魔王さま参上!
「またデビザーか。最近多いな」
本多がそう言うと、増田さんが「ちょっと行ってきます」と言って、歩き出そうとした。
「俺っちのフィアンセ。またヴィラン課に何も言わずに勝手に参加するの? フィアンセのためを思って言うよ。それは無駄なことだって」
「何よ。別にいいでしょ。……無駄かどうか、まだ」
「わかるでしょ。フィアンセは空回りが得意なんだからさ」
「……っ。わかってる。わかってるわよ。そんなこと」
増田さんは席に着くと乱暴に書類を手に取って、目を通し始めた。
相当行きたかったに違いない。
でも、増田さんはもうヴィラン課ではない。
だから、行きたくても行けないんだ。
「どうせこっちに応援要請なんて来ないだろうから、テレビでどうなってるか見て見るか」
本多は目の前のテレビを点けた。
「ヒーローのブライアンがミミズ男に猛攻撃を仕掛けています!」
アナウンサーが必死に実況をしてくれている。
画面にはヒーローの背後に銃を持ったヴィラン課と思われる人達がいた。
めっちゃアングルが変わって映し出されるけど、カメラ何台いるの? 危ないよ?
そして僕達がテレビを見ていると、テレビの中で空中に黒い羽衣を纏った女性が現れた。
「何だ? この女」
僕がそう呟くと、本多に「女って?」と言われる。
「テレビの、黒いチャイナドレスに黒い羽衣の」
「そんなのいねえけど?」
「私にも、見えませんね……」
いつの間にかテレビを見てる増田さんにも、どうやら見えないらしい。
「あ、僕が疲れてたのかもしれないですね。すみません。『綺麗な女の子に飢えてるので、今からキャバクラ行って来ます』」
仮面から声がした。この声って、僕が出したことに、なるよな!
おいジュリアス! てめえ!
増田さんは信じられないものを見る目をしている。
「あ、有栖川君……?」
心なしか引いているような気もする。
「あ、あの、僕じゃなくて……『本当の僕の声と言うか。もう我慢出来ないからキャバクラ行かせてくれない?』……!?」
何と言うことを言ってくれてるんだ!
神崎さんなんか「有栖川ってそんなキャラだったん? 俺っちより真面目そうに見えたのって、もしかして気のせい? ってか超意外」って言って目を丸くしてる。
本多は「何言ってるんだ。穣太郎」と僕の肩に手を置いて言ってくる。
「有栖川君、あなた、噂では善人だと聞いていましたが、でも、それが本性なんですね! あなたも仕事しないタイプね!」
「いや、そんなことはないです! 『そんなことより増田さん、僕と今夜デートしませんか?』」
「はあ!?」増田さんは白い眼差しで僕を見る。
増田さんに失望されたくなかったのに。
……もう遅いけど。
「『神崎先輩、お金ください。貸せなんてちゃちなことは言いません。ください』……あ、冗談です。冗談」
「俺っち? この前パチンコで溶かしたから無理―」
神崎先輩からもニヤニヤされながらそう言われる。
「有栖川、こんな時にそんな冗談言うな」
本多からも、……108課全体からも、冷たい視線を感じた。
「ごめんなさい! すみません!」
僕は鞄を持って、108課から飛び出した。
外の木陰に鞄を置いた。
「ジュリアス、お前また……! どうするんだよ。108課でも僕の居場所がなくなるだろ!」
「悪い悪い。あの場からどうしても抜け出してほしくてさ。それに、お前にも見えたでしょ」
「何が」
「悪魔だよ」
僕はテレビに映っていた黒いチャイナドレスの黒い羽衣をした女の人を思い出す。
皆には、見えなかった存在。
「あれが悪魔? お前の幼馴染?」
「いや、あれは小悪魔。デビザーの力を増大させたり少し特殊な能力を使ったりするだけの悪魔で、私のお仕置き相手よりもはるかにランクが下の、まあ、下っ端ってものだ」
「目的は?」
「悪魔物質の力を得た人間の成長や力がどれだけあるかを見ているんだろうな」
「そいつを倒したらどうなるんだ?」
「ミミズ男の悪魔物質を取り除ける。悪魔物質がなくならないように小悪魔が存在するようなものだからな」
「じゃあ、デビザーを直すには悪魔も同時に倒さなくちゃいけないってことか」
「そういうことだ」
そういう大事なことは先に言ってと思うんだけどな!
「お前、一気に二人も相手出来るのか?」
魔王は魔王らしくこう言う。
「ああ、もちろん。私は魔王だからな」
……ああ、はいはい。魔王でしたね。そうでした。
「マスクを使え。私になれる。ちなみに使用時には『ハッピーキャンディーミラクルシュガームーン』と叫ぶように」
「長い恥ずかしい間違いそう!」
「……えー。穣太郎ならやってくれると思ったのに」
「人前で言えるか! こんなもん!」
「仕方ない……。じゃあ『聖装変身』にしておいてやるよ。さあ、言ってみろ」
「聖装変身!」
青白い光がマスクから放たれ、僕の顔に張り付く。
その瞬間、赤と紫の短髪、青いロングコートに首元に長い襟。
逆十字が刻まれたコインのようなものがあるネックレス……。
「久しぶりの人間モードだなぁ。穣太郎、私のこと、見えてるでしょ?」
「見えてる」
僕はジュリアスと思われるその彼の真後ろでそう言った。
彼になった時に、意識だか魂だかが体から離れたようだ。
「ってか紫の髪? ジュリアス、お前金髪のはずだろ」
「いや、ちょっとあの姿だといろいろ問題あるんで……終末とか」
「? 何の話かはわからないけど、とりあえず今はあくまで退治しなきゃ」
「ああ、そうだね。それはまたの機会に。まあ、今はちょっとこの姿にさせておいてほしい」
僕は少しばかり呆れのようなものを感じていた。
「まあいいけどさ。それで、なんであの戦いに入るつもりなんだ? ヒーロー名がないと入れないんだぞ。現場は」
「そんなの適当に名乗って入るに決まってるだろう!」
「はあ?」
「では、行くぞ。みかん戦士ジュリアス!」
そう言うと、ジュリアスは「クリキントン」と叫んで魔方陣を展開させた。