56 悪魔か魔王か(マリアナ)
「ちょと待て、アズラエル!」
あぁ…アニキスの家臣の仮面が落下しましたわ。
アズラエル様…よりによって、何で「こんな時」に真実をぶち込んできましたの!
ただでさえ大広間で大惨事真っ只中ですのに!
「え?だってさぁ、手っ取り早く丸っと全部解決させた方が楽だと思わない?」
「は?丸っとって……まさか、お前!!!」
流石は従兄弟同士。
アズラエル様の考えている事に気付いたようですわね。
「多分、フローラも気付いてると思うよ?私が彼女に「仕事」を依頼した時にものすっごい嫌な顔されたからさ」
満面の笑みですわ。
めっちゃ怖い。
まぁ、私も彼の事を言えませんけど、フィオには同情しますわね。
アズラエル様に気に入られたのが運の尽きと言いますか…。
「アズラエル!昔言ったと思うが、「必要ない」と断ったはすだ!」
そう、フィオが幼かったあの頃、アズラエル様は執拗にアニキスにある提案を出していました。
「まぁ、その話は昔の事でしょ?アニキス。私は「今」の事を話しているんだよ」
アズラエル様のお顔…本気ですわね。
アニキスもそれが分かっているのか、表情がどんどんけわしくなっていますわ。
「考えてもみなよ。フィオの価値は君だってずっと昔から気付いてたはずだ。だからこそ、君は昔「私が言った言葉」を蹴ったんだろ?」
リンファの背を撫でながら不敵に笑うアズラエル様。
魔王…いえ、悪魔降臨かしら?
この世界には「悪魔」と言う言葉は存在しないけど……今のアニキスに教えたら、明日からアズラエル様のあだ名が「悪エル」なんかになりそうだわね。
それでなくても「腹黒魔王」とか、影で呼ばれているのだもの。
「アズラエル、お前には悪いが「あの話」をした時に私は「王家の贄」にはしないと言ったはずだ。ただでさえ、フィオは王家についをなすギフトを持っているんだ……これ以上縛るなと言ったはずだ。私自身放棄したとは言え継承権を持っていた身。その枷の苦労はよく分かっていたつもりだ」
「うん、確かに君は上手く「逃げた」よね」
王家のしがらみ…。
ドロッセル家に生まれた私は、その事を存じています。
そして、嫁いだからこそ、更にその苦悩を知る事ができた。
……今はアニキスの気持ちが分かるだけに、アズラエル様の言葉が痛いですわね。
「ま、婿に入るんだから「仕方ない」事ではあったけど、君はそれでも継承権上位だったからね……。確かにドロッセル家には無理強いしてきた過去が多いよ?マリアナと私の婚姻もその一つだしね。でもさぁ、アニキスが「王家」から逃げた事に変わりはないよね?しかも君は神殿で「ギフト」を「封印」してもらってるしさぁ…。「統治者」を持つ君が「監視者」を持つフローラと番うのを嫌っての事って理由でね?これ、裏を返せば王家を捨てたって事になるよね?」
大魔王……降臨。
笑顔で話されてるから、恐ろしさ倍増中ですわ。
アニキスのHPがどんどん削られていってますわね。
と言うか、アニキスがギフトを封印した経緯は、アズラエル様だってよくご存じのはずなのに。
他家の者になるアニキスに、王家の固有ギフトを持たれたままなのは良くないからと、前王様と前王弟である公爵……アニキスのお父様との話し合いで決めた事ですのに。
これ……アニキス大好きなアズラエル様の意趣返しも含まれてるのかしら。
アニキスはアズラエル様によく似た性質を持っていたせいで、アズラエル様にとっても気に入られてましたものね。
妻や義理姉である前に、幼馴染である私は良く知っていますわ。アズラエル様がどれだけアニキスを気に入っていたのかを。
「アズラエル、私は逃げた訳ではない。家よりフローラを選んだだけの事だ。確かにお前から見たらつまらなかっただろう。当時、お前から「フローラを嫁がせてこい」と何度か言われたからな。だが、当時監視者のギフトを持っていた者は、ドロッセル家内で当主とフローラのみだった……あの現状では仕方なかった事は分かっていたはずだ」
そう、あの当時、監視者のギフトを持っていたのは、お父様と私、そしてフローラのみでしたわ。
だからこそ、私がアズラエル様と婚約してしまったせいで、フローラが家を継ぐしかなくなってしまったのです。
………仕方ない事でしたが。
アズラエル様ってば、その事ずっと根に持ってましたのね。
「分かってるよ~?それはね。だから、君がフローラと婚約した時、ちょっとしか八つ当たりしなかったでしょ?」
「あれでちょっと…か?」
「うん、ちょっと」
婚姻するまで、ずっとご自分のお仕事をアニキスに手伝わせてましたけど…しかも面倒な事案ばかり。
あれで…ちょっとなんですね。
「アズラエル…お前、何故そこまでフィオラに。私への意趣返しのつもりか?」
「ははっ、そう睨まないでよ。分かりきった事聞くじゃないか。簡単な事だ。フィオは王家の血が濃すぎる。君だって気付いていたからこそ、昔フィオを「王家に嫁がす」話を蹴ったんでしょ?マリーをダシにまでして。「ドロッセル家から二代続けて嫁がせる訳にはいかない」とか、「別に婚約の話がある」とか、ごもっともな言い訳してさ?あの性質は王家の血そのものだ。君は自分の娘が自分のように王家の犠牲になるのを危惧したんでしょ?」
確かに、フィオは王家の血が色濃く出ているのは否定しませんが。
アニキスの血以外にも、転生者だからと言う理由もあるのよね。
「アニキス、今回フィオは「婚約破棄」せざるをえない。だからね、昔からフィオに好意をもつアシェリーに貰いたいんだ。傷物になったフィオを王家で優しく迎えいれるってシナリオさ……ふふっ」
こっわ、怖いですわ。
「それにもう一つ、フィオは「ワタリ人」だ。ワタリ人は総じて「異界の知識」を持っている。アニキス…言ってる意味、分かるよね?」
王家、アリストラ家の始祖である初代国王の妃は「ワタリ人」。
だからこそ、王家はワタリ人を保護してきた経緯がある。
つまり、フィオがワタリ人だと分かった時点で、王家の保護下にあったという事。
ワタリ人には「異界の知識」があるため、他者に狙われ利用されるのを防ぐため……と、なっていますが……内情は知識の漏えい阻止ですわよね?
「悪いけど、保護とか言う綺麗事を言うつもりはないよ?」
「ワタリ人の保護は、単なる名目上での事。実際は「自由」と言う「透明な枷」を着けさせる行為………か」
まったく、聞いていていい気分ではありませんわね。
この二人、私が聞いている事を分かっていて話しているんですもの。
私が逃げる事などないと分かっているから…。
「そう言う事。だけど、フィオにもメリットはある。国母ほど自由で透明な枷はないと思うよ?自分より上の存在は国王しかいないんだからね。アシェリーは絶対にフィオを大切にするだろうし、後は彼女の気持ち次第だと思うんだよね」
……彼女が自分をどう納得させるか…と言う事ですか。