした冒険者は興奮している。
学園に戻り、挨拶をして、ハイセたちは宿へ戻った。
そして、夕食を終え、全員で個室のあるバーへ。
「楽しかったわね!!」
と、ヒジリが興奮気味に言う。
そして、ハイセを見てニヤニヤした。
「アンタだけ腕章取られたのねぇ。ふふふ、最強の名前は返上した方がいいんじゃない?」
「…………」
ハイセは、無言でカクテルを飲む。
サーシャは話を変えるべく自分から言う。
「楽しかったかどうかはともかく……生徒には、いい学びの場となったようだ」
「ミコ、だったか?」
「ガイストさん……見ていたんですか?」
「ああ。『聖騎士』能力を持った子だろう? あの細腕で大剣は無理だと思っていたが……お前が新しい道を照らしたようだな」
「はい。戦いのあと、ミコがお礼をしに来ました。これからは大剣ではなく槍を、そして騎乗技術を磨くそうです」
「うむ。そうか」
「それと……セイン。あの子は能力に頼らず、『戦術家』となるようです」
「セインって、あのメガネか?」
ハイセは言うと、サーシャは「ああ」と頷いた。
戦術家。
ダンジョン内の情報を元に、攻略の戦術を立てる専門家だ。現れる魔獣、地形、トラップなどから、冒険者の構成や装備、アイテムなどを見繕う重要職。
大手クランには必ず数名いる。サーシャのクランではタイクーンが『戦術家』を兼ねていた。
「もし、実家を勘当されたら、うちのクランへ来るように伝えておいた。あの子は頭がいい。すぐに戦術家として開花するだろうな」
サーシャは、少し嬉しそうだ。
ハイセはそんなサーシャを見ながら、グラスを傾ける。
アドアドでの臨時講師依頼はこうして終わり、話題は自然と『破滅のグレイブヤード』へ。
ガイストは、ハイセたちに言う。
「そうだ……破滅のグレイブヤードへ入る許可が下りた」
「「!!」」
「お、ついに来たのね。ふふん、どんな魔獣がいるのかな」
ヒジリが好戦的な眼つきになる。
ガイストは続ける。
「実は今日、ギルド経由でワシの元へ話が来た。国王陛下が話を付けたようだ」
ガイストは、ブランデーを一気に飲み干す。酒を飲んでいても表情は鋭い。
「明日、『セイファート騎士団』へ向かい、クロスファルドの元へ行く」
「け、剣聖様の元へ?」
「ああ。『破滅のグレイブヤード』へ入る鍵は、セイファート騎士団が管理している」
「あれ、サーシャさん、セイファート騎士団に挨拶に行ったんじゃ」
「……行ったが、会えなかった。緊急の用事が入ったとかでな」
サーシャはがっくりする。
ガイストは「ははは」と笑い、さらに続けた。
「プレセア、お前はどうする? 学園補佐の依頼は終えたから、このまま帰っても構わんが」
「当然、行くわ」
「わかった。では、『破滅のグレイブヤード』へ向かうのは、サーシャたちチーム『セイクリッド』に、ハイセ、プレセア、ヒジリだ」
「ガイストのおっさん、アンタは?」
「ふ、若い者に付いていく体力はない。ワシはアドアドで事後処理をする。ミイナはその手伝いだ」
「わっかりました!!」
「ガイストさん。明日、ということは?」
「ああ。今朝、レイノルドたちは町に到着した。補給を終えて、もう休んでいるだろう」
「そうですか……よし」
サーシャはキリッと表情を引き締める……が、ガイストに「会うのは明日にしろ」と言われた。
ハイセはグラスを置き、金貨を一枚テーブルに置いて立ち上がる。
「ごちそうさまでした。俺、そろそろ寝るんで失礼します」
そして、そのまま店を出て宿へ。
ガイストは金貨をつまみ、苦笑する。
「やれやれ……ワシが奢るつもりだったんだがな」
「……ハイセらしいですよ」
「やった!! ね、ね、金貨あるならまだ頼んでいいよねっ!!」
「さっすがハイセさんですっ!!」
「……あなたたち、少しは遠慮しなさいよ」
ヒジリとミイナが追加注文するため、メニュー表を開いた。
◇◇◇◇◇
夜。ハイセは一人、宿屋の部屋で古文書を読んでいると、ドアがノックされた。
誰かと思いドアを開けると、そこにいたのはサーシャ。
「夜遅くに悪いな」
「いいけど……」
サーシャは寝間着だ。
バーから戻り、シャワーを浴びたのだろう……甘い香りがする。
髪も下ろし、装飾品など付けていない。鎧も剣もないサーシャがいた。
寝間着が薄手で、胸元が少しゆるいせいか、胸の谷間が見えている。
ハイセはそれを見ないようにしながら言う。
「何か用か?」
「ああ。明日のことで少し……部屋、いいか?」
「……どうぞ」
サーシャを部屋に招き入れた。
ソファを勧め、アイテムボックスからポットを取り出す。
いつかの野営で淹れた薬草茶だ。火にかけて沸騰させ、そのままアイテムボックスにしまったので、今も熱々のまま。
アイテムボックスからカップを出し、サーシャへ注ぐ。
「ほら。少し酒の匂いするぞ……酒の後に飲むといい薬草茶だ」
「ありがとう───……ん、おいしい」
ハイセも薬草茶を飲む。
ふわっとした、やや甘さがあるスッとした味わいだ。
ハイセが行きつけの酒場の店主、ヘルミネのおススメの薬草茶だ。
「で、用事は?」
「ああ。明日、レイノルドたちと合流するが……」
「……ピアソラとは揉めない。わかってるよ」
「ああ。と……グレイブヤード攻略に関して、タイクーンがいろいろ方針を決めていると思う。当然、お前にはお前の意見があると思うが……」
「サーシャ、一つはっきりさせてくれ」
ハイセは、サーシャの眼を真っ直ぐ見て言う。
「俺の立場は『同行者』だ。お前たちの邪魔はしないし、お前たちも俺の邪魔をするな。一つ、確実なのは……命令や作戦は『仲間』でする物だ。俺は、お前たちの仲間じゃない。俺を組み込んだ上での作戦があるなら、考え直せ」
「……お前なら、そういうと思ったよ」
「ああ、わかってるならいい。お前たちとは、行く方向が同じなだけ……」
「……ああ」
サーシャは薬草茶を飲み干す。
「明日、レイノルドたちと合流して、セイファート騎士団に行く。その後で打ち合わせをしよう」
「俺より、ヒジリやプレセアの方を何とかしたほうがいい気もするけどな」
「ヒジリはお前と同じ『好きにやらせてもらう』と。プレセアは私たちの作戦に協力してもいいそうだ」
「そうか」
「……話はそれだけだ。悪かったな」
「気にするな」
サーシャは立ち上がり、ドアの前で止まった。
「…………ハイセ」
「ん?」
「その、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
サーシャは微笑み、部屋を出た。
ハイセが「おやすみ」と返してくれたことを、喜んでいるようだった。





