プロローグ 消えそうな灯
「全く、からかい甲斐のある青年だ」
谷崎さんはケラケラと笑いながら僕を見る。
谷崎さんはkc課、通称「ヴィラン課」の刑事だ。
いつも何かと最新機器が出来上がる度に僕にそれを仕掛けてくる。
何が楽しいのかわからないが、谷崎さんは結構ユーモアのある人だと認識しているし、実際その通りの人で僕は好きだ。
たまにこういう笑えないこともやってくるけど。
ってことは……。
「じゃあ、あの缶ビールも……」
「ああ、kc課対策室の最新兵器だ。楽しかっただろう?」
それを聞いた途端、僕は脱力する。
なんだ。谷崎さんの発明品か……。
あー、どっと疲れた。もう、ビール飲むなってことかな。
この先ビールなんて飲まなくても生きていけるって、そういうこと?
「いい加減にしてくださいよ。僕は本当に命がないかと思ったじゃないですか。トラウマ級ですよ。ビール飲めなくなったらどうするんですか」
「まあ、泣いてはないし、大丈夫だろ。それにビールだけでなく、お前は酒類がまず飲めないだろ?」
「うっ」
そう。酒には弱い。滅法弱い。
酔って何か仕出かすことは今のところはないが、出来ることなら避けた方がいいと思っている。
でも今日くらいは、いいじゃないか……って!
「そうじゃないんです! ちゃんとした大人なんですから、その後のこととか考えてくださいよ!」
絶対に本多、通報したぞ……。
また僕が怒られる。
嫌だなぁ。
また八課なんて言われたら異動して早々に居辛くなって今度こそ居場所がなくなる。
警察を、辞めなければならなくなってしまう。
「そうか。それなら謝る。すまん。1円で勘弁してくれ」
谷崎さんはそう言って、僕の掌に1円玉を置いた。
「1円で許されると思ってる谷崎さんのその精神、どうかしてますよ。でも、受け取っておきます」
そう言って、その1円玉をもう片方の手で取ろうとした時、谷崎さんはふと消える。
1円玉は掌から滑り落ち、軽い音がする。
「ちょっと、谷崎さん。またですか? いい加減に」
背後から声がした。
「全てはcikのためだ。すまない。有栖川穣太郎。君はここで死ぬ」
誰かはわからなかった。
ただ、背後を振り向いた時、見えたのは白い制服姿の男。
そして、襲ってきた衝撃と、ぷつりとした意識の切れる音。
一瞬にして、これまでの人生が全て見えた。
どうやら、僕の体は、頭は、脳髄は撃ち抜かれたらしい。
意識が、消える。
真っ暗だ。
全部が、消えた。
「ごめんなさい。穣太郎君。あなたを、また呼んだ」
その声で目が覚める。
死んだはずなのに、何故生きている……?
そして周りを少しだけ見ると、そこには黒い世界に赤い花畑があり、目の前には一人の少女がいた。
その少女は銀髪でショートボブ。白いドレスが良く似合う、美しい少女だ。
少女は手に剣……、細い剣を持っていた。
「あなたが、約束を守ってさえいてくれていれば、こんなことにはならなかったのに」
少女はぎゅっと剣を握って、僕の元へと近づく。
そして剣が一瞬にして僕の首と胴体を真っ二つに斬ったのだった。
「え?」
少女の姿が横になって見える。
「ごめんなさい。穣太郎君」
少女は泣いていた。
片手には剣、もう片手は目元に……。
白い肌だからだろうか、顔の赤みがよく見えた。
「なんで」
僕がそう言うと、再び意識はなくなり、次に意識が戻ると脳髄に痛みを感じ、首にも痛みを感じていた。
真っ二つのままじゃないか。
生きている、のだろうか……。
「すまない」
白い制服の男が僕の頭を掴んだ。
そして刀を持って、僕を見る。
哀れみを込めた眼差しのようにも感じた。
「これで手打ちにする。あいつとは」
「有栖川穣太郎、一回、死んで来てくれ」
そして僕の頭は夜空に向かって放り投げられる。
「キル」
男の刀が青く光り出した。
「よくやるねぇ。クラウド兄さん」
女の子の声がした。
目を動かすと、一瞬、ツインテールの女の子の姿が見えた。
赤い髪の毛をしている。
「勝てると思ってる?」
「勝ってみせるさ。今回も。この先も、ずっとだ」
男は瞬時に空中にある僕のところへと移動する。
「忘れろ。穣太郎。お前は……」
「私達側の人間だ」
そしてそのまま、僕を頭の天辺から一刀両断する。
「何。何なの。これ」
瞬時にやってくる死への恐怖、死への安らぎ、生への執着、生への諦め。
それらの感情がぐちゃぐちゃになって、襲い掛かる。
もう使い物にならないだろう頭が必死に処理しようとしていた。
――やーい、穣太郎の泣き虫。
――お前、嘘つかれてるの、まだ気づかないの?
――ぼっち飯寂しいねぇ。私が付き合ってあげるよ。もちろん、嘘だけど。
こういう時は、嬉しい記憶がやって来るものじゃないのか?
そう思うも、どんどん嫌な記憶が降って湧いて出る。
そしてそれは段々と恐怖を感じていた瞬間へと変わっていく。
もうやめてくれ。やめてくれ……!
「怖いよ。死にたくない。まだ死にたくない。こんな終わり方、僕は認めたくない!」
僕がそう叫んだ。
でも、もうダメだって、わかっていたんだ。
だってもう、意識が吹き飛んで――。