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魔界から


(魔王って、何だろう?)


そう思った僕が真っ先に思い出したのはゲームだった。


よくあるRPGとかの、魔王。


威風堂々としていて、世界征服を企んでいて、勇者達とは敵対している存在……。


大体、プレイヤーが「えー!」となる第二形態とか、いろいろある。


確か僕の記憶ではごっつい甲冑とかを身に着ける、ザ魔王みたいなのとか、逆に美青年みたいな魔王とかもいたような気がする。


だとすると、ジュリアスも魔王としては可能性が……。


さっきだって魔法で紅茶出して、今飲んでるし。


でも、ないない!


僕のイメージする魔王はもっとごついやつ!

美青年だとかそういうのは二次元だけの世界だって!


「あはは。どんな冗談なんですか? 僕をからかって、そんなに面白いですか?」


笑顔で僕がそう言うと、ジュリアスは真剣な眼差しで僕を見る。


「思い出せ。穣太郎。再び思い出すのは、酷かもしれないが……」


その瞬間、視界が揺れ、頭がぐらりと傾いて、意識が揺らぐ。


頭に何かの映像が流れる。


白い制服の男が、僕の脳髄を、撃ち抜いて――。


瞬間の、痛み、首を斬られた、衝撃、痛み。


恐れ、不安、何もかも。


消えてしまった意識。


僕は、それらを再び体験したと言っても良いくらい、鮮明に思い出し、膝から床に崩れ落ちた。


「僕は、死んだ……?」


そう言うと、まだぼんやりとしていた記憶の端から端まで、全てのパズルのピースが揃って記憶という絵を完成させる。



記憶を全て、思い出した。



「理解が早いな。そういうことだ」


彼は紅茶を飲み、ベッドに座って足を組んだ。


「だが、残念だが、ここは天国じゃない。魔界だ。まあ、お前を殺したやつらがこちらに送ってきたのだろう」


「そんな! 僕が、僕が一体何をしたって言うんだ! これから、どうやって生きていけばいいんだよ……!」


あ、生きてないか。死んでるか。


どこか冷静な頭もあって、そんなことを思った。


「そう考え込むこともない。魔界というのは割と自由で、楽に生きられる」


「そんなわけあるか!」


ジュリアスは溜め息をついて、手に光を集め、そこにティーカップが吸い込まれて光と共にティーカップは消えた。


「そんなに魔界は嫌か」


「嫌だ。魔界なんて、地獄みたいなものだろ!」


そう叫ぶと、ジュリアスは僕の顎に指を掛けて、その美しい顔が近づいてくる。


「そうか。それならば、帰そうか? 人間界に」


ジュリアスは目をすっと細める。


「え?」


ジュリアスは立ち上がって緑色の長いロングコートを素肌の上から着る。


「私は魔王だ。人間の甦りくらい、何と言うことはない。この世界なら、尚更だ」


「じゃあ、お願いします! 僕を甦らせて、人間界に帰して!」


「ただし、等価交換……。取引だ」


僕の顎から指をするりと離し、人差し指を立てる。


「人間界で甦った後で、私に肉体を貸してほしい。悪いことはしない。ただ、ちょっとそちらの世界に厄災を降らせたやつらがいる。そいつらにお仕置きをしたいだけだ」


「厄災?」


「穣太郎、ウイルスで怪人が現れるなんて、変だと思ったことは?」


「あ、あるにはあったけれど、でももうそれが普通かなって……。風邪とかのせいにしようとするのは明らかに変な『嘘』だとは思いましたけれど……」


「ヒーローのウイルスは薬が作られたのに、デビザーのウイルスだけ特効薬がないという点は」


そう言われると、長いこと感じていた違和感というガラスにヒビが入った。


「まるで空想の世界が現実になったかのように、感じなかったか。憧れのヒーローがいると……」


やめろ。


「でも、その中で本当の幸福を感じたことはあるか?」


やめてくれ……。



僕はぎゅっと、手を握る。



『なんで、助けてくれるって言ったじゃないか』


あの日、僕は倒れている女の子に駆け寄った。

でも……。


『なんでこんなことをしたんだよ! 彼女は悪くない! 騙されてたんだぞ! ウイルスを無理矢理……!』


「……ヒーローは悪人を倒す。すまないな、青年」


黒いマントの男が言う。


その男は、黒い白鳥の姿をしていた。



……いや、この記憶は、この気持ちは、本当の幸福を感じたかどうかという問いに答えられるものじゃない。


「幸福に感じたことはない。ただ力が欲しい、強いだけのやつらだ。馬鹿みたいに強い怪人と戦うだけ戦って勝つ。それだけで、皆からチヤホヤされる。本当のヒーローは、あんなのかってくらい、幸福と呼べない程度の平凡なものだ」


「そうか。なら、教えてやろう。デビザーのウイルス、あれは悪魔物質だ」


悪魔物質?


