62 私の隣は?
大人達を残し、会議室のテラスへと出た私達。
二人だけ…のはずが、何故か光の精霊リンネがついてきましたわ。
「あの……」
『何?私が防音と視界疎外の結界をかけて差し上げますから、ご安心なさいな』
いえ、そう言う訳ではなくて…。
『いい機会だから、私からそこの王太子に伝えておきたい事がありますの。フィオラちゃんと同席させて頂きますわ』
………さようですか。
先程までざわついていた城内も、時間と共にいつもの静けさを取り戻しています。
私達が抜けた会議室では、今後の事についてお話し中みたいですわね。
「………フィオ、その急にすまない」
しおらしく頭を下げるアシェリー。
彼も、今回の陛下からの発言に困惑なさっているみたいですわね。
「アシェは、今回の陛下のお考えはご存じでしたの?」
「いや、聞いていない……だが、父上と母上が君を私の妃にしたい事は知っていた」
え?
………そうでしたの。
「知っていて、私も黙っていたからな……父上の事は言えないな」
この際だからと、本音を口にされましたわね。
「アシェリー?貴方はどういうお気持ちでしたの?」
「え?…どういう、とは?」
「ですから、私をご自分の「妃」にする事に対してですわ」
そう、私にとって大切な質問。
貴方自身のお気持ちを伺いたいのですわ。
「私の事より、君の気持ちはどうなんだ?」
「アシェ、質問を質問で返さないでくださいな」
「………いや、だが」
だから、私が今「貴方」に聞きたいんですが?
「待て」と言われた子犬ではないのですから、そんなお顔をなさらないで!
『もーーーー!なんてまどろっこしい!』
ええ、私もそう思いますが、いきなり何ですの!
子犬アシェリーにイラついたのか、ぷんすこお怒りのリンネが、私達の間に割って入ってきました。
さっきまで傍観なさってたのに、どうしたのかしら。
リンネは純白の羽をパタパタと羽ばたかせながら、その可愛らしい肉球のついた右前足を、ズバっとアシェリーに突き出しました。
『だいたい、貴方フィオラちゃんに聞く前に自分の気持ちをハッキリなさいませ!男でしょ!根性見せなさい!』
え?え?
ちょっと待って!いきなりお説教って。
「ちょっとリンネ、いきなり何を!」
『いきなりではありませんわ!だいたい、フィオラちゃんは「特別」なワタリビトなんですのよ!それをこんな子犬並の覚悟しかない男の番にだなんて!、私、はっきりしない男は嫌いですわ』
辛い、辛口すぎますわ!
それにどういう事ですの?
「待て、リンネ……特別なワタリビトとはなんだ」
そう、それ!
私もそこが引っかかりましたの。
『私がさっき言った、王太子に話があるとはその事ですわ。なのにこの子犬は、モジモジモジモジ…私、思わず貴方達の話に割って入ってしまいましたわ』
「あ、え………すまない」
子犬……リンネ、貴女……アシェリーの呼び名。
まぁ、私も子犬みたいとか考えてましたし、人の事は言えませんが。
『ふんっ!まぁ、いいですわ!面倒だから先に教えてさしあげますわ。フィオラちゃんを特別と言った訳ですけど、彼女は「この世界の作り手」の魂をもつ者ですのよ』
ん?
ん?
この世界の作り手………は⁉︎
それってまさか。
「それ、まさか「好きマジ」を「制作」した人間だからと言う事ですの?」
思わず口からポロリと溢れる言葉。
どうやら「制作」と言う言葉に反応したのか、リンネがウンウンと、満足そうに頷いています。
「待て、すき…何?制作?どう言う事だ?」
好きマジは理解出来ぬまま、焦りの表情でリンネに問ただすアシェリー。
まぁ、お気持ちは分かりますわ。私もビックリですもの。
『言葉のままですわ。フィオラちゃんはこの世界の「はじめ」を想像した魂を持つ、特別なワタリビトですのよ。つまり「創造神」の生まれ変わりと言う事ですわ。まぁ、正確には複数いる創造神の一人で、フィオラちゃんがもつ魂は、その創造神達の頂点だった方のものですわ』
この世界は私が制作した「好きのマジックを貴方に」の世界から生まれた異世界と言う事?
ゲーム世界に酷似した現実世界なのは理解していましたが……。
ゲームを制作した人間。
つまり、世界の作り手…創造神。
まってぇ!何その設定!
「つまり、フィオはこの世界の神の生まれ変わり…と言う事なのか?」
『そうなりますわね。ですから、私は貴方に聞きたかったんですの』
「聞きたい?」
アシェリーの頬を汗が伝ましたわ。
それはそうよね?
急にこんな話をされては、普通にビックリいたしますわ。
困惑した表情のアシェリーに、またもや右前足を突きつけ、鋭い瞳で睨みつけるリンネ。
『………貴方にフィオラちゃんが守れて?』
守る?
『今言った通り、フィオラちゃんの魂は特別ですわ。その魂には神の記憶が記録されていますもの。だからこそ………分かりますわよね?』
他者に利用される可能性…ですか。
今回の騒動で王家に連なる者、神殿関係者は私がワタリビトだと認知しましたわ。
そして、どこからかその情報が漏れ、この二つ以外で「ワタリビト」が何なのか知られてしまった場合、しかも、私の過去がバレてしまった場合、何が起こりうるかなんて、安易に想像できますわ。
「………フィオラ」
私の名を呼び、俯くアシェリー。
そして口をつぐんだまま黙り込まれました。
音の無い時間が長く感じますわね。
王家として考えたら、もう答えは出ているはずですわ。
私の気持ち以前の話ですわね。
「フィオラ!」
「………はい」
表を上げると、何かに耐える様な表情のアシェリー。
此方が苦しくなりますわ。
「フィオ、言い訳にしかならないから先に言っておく」
「………はい」
昔から変わらない。
本当に、優しい人。
「………私はリンネから今この話を聞いたから、この回答を出した訳じゃない事だけは分かってほしい」
大丈夫ですわ。
貴方の性格は私、よく知っているつもりですのよ?
「君には婚約者がいたし、幼少期に父上から私の婚約者にと打診された時「要らない」と断っていたから、無理な事は分かっていた。だから、私は自分にも君にも嘘をついた。…………私はずっと君に惹かれていた。芯があって真っ直ぐで、侯爵令嬢と言う名前に恥じない様に努力を惜しまない才女。でも本当は負けず嫌いで、寂しがりやで、本心を隠すのが上手な……愛らしい女の子だ。そんなフィオが私はずっと好きだった………フィオにとっては迷惑な話かもしれない。だが………私に君を守る権利をくれないだろうか」
え?
アシェリーが、私を「好き」?
子犬アシェリーが?
ヘタレアシェリーが?
うーん、あ!ん?
あー!もう、そうじゃなぁぁい!
すき?スキ?
アシェリーが私を……好きって言いました?
「アシェリー、それ、本当に本当に本当ですの?私の事をアシェリーが?え?ちょっと…え?」
「フィオ、動揺しすぎだ」
私の慌てぶりに、クスリと笑みを溢すアシェリー。
ちょっと、今そのお顔は!
「アシェリー、あの、私急に言われましても、どうしたらいいか」
「あぁ、分かってる。私だって戸惑ってるんだ。だから答えはゆっくりでいい。父上には私から話す……でも」
ふわりと私の頬にかかる手。
「でも、もし叶うなら私は君の「隣」に立ちたい」