16 蛙の子は蛙
本当に、お顔が美しいうえに、この性格ですからね。
私に影で「魔王」と呼ばれても不思議ではないでしょ?
「とりあえず、今日はこれくらいかな?また新しい事が出てきたら話そうか」
あぁ、何て楽しそうな陛下。
「畏まりましたわ………あら?」
ー リンッ ー
…………あら?
この音。
今日は見ないと思ったら。此方でしたのね。
カップの紅茶の残りを飲み干した時点で、微かな鈴の音が聞こえました。
そして、アズラエル様の執務机の後から、見慣れた一匹の猫が出てきましたわ。
「リンファ、此方にいましたの」
私は、若干呆れながら猫に声を掛けました。
艶のある濡れたような漆黒の毛皮をもつ猫。
金の瞳は、角度によって虹色の光が入ります。
ただ、この猫は普通の猫ではないのです。
『やあ、マリアナ。すっかり寝てしまっていたよ。なんせ、アズラエルの魔力は心地いいからね。君の魔力が混ざってるから、よけいでもだ』
そう、この猫、人語を解するのです。
『アズラエルは元々闇属性も持ち合わせてたのが、君と言う伴侶のおかげでパワーアップしたからね~。愛だね~』
「その話は何度も聞きましたわ。お爺さんではないのですから、何度も言わなくてけっこうよ」
まったく、年々ジジイ化が進んでますわね。
まだ若い精霊ですのに。
そう、この猫は「好きマジ」のキーの一つである、闇の精霊。
悪役令嬢の契約精霊なんですが………。
元から呑気でしたが、私とアズラエル様が結婚し、アシェリーが産まれた辺りから呑気度が増しましたわね。
『ふぁぁあ、そろそろ時間かなぁ』
ん?何の事ですの?
『二人目だねぇ』
寝ぼけてますわね。
私、妊娠はしてませんわよ?二人目?
『意味が分からないみたいだけど、まぁ、そのうち気付くよねぇ…じゃ、おやすみぃ』
執務机の横に置かれた、専用ベッドに戻っていきましたわ。
「何が言いたかったのかなぁ?」
「分かりませんが………嫌な予感しかしませんわ」
*****
王太子としての自分と、個人としての自分。
蓋をした感情をほじくり返す母。
山積みの仕事に、明日から来る友好国との外交。
「……………はぁ」
母上の部屋を退室後、直ぐに自分の執務室に戻った。
まだ片付いていない仕事が、山程残っているからな。
「…………疲れたな」
執務室に入ると、後ろ手に扉を閉じた。
侍女には呼ぶまで入るなと指示をし、退室させる。
「母上には参る」
気が抜けたように、ドカリとソファーに座りながら、先程までの母との会話を思い出す。
まぁ、この歳まで婚約者を作らなかった時点で察するか。
母上は父上と同じ人種だからな。
知の家ドロッセル侯爵家。
我がアリストラ王家の暗部を担う家。
その直系である母上。
「フィオを……私の妃にしたいのだろうな」
だが、フィオラには既に婚約者がいる。
しかも、家同士で契約をした婚約者。
どう考えても、此方が手を出すべきではない。
貴族の家同士間で正式に交わされた契約は、王家すら干渉する事が憚られる。
そこは、母上だって重々承知の筈だ。
私だって、その契約がなければ…と、何度も思ったさ。
フィオラを従兄弟ではなく、女性として愛している。
その気持ちを持ったのは、もうかなり昔の事だ。
幼少期、初対面で交わした会話は、まるで父上や母上と話しているようだった。
私と対等の内容で会話ができる女性。
私の周りには居なかった女性。
初めは好奇心から始まったが、それが恋愛の感情に変わるのに、そう時間は掛からなかった。
「………せっかく閉じたのにな」
苦笑しか出ない。
家同士の契約を知り、無理やりこの気持ちを閉じ込めた。
それなのに。
「母上、恨みますよ?」
深い溜息が出た。
まぁ、仕方ない……あの人が動くと決めたなら、確実に有言実行なさるだろう。
今頃、父上に直談判しているかもしれないな。
未だ新婚夫婦のように仲がよい両親。
母上がどのようにして話を持ってゆくかは分からないが、父上だからなぁ。
しかも、父上自身、フィオラを昔からとても気に入っていらっしゃる。
………頭痛がしてきた。
お祖父様にも話があるとか言っていたし、近々里帰りもされるだろう。
考えただけで、振り回される未来が目に浮かぶ。
はぁ。
「とりあえず、残りの仕事を終わらすか」
側近のマルクが、そろそろお使いから帰ってくる頃だろう。
明日から外交で忙しいと言うのに、意味が分からないふざけた内容の書類が、官吏から届いた。
公共事業を進めるにしても、アレはない!まぁ、長くなるので内容は避けるが、その書類に対する苦情を含めた話し合いのために、マルクを建設部署にお使いに行かせた。
多分、部署の人間達はやり込められるだろうが、諦めてもらおう。
マルクは黒いからな。
ドロッセル家の人間だけあって、頭はキレるし、口も達者だ。
誰かさんと同じで。
………と、帰ってきたか。
「殿下、宜しいですか?」
ノックの音と共に、外からマルクの声が掛かる。
「あぁ、構わない」
ガチャリと開く扉。
そして、かなり不機嫌な私の側近。
その顔で、話し合いがどんな雰囲気だったかが分かる。
…………あいつら、何をやらかしたんだ。
まぁ、自業自得だが、マルクを相当怒らせたとみえる。
綺麗な顔が、怒りでより艶を増している。
元の顔がいいだけに、迫力が増し、余計に恐ろしいな。
これは……少し、官吏の人事を考え直さないと駄目だな。
あんな案を何も考えずに、直接「私」に持ってくるくらいだ。また同じ事をしかねない。
財源確保は空想論だし、立地にしたって無理がありすぎる。後処理の方法もずさんな内容だった。
これでよく官吏になれたものだ。
今日書類を提出した人物は頭に入っている。
内容を見るに、提出者の直属の上司も関与しているな。
と言う事は………。
まぁ、一から「勉強」し直してもらう手もあるか………ふふっ。
「とりあえず、話は纏めてまいりました。後は修正案を出すようにと申し伝えましたが……」
何だ?
報告中のマルクの表情が変わった。
パタリと手持ちのファイルを閉じ、軽く溜息をつくマルク。
「殿下、さしでがましい事を申しますが、ダダ漏れです」
「どう言う事だ?」
何かおかしい所が……あぁ、さっきの母上との疲れが顔に出たか。
気をつけないとな。
「殿下のお顔が、陛下そっくりです」
ん?
「父上に似ているのは今に始まった事ではないだろ?私の容姿は父似だ」
何だ、違うのか?
今度は盛大に溜息をつかれたぞ。
「容姿ではありません。本当に、無自覚なんですから」
失礼なやつだ。