蘇ったら盆踊り
僕は有栖川穣太郎。
――つい先ほどまで死んでいましたが、生き返りました。
「頭が痛い……っ」
うつ伏せでぶっ倒れているところを、僕はフラフラと立ち上がる。
あれは夢だったのか?
そう思ったけれど、あの時の、金髪の男の姿が目に焼き付いて離れない。
今度は、勝とう。一緒に――。
どういう意味なのか、全くわからないが。
それはともかく、ふと、手の中に何かあるような感触があった。
手を広げてみると、それは黒と白の仮面だった。
「……夢じゃ、なかった」
(ウイルス、悪魔物質、デビザー、ヒーロー、悪魔……。全部、全部覚えている。頭が、いや、魂が。あれは夢じゃないと、僕は知っている。わかっている)
悪魔が全て悪いのだ。
そう言いきれても、現状、何も出来ない(と思われる)し、僕は何も出来ない。
悪魔への怒りと勢いで誓約したものの、そんな状態だから今になってみると恐ろしい誓約を魔王としてしまったんだなと理解する。
魔王と誓約したことに関して、「悪魔を倒そうなんて素晴らしい正義感」だとか、そんなことを褒められたとしても、貶されたとしても、どうでもいいとしか思えない。
でも、自分の居場所くらいは、自分で守っていきたいな。
あ、そういえば仮面を使えば悪魔と戦えるんだったか?
まあ、いい。
「とりあえず帰ろうっと」
寮への道を歩いていき、何度かお世話になっている小さな家族経営の電器屋さんの前で立ち止まる。
そこにディスプレイされているテレビに「ヒーロー ルーサー大活躍 デビザー五人を収監」とテロップが流れていた。
「……」
とても複雑な思いでそれを見る。
所詮、ヒーローも悪魔の仕業なんだ。
救っているつもりで、害をなしているだけ……。
『そんなことよりも、盆踊りして悪魔を呼ぼうぜ!』
持っていた仮面からそんな声が聞こえてきた。
盆踊り? 夏祭りの、あれ?
「はあ?」
『チャンカチャンカチャンカチャンカッ』
音が聞こえてきたと思ったら、僕の体は勝手に踊り出す。
「おい、ふざけるな。ジュリアス!」
絶対にこんなことをしているのはジュリアスだ。
というか、お前こんなキャラだったか!?
もう敬称だとか敬語だとか要らないよな! こんなこと、警察に通報でもされたりしたら……っ。
「何あれ。怖いなぁっ。デビザー? 通報しないとダメな感じ? あ、頭が変なやつかも」
通行人からそんな声が聞こえて来て、僕は顔から血の気が引いていく。
ま、不味い。
『私は魔王だ! と言いながら踊ろう。きっと、――楽しいことになる』
今度は勝手に口が動いた。
「私は魔王だ!」
動きが止まらない体、どうしろって言うんだよ。
通行人の中には何人か明らかに写真を撮っている。
『これで今日の分の仕事は終わりだ。お疲れ様。すぐに悪魔達が私を狙いに来るからな。覚悟しておくように』
「は?」
多少乱れた息を整えたいところだったが、その後のことを考えると怖くて、急いで寮へと歩いていく。
「あー……飲み過ぎた」と言いながら。
そうすると通行人からは「なんだ。ただの酔っ払いかよ」と舌打ちと共にそんな声が聞こえてきた。
よかった。酔っ払いの真似が上手くて。
「ところでジュリアス、悪魔が狙いに来るってどういうことだよ」
仮面に向かって言うと、ジュリアスは酷く愉快そうな声を出す。
「ああ、盆踊りは悪魔語にすると『魔王ジュリアス参上! 悪魔の王になりたい者、ここに来い。今ならしもべ付きだよ』って意味になる」
「盆踊りって、ひょっとして降霊術とかその類なのか?」
「近いな。とは言ってもマイナスなものではなかったぞ。先祖の霊と一緒に楽しむという、降霊術というよりかは先祖供養の意味合いが強かったんだ。それより降霊術なんてよく知っていたな。昔はオカルト大好き陰キャだったのか? まあ、悪魔語に直せばの話だから、人間界においてはただの盆踊りのままだ」
「ああ、そうそう。穣太郎、君は明日職場で馬鹿にされるかもしれないな。必要な犠牲だったとでも思って、諦めろ」
ふざけてるな。おい。
そして次の日、僕は108課に異動後、初の出勤日となったのだが……。
挨拶は済んでいるし、特に問題はないだろうなぁと思いたかったが、昨日のことを言われてしまったら死んでしまいたくなると思った。
「おい」
先に着いていた本多は「昨日は大丈夫だったか。一応、通報はしておいたが……」と言われた。
「あ、本多。大丈夫。僕は」
そう言いかけていると、本多と僕の間に増田さんが割って入ってきた。
「おはようございます。有栖君」
……増田静香。実を言うと、僕は彼女に恋をしている。
所謂、一目惚れってやつで。
おかっぱ頭で愛嬌はあまりないけれど、優しい。
元々はヴィラン課という超エリートだったのだが、ある事件で犯人を取り逃がし、また指令を待たずに個人で爆弾を処理したことから108課に飛ばされた。
責任感のある、とても強い女性だ。
でも、だからこそ心配にもなる……。
「有栖川君に、これあげようと思って。よかったら、食べてください」
そう言って手渡されたのは、べっこう飴だった。
「では」
増田さんは自分の席で書類の整理を始めた。
「本多。増田さん、なんで飴、くれたのかな」
「知らねえ」
だよなぁと思いつつ、本多と話そうとしていると今度は背後から男の人の声がした。
「おい、有栖川」
銀髪の癖っ毛に、白いTシャツの男……。
なんか、異動命じられたその日と大分違うんだけど。
「なんですか。神崎先輩」
「俺っちのフィアンセに、手を出すなってーの!」
「はい?」
「増田は俺っちの花嫁なの! 空気読めよ!」
いや、あんたこそ読めよ。
「こら、神崎! 何をまた馬鹿なことを!」
「増田っち! 俺っちのところに来てくれたんだ……! 感動……!」
「んな、馬鹿なことあるはずないでしょ! さっさと席に戻って仕事をしなさい! あなたのその妄想に付き合っていられるほど、私は暇じゃないの!」
あ、神崎先輩泣きながら席に戻っていった。
「怒られた。俺っちのためを思ってくれた。嬉しい……」
なんて愚かな生き物だ。いや、ここまでポジティブが過ぎると逆に凄いのか?
「ごめんなさいね。神崎、悪い人間ではないんだけれど、ね。自己紹介の時は気づかれないくらい指導しておいたお陰でボロが出なかったけど、普段はだらけてるから……。なんか、ヒーローとかデビザーが出るようになってから、やる気をなくして今は未来人を待ってる、らしいの。でも悪い人ではないから」
その時だった。
「緊急警報。デビザー601 ミミズ男出現。担当部署は今すぐ迎え」
警報が鳴った。