「どういうことだ?」


「悪魔達の力を使った固有の物質だ。それは、悪魔にしか扱えない。ヒーローのウイルスも、デビザーのウイルスの変異型、つまりは悪魔物質だ」


僕は酷く驚いた。


「つまり、ヒーローたちも悪魔の手先ってことなのか?」


「手先ってほどでもないさ。彼らにも意思がある。ヒーロー側の悪魔物質は人の心の中にある欲望を膨らませ、その先にある栄光を掴ませる。自分が正義で、正義の行いをしていると相手にも自分自身にもそう見せているんだ」


「じゃあ、ヒーロー達も悪魔の手先になっていることには気が付いていないのか?」


「そうだな。多くのヒーローは知らないだろう」


ジュリアスは悲痛な表情を浮かべる。


「悪魔の目的は希望を叶えて絶望をもたらすことだ。きっと何者かがヒーローの誕生、そしてスーパーヴィランの誕生を願ったのだろう」


「でも、ヒーローウイルスは特効薬がある。デビザーの変異型ならなんで薬が……!」


「あれの効果は一時的なもので、しばらくの間、能力を大人しくさせているだけで、治ったのとは訳が違う。あれはパフォーマンスだよ。希望を見せているんだ。デビザーも治るかもしれないという希望をだ」


「そんなことって……」


希望を見せて高いところから、「やっぱり無理でした」と、地面のさらに下に突き落とす。

それが、悪魔達のやり方か……。


「ヒーローウイルスはやつらの隠していたい手駒の一つ。先ほども言った通り、デビザーの変異型ウイルスだからな。あとヒーローの本部、ウルトラC。あそこも悪魔達と深く関わっている」


「……」


「ちなみにデビザーについては4人の悪魔が噛んでいる。そいつらはかなり、ヤバイやつらだ……」


ジュリアスは静かにそう言うと、にこっと笑った。


何だ? 一体どうしたって言うんだ?


「でもさ、その4人、困ったことに私の幼馴染なんだよ」


「は? 友達だったってこと……ですか?」


「まあね。でもちょっといろいろあって、私の元から離れていってしまったんだ。昔はいいやつらだったんだけどなぁ。今は、もう別人だよ。ただ人を殺すためだけに生きているようなやつらになってしまった。私が止められれば、止めたいんだ。だから、私はそいつらにお仕置きをしてやらなくてはいけない。だから穣太郎、君を人間界に帰す。しかしその代わりに、彼らへのお仕置きを手伝ってもらえないだろうか? 悪い話ではないはずだ。それに」



「――悪魔は人間界にいてはいけないんだよ」



「これに誓約してくれたらそれでいいからさ。ね、お願いだから」


ジュリアスはいつの間にか魔法で用意した紙とペンを僕に手渡してきた。


なんだか、騙されてるんじゃないかなんて、そんな気持ちもしたけれど……。


でも、もう引き返せないところまで秘密を知ってしまった。

ただ、一つきになることを聞いてから、サインをすることにしよう。


「もし、サインして悪魔退治が終わったら、どうなるんですか?」


ジュリアスは柔らかく微笑む。


「君の世界が、元通りに戻るんだよ。平和で怪人もいない。悪い人間というのは、いつの時代もどんなところでも生き残るものだけど、こんな訳のわからないことはもう起こらなくなる」


ジュリアスのやや伏せている目を見る。そこには嘘はなく、誰よりも真実を語る、そんな目をしていた。


僕も警察として、人を見る目は長けていると、自負している。たとえそれが、悪魔が相手だとしても……。


(訳のわからないウイルスが終わる。ウイルスの所為で戦争が引き起こされることもない。怪人のような嘘みたいなやつらから殺される人もいなくなる。それならば、もう答えは決めた)


僕はジュリアスに差し出されたペンを受け取り、用紙にサインをする。


「有栖川 穣太郎」


サインをした誓約書はくるりと勝手に巻かれ、光となると今度はその光は黒と白が半々の仮面へと変わった。


魔法か何かなのだろう。


「君と私の誓約の証だ。これを被った時、私の全てを使える」


僕は、仮面を受け取った。


「私はいつでも君の近くにいるから、何かあったら仮面を通して話してくれ。仮面と言っても、私の分身のようなものだし。それ」


ジュリアスは先ほどと打って変わって友達のように親し気に話しかけてきた。


「とりあえず……、これを使って戦えばいい、ですね?」


「そういうこと! 理解が早くて助かるよ!」


「随分馴れ馴れしいなぁ。まあ、いいけど……」


「君はもう友達さ! じゃあ、そろそろ行きますか! 君の世界へ」


僕は仮面を一瞬見て、「ああ」と言った。


ジュリアスが魔方陣を僕の足下に展開させる。


「また会おう。穣太郎」


そして、その瞬間に僕の体は光に包まれた。



「今度は、勝とう。一緒に――」



「え?」


ジュリアスのものと思われる声がした気がした。

でも、もうそこにジュリアスの姿はなかった。


どういう意味なのか、何があったのかはわからない。


ただ、 酷く、“    ”と思うものだった。

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