謎の美少女?美少年?
昨日は散々だったなぁ。
でも、悪いことばかりだけじゃなかったから、よかったかも。
さーて、起きよう。
そう思って目を開けると、女の子が僕に跨っていた。
人間らしい肌色に、小さな胸、華奢な体。
可愛らしい丸い紫の瞳に整った幼い顔。
髪は白く、後ろで三つ編みで一つに揺っている。
服は着ておらず、パジャマを着ていると思っていた僕自身も、少女と同じく服を着ていなかったのだった。
ベッドの上、彼女は銀色に光るナイフを僕の胸に当たるか当たらないかのところで手を止めている。
「言い残すことは何かあるか?」
何が起きているんだろう……。
というかどうして全裸?
何が起きているかはわからない。ただ、僕は僕のしてしまったかもしれない可能性を彼女に言うことにした。
「初めてだったんだ、僕。君のような可愛い人が僕の初めてで嬉しかった。ありがとう」
少女は残酷なほど惚れてしまう笑みを浮かべた。
銀のナイフを振り下ろす……ことはなく、瞬時にとても冷たい視線で僕を見た。
あ、なんかこの視線、知ってる。
ということは、僕は未経験のまま……?
そう思ったら、どうやら正解だったらしい。
「誰がてめえみたいなガキとやるか!」とばっさりと言われてしまった。
「陛下が生活を共にしているという男がいるって言うから、どんな男なんだろうと思ったらただの童貞……。全く。来て損したわ」
彼女は呆れたように吐き捨てると僕の体に跨るのをやめて、さっさとベッドの横に脱ぎ捨てられている服を着た。
「それで、今陛下はどこに?」
白いYシャツに腕を通しながら彼女は言った。
「陛下? 誰のことだ?」
「ジュリアス陛下のことだ! どこだって聞いてるんだよ! 察せよ!」
乱暴すぎる言葉使いに少し引きながら僕は答える。
「そ、その辺にいると思うんだけど。昨日隣で寝ていたから」
彼女は舌打ちをして小さな声で言った。
「早く陛下とあんなことやこんなこと、したい。いたら、出来るのに」
「……」
そんな困ることを言われてもなぁ。
彼女が上半身の衣服を整えると今度は下半身の衣服を着ようとしていた。
しかし、手が止まった。
「あれ、パンツがねえな。……なんだよ。あれ、お気に入りなのに」
パンツという大変言い辛いものだったために、「手伝う」と言えなくて手伝えずどうしたらいいのか困って彼女を見た。
「おい、童貞のガキ。一緒に探せ!」
「はい! すみません!」
とにかくどんなパンツなのかは知らないけれど、僕のものとは違うから、絶対にすぐわかるはず……。
もしかしたら落ちてるかも、と思ってベッドの下を見た。
仮面、つまりはジュリアスがいた。
ピンク色のパンツを持っている。
「女性のかぐわしい香りがする……。すーはーすーはー……。はぁ、うっとりしちゃう」
僕はすぐに報告する。
「ありました。変態な仮面があなたのショーツの香りを嗅いでいます」
「変態な仮面!?」
彼女は僕を押しのけてジュリアスをさっと大事そうに仮面を抱きしめる。
「陛下ぁあああっ!!」
嬉しそうな悲鳴。まさに絶叫。
「リリー、久しぶり! 元気だったー!?」
ジュリアス達はベッドの下から出ると、抱きしめ合っていた。
「リリーは陛下と離れている間、寂しくて仕方がありませんでした!」
「私もだ! 人間界で君に会うのは三百年振りだよね!」
二人がハートを出してるような気がする。
(何だろう。恋人? ジュリアスの彼女なの? この子)
「陛下、酷いです。私以外の『男』に裸を見せて、昼夜問わず生活を共にするなんて……」
「私以外の男……?」
僕は彼女の体を思い出す。胸はあったような記憶があるんだけど。
……ちょっと、自分の記憶力が鮮明なのには感謝とちょっとの罪悪感がある。
まあ、警察なんかしてると記憶力ないとやっていけないからねー。
「リリー、君は本当に可愛いね! さすが私の『妃』」
(美少女なの? 美少年なの? どっちなの?)
そう思っていると二人はずっといちゃいちゃしている。
「あー、ごめん。ジュリアス。この人誰」
そう言うとリリーが凄い睨みつけてくる。
凄い怖い。
でもジュリアスがそんなこと気にせず、教えてくれる。
「この子は私の奥さん兼夫で、手伝い係兼部下で、友人でもあるリリーだよ! ハーフデビルなんだ!」
「ハーフデビル?」
「半分悪魔で半分人間! 昔悪魔にされちゃって、それ以来、私とよく遊んでくれているんだ!」
「はあ」
事情がよくわからない。
また魔界絡みか……。仕方ないけど。
というかここ最近頭の処理が追い付かないんだよね。
「まあ、リリーの件も私の幼馴染達が関係しているんだ! 本当にやってはいけないことをこの子にしたんだよ」
「そうなんですよね! よりにもよってインキュバスにするとか本当にありえない! あのクソ伯爵悪魔、絶対許さねえ!」
「インキュバス? 何それ」
「あれ? オカルト大好き陰キャの君が知らないの? 簡単に言えば淫魔だよ」
へえ、淫魔……?
一瞬良からぬことが頭に浮かんだのだけれど、僕はすぐにその思考を消した。
「ちなみに男だ。彼は」
沈黙が流れる。
(あ、そう。また男か。うん。まあ、うん。複雑……)
「今、女だったらいい思い出になってたとか思っただろ。お前」
リリーがそう言った。
はい。その通りですけど、それが男ってもんです。
どうもすみませんねえ! 起きて朝一番に目の前に会ったのが女の人の裸だったのでねえ!!
「彼はインキュバスだけど、女性にもなれるんだ。いろいろ事情があってね。だから男でもあるし、女でもあるんだよ。……本当にいつ見ても可愛い! さすが私のリリー!」
「陛下……っ」
「でも、三百年も会ってなかったのに、どうして突然?」
ジュリアスは「ちょっとお願い事をしててね。悪魔退治について。情報収取をしてもらっていたんだ」と言った。
そしてふざけたトーンから真剣なトーンの声に変わった。
「それで、どうだった? リリー」
「はい。ロズワルドはアメリカ、ミレーネは日本、ライオネルはイギリス、アレクは恐らくあのクソアマと一緒にいます」
「ふうん。そういうこと……。それにしても、アレク、そんなにあの子が好きか」
僕の知るところに及ばない話をされて、全く会話には入れない。
多分、これからのことを考えたら理解しなくちゃいけないのだけれど。
「ロズワルドはちょっと意地悪だし、ミレーネは暴力的。ライオネルは頭が良すぎて怖いし、アレクちゃんはもう論外。はて、どうするか……」
ジュリアスが溜め息をつく。
なんだか複雑そうだなぁ。
「とりあえず陛下、一服致しましょう! ニューヨークで流行りのジュースを買って参りました!」
リリーはそう言って、にこやかに茶色い袋を魔法でぽんと取り出した。