50 本物と偽物
見目の良い男性にエスコートされた、金糸の刺繍が入った純白のドレスを着た女性。
私達子供世代で彼女が「誰」なのかを知る者は一握り。
でも大人達は良く知っている。
特に「彼女達」と学園を共にした世代は。
彼女の登場で、広間は凍りついた様な空気に。
そんな中、一番に声を発したのは…やはりこの方でしたわね。
「なっ、何故お前がこの場にいるのだ!」
発狂したように叫ぶ「ラファエロ伯爵」。
「あら、「お父様」も可笑しな事を言われますわね?招待されたからこそ…ですわよ?」
まるで少女のように軽やかな笑顔で微笑む彼女。
本当、あのお花畑そっくりですわね。
あの小娘がそのまま歳を重ねたようだわ。
ピンクゴールドの髪を指に絡めながら、まるで幼子の様に唇を尖らせて見せるこの女に嫌悪感がすごいですわ。
(自分が作り上げた作品とは言え、現実に見るとヤバイ女ですわね。なんだったかしら、ピーターパン症候群?この方、まんまそれではなくて?)
脇目も振らず彼女に詰め寄る伯爵。
まぁ、お気持ちは分かりますけど…。
「何故だ!お前は今は平民だぞ!それにどうやって屋敷を出た!」
興奮しすぎて周りが見えてませんわね…伯爵本人が一番目立ってますわ。
まぁ、確かに屋敷に篭っているはずの「娘」が目の前に現れたら驚きますわよね。
しかも、ドレスアップし、ちゃんとエスコート付きですし。
さて、因みに小娘の反応はどうかしら?
うーん、人混みで分からないわね。
あの子の周りには三馬鹿を筆頭に、今では下僕が何人もいますものね。
「魅力」が暴走して、小娘「が」好意をもつ男性が端から何人も下僕に落とされましたからね。
「そろそろ気付いてもらわないと…役者が揃いませんわ」
「姉様、大丈夫です。殿下が上手に動かしてくれてますよ」
「あら、気が利きますわね」
視線を小娘からその母親…ララベルに向け直す。
とりあえず、私も今日の役者の一人ですから、ちゃんと参加しませんと。
ララベルはそんな私の視線に気付いたようで、一瞬で顔色を変えましたわ。
まぁ、お気持ちは分かりますわよ?
なにせ私、貴女が大嫌いな「悪役令嬢」にそっくりなんですもの。
まぁ、悪役令嬢の姪ですから、似てても不思議ではないでしょう?
「貴女……なんで。だって、あなたは」
うーん、長い監禁生活に思考がまともに働かないのかしら。
私と伯母様が重なって見えてますわね。
ま、当然、私は無視ですわ。
だって、私は「貴女」を知らない事になっていますもの。
「マリアナ・ドロッセル…何故貴女がいるの!私の場所を奪った貴女が何故…しかも昔と変わらない姿で」
えっと…伯母様本人だと本当に思っているみたいですわね。
失礼ですけど、ちょっと頭が残念な事になってしまったのかしら?
「まぁいいわ!今日、私の本来の場所を「返して」もらうわ」
「ララベル!お前は何を言っているんだ!」
まぁ、伯爵はまだまともみたいですわね。
自分より爵位が上の家への暴言ですし、昔娘がやらかした事もありますしね。
さて、では。
「申し訳ありませんが、私と貴女は初対面ですわ。と言うか、どなたか「存じない」のですが、私の場所が貴女の本来の場所…とは?それに、マリアナ様は王妃様ですわ。その言い方は不敬ではなくて?」
一応、知らないふりで正論をぶつけておきましょう。
そろそろアシェが「集団」を引き連れてやって来たみたいですし。
「何を言って!って、え?」
「なんでいるの!」
うん、いいタイミングですわね。
アシェリーにより誘導された小娘と下僕の三馬鹿が此方に到着。
小娘の目は驚愕に見開かれて、あり得ないものを見たような表情ですわ。
「あら、フレア……と、その子達は、そう、そうなのね」
「な、何であなたがいるの?だって、屋敷から出れないはずじゃあ」
「いけない子ね。フレア、ちゃんと「お母様」って呼んでくれなきゃ」
あらあら、本当におバカさんですわ。
まさか自ら親子関係をバラすなんて。
伯爵が隠していた意味がありませんわね。
「お母様」と言う言葉に、一瞬にして周囲が騒めく。
まぁ、仕方ないですわね。
まさか、伯爵の「義娘」としていた子が、断罪された娘の子供…伯爵の孫だったのですから。
「ララベルお前!」
「なんですの?お父様お顔が怖いですわ」
「貴様!よくもぬけぬけと」
「何なんですの?だって本当の事ですわ」
うん、話噛み合ってないですわ。
ララベルの時は断罪後、ほとんど進んでないのでしょうね。
ある意味不憫ですけど、同情はしませんわ。
「それより、ねぇえ?フレア、その子達と…後は隣にいる「アズラエル様」を私に返してちょうだい?」
アシェリーが陛下に似て来ているのは存じてましたけど…まさかの発言ですわね。
小娘もお顔が引き攣ってますわ。
「何を言ってるの!彼はアズラエル様じゃないわ!お母様の「物語」は「終わった」のよ!今は二周目なの!今は私の物語なんだから、邪魔しないで!」
二周目ね…ものは言いようですわね。
コレは貴女が勝手に始めた、自作自演でしょうに。
「え?でも…それだと、何故貴女には「彼女」がいないのかしら?」
ふんわりとした空気を纏っていたララベルの表情が歪み、ニヤリと自身の娘を見下す。
そう、フレアには物語の…「好きマジ」の主人公に欠けているモノがある。
まぁ、本来のストーリーではないから、当たり前なんですけど。
「出てきて?「精霊」さん」
ララベルが軽やかな声色で自身の前に手をかざす。
そして、その言葉に光の玉が出現。
その光はゆっくりと形を変え、一匹の「白猫」へと変わった。
「なんで……光の精霊が!」