12 幸せとは(マリアナ)
「アシェリーは、本当に陛下に似てますわね」
ふと、目の前でお茶を飲む息子に、声が出た。
そんな私に、アシェリーは不思議そうな瞳を向けてくるけど……その表情ですら、この子の父親にそっくりだ。
私の旦那様であり、この国の国王アズラエル・アリストラ様。
漆黒の髪に紫の瞳をもつ、未だ女性を虜になさる美丈夫。
流石は、好きマジの最終攻略キャラだけはありますわね。
私自身、結婚し、かなり時間も経ちましたが、未だに年甲斐もなくドキドキする事がありますもの。
「どうされたのですか?母上」
久しぶりに、親子でお茶をしましょうと、息子を部屋に誘ってみましたが、やはり、どうしても先日フィオラと話した内容が頭を過ります。
息子につけている「影」からも、色々と情報は入ってきているけど……。
「本当、貴方の容姿はお父様似ね」
「今更何をおっしゃっているのですか?私が父上に似ているのは、母上が一番よくご存じではないですか」
そう、今更だ。
私は転生者と言うのもあって、子育てに乳母をつけるのを嫌がった。
自分の乳でちゃんと育てたい。その気持ちで、アシェリーに乳母は付けず、私が全て面倒をみた。
家臣たちは、前例が無いと呆れたが、アズラエル様だけは、私の味方をしてくださった。
『私達の子だ。私達が育てて何が悪いんだ?』
本当に、理解ある方で良かったですわ。
おかげで、私達はアシェリーの成長をずっと見守ってこれましたから。
そう、だからこそ。
アズラエル様によく似た子だと、はっきり言えるのです。
容姿はもとより、困った事に性格までそっくり。
だから、きっと、あのヒロインの娘は、好きマジと同じストーリーを進むつもりなのではないかしら…と、思ったのです。
アシェリーが通う王立学園には、現在攻略対象者の子供達が通っています。
そして、悪役令嬢だった私の姪も。
これほど揃えられた舞台もないでしょう。
あの娘によって、既に一人堕ちましたし、残るは三人。
何の因果かしらね。
全く、溜息しか出ませんわ。
あの日、この世界を知った日の絶望感を思い出してしまうわね。
*****
「…………積んだ」
自室の姿見の前、私はヘナヘナと力尽きる様にしゃがみ込んだ。
「よりによって、マリアナ」
昨日、たまたま怪我をしていて、助けた猫がいた。
だが、その猫が食わせ者。
その猫、実は闇の精霊で、元気になった今日、私を見るなり、念話を無理やり送りつけてきたのだ。
『君、何か色々「混ざって」るね。よし、僕が解いてあげるよ!』
その瞬間、思い出したのだ。
自分が転生者だと。
そして、この世界が「好きマジ」の世界だと。
因みに、闇の精霊である猫は、悪役令嬢マリアナの契約精霊。
マリアナはこの精霊と出会う事で、自分が闇属性だと気付き、以降闇魔法を得意として使ってゆく。
つまり、私は自分から面倒を拾いにいってしまったらしい。
「あー、どうしよう!このままだと破滅まっしぐらじゃない!ヒロインは光属性設定でしょ!無理、絶対ライバル認定確実じゃない!」
そう、私の運命は、この日大きく変わった。
その数年後、ストーリー通り、学園にヒロインも入学。
彼女は、ゲームと同じように、どんどん主要攻略キャラを堕としていった。
うん、このビッ◯…じゃない、はしたなさは、確実に転生者ね。
「婚約者」がいる身で、どんどん攻略するとか、何考えてるのかしら。
ヤバイなぁ……。
破滅エンド回避したくて、何もしないのが逆に裏目に出てるよぉ。
てか、何で毎日私がイジメてるって、Sクラスまで来るかなぁ!Bクラスからわざわざ毎日来なくてもいいって!
おかげで、変な噂がヤバイんだけど!
私がやってもいない事が、どんどん私のせいにされ始めたじゃないの。
『闇の精霊と契約しただけはある』
最近そんな事まで言われはじめたし。
「何もしてないのに……って、もう頭にきた!」
それから、私は全力で動いた。
何もしないのがダメなら、動くしかないじゃない!
毎日やってくるヒロインの「そんなに私が嫌いなんですか攻撃」を、片っ端から論破し、攻略対象キャラの婚約者である令嬢達にも手助け。
もしもの際は、各家円満に婚約破棄できるように根回しもした。
本当、各々私の家より格が下の貴族で良かった。
話が通りやすいからね。
でも、一番厄介だったのは、ヒロインの婚約者。
彼、婚約者なのに「主要攻略対象」なのよね。
彼には、実は好きな人がいて、ヒロインとの婚約は望んでいなかった。
でも彼が好きな女性は、別に婚約者がいて叶わぬ恋。
ヒロインはそんな彼に献身的に接して自分をみてもらうように頑張るって感じだったけど。
………その、彼が好きな相手「私」なのよね。
あー、もう面倒。
確かほっといたら、監禁されたり、薬もられたり、何かと事件起こされるのよね。
好きマジファンからは、闇堕ちヤンデレキャラって呼ばれてたっけ。
とりあえず、主要攻略者の中で、一番先に対処が必要な相手だったから、私超がんばったわ!
でも、最終的に、彼に雇われたごろつきによる拉致寸前までいっちゃって、かなり危なかったわ。
その計画を阻止後は、お父様と家に乗り込んでやったけどね。
当主の騎士団長様からは、平謝り。
家督は継がせないと言う誓約をした。次の家督は、孫に継がすそう。今後また同じような事をしたら家と縁を切るそうよ?
そして、彼に子供が産まれたら、その子供は好きに使ってほしいと言われたわ。
要らないって言ったら、「ドロッセル家に忠誠を誓う人質として貰ってほしい!」だそうよ?
迷惑な話だけど、お父様がのんじゃったのよね。
それから、怒涛のイベントラッシュが終わり、最終局面。
卒業パーティー当日。
朝から震えが止まらなかった。
だって、ゲームキャラとしてではなく、私は本気でアズラエル様が好きだったから。
だから、侍女から「王太子殿下から贈り物です」と、朝届けられた箱を開けた瞬間、涙が止まらなかった。
箱の中には彼の瞳の色である、紫色のドレス。
あまりに泣きすぎて、侍女から「目が腫れますから泣き止んでください!」って言われたわ。