プロローグ 108課
「じゃ、お疲れ様。新しいところでも頑張れよ。……と言っても、ろくでもない108課なんかで、頑張ることなんてないだろうけどな」
「はあ……」
生活安全課の最後の勤務時間を終える時、上司からそう言われた。
僕は、生活安全課から108課、通称八課に行くことになっている。
108課というのはここ、警視庁の中でも問題児が集まり、書類整理くらいしか仕事のない課で、どう(10)しようもない役(8)立たず、で108課と言われるのだ。
先輩達と混じって、「要らないでしょ。その課」なんて笑いながら話していた。
その時は、知らなかったんだ。
僕自身が、八課に行くなんて……。
でも、僕は生活安全課にいることに不安感、焦燥感、疲労感、嫌悪感など、マイナスなことばかりを感じてしまうようになったため、八課への異動を願い出た。
悪いことばかりではなかったけれど、でも、もう限界だった。
だったら警察やめればいいじゃん。
そう思う人もいっぱいいるだろう。
それでも、崖の縁に手を引っかけて海にダイブしそうになっているとしても、その手を離さずに崖に絶対的に信頼を寄せて崖に張り付いてでも警察は続けていたかった。
採用試験に向けての熱い想いも、そのためにした体力作りも勉強も、警察学校での厳しい毎日も、その全てを無駄にしたくないんだ。
何より、幼い頃からの夢だった。
それが一番の理由だろう。
でも、もう僕の精神はギリギリだった。
先輩達にもからかわれ、いや、本人達からしたらからかってる内にも入らないかもしれないけれど、僕的にはいじめと受け取っていたし、嘘に重なる嘘をたくさん吐かれてきた……。
そんな時、友達が言ってくれた。
「穣太郎、お前にはもう八課しかない。ここくらいだ。お前が今、出来ることがあるのは」
そして水森刑事課長という、大変お世話になった上司に、転属願を出したのだ。
友達が前もって話してくれていたから、そのほとんどがスムーズに進んだ。
書類上の手続きも、あっという間に終わった。
あ、僕がこんなに悩んでいたものとは、こんなに簡単に切れるものだったんだと、そう思わされた。
今まで耐えてきたのは何故だったのか。
もっと早くに八課に異動してもよかったのではないか。
そうすれば、そうすれば……。
「僕は、もっと自分が好きなままだったかもしれない」
生活安全課最後の日、寮への帰り道でそう呟いて、両手で私物の入った段ボール箱を持って歩いていた。
月明かりが、綺麗だったような、そんな気がする。
でも、なんでかなぁ。
涙の味がしたんだ。
自然と、嗚咽も漏れて、情けないけれど、泣いていた。
これだから、ダメなんだ。
僕は、本当は警察なんて向いてないのかもしれない。
そう思っても、もうこれしか僕の人生には残っていないような気がしたのだ。
仕方がない。
八課にいても、警察を続けられるだけ、マシなんだ。
段ボール箱を一旦道に置いて、涙を乱暴に袖で拭く。
そしてまた歩き始めた。
寮に帰宅すると、僕はベッドに座って缶ジュースを飲んでいた。
いつでも呼び出しが来てもいいように、アルコールは飲んでいない。
警察というのは、そういう仕事なのだ。
呼び出しが掛かったら、すぐに現場に向かわなければならない。
非番は休みじゃないし、次の勤務までの時間だって、必要があれば出動するのだ。
とは言え、もう八課になったから、仕事なんて来なさそうだ……。
それにしても、最近はヴィラン「有栖川☆デビザー」とか言う、わけのわからないロボットの刑事が暴れまくっている。
もう大分前だが、ウイルス「kv」が流行ったその影響によるものらしい。
「kv」というのは「カトリーナヴォン」の略だ。
「カトリーナさんのところのヴォンちゃん」から生まれた生物という意味らしい。
もっといい名前はなかったのだろうか。
そう思うのだが、まあ、それは置いておいて。
このカトリーナさんは博士資格があって、その上海外の超巨大政府の内部関係で実験を頼まれ、それが爆発。
そうして生まれたウイルスは世界に撒き散らされ、世界中でこのウイルスに感染した「デビザー」と呼ばれる怪人が生まれるようになった。
このウイルスは明らかに生物兵器だった。
しかしそれをその実験を行った国は認めなかった。
ただの風邪。
そう言っていたのだ。
ただ、普通の風邪と違って、人間、動物、機械、おもちゃなど、全てに感染する。
一時期はニュースでもよく取り上げられていたが、いつの間にか話題性が薄まると同時に消えた。
今となっては、あれは陰謀だったのでは? とか、まあ、いろいろと言われているが、その実際のところはウイルスをばら撒いたその国からの諸外国への圧力、制裁(と言って良いものかわからないが……)によるもので非難声明というものを出させなかったようだ。
これも信憑性があるのかというと、多分これは本当なんじゃないかな、と思う程度だ。
日本の報道も、地に落ちたものだ。
真実を報道出来ないなんてな……。
あ、それは前からか。
まあ、そんなこともあって、次に出て来たのは「ヒーロー」だった。
このヒーローというのもウイルス「pck」に感染するとなるものだ。
「pck」というのは「ポカちゃんのところのココアちゃんがキルした際に生まれたウイルス」らしい。
デビザーと同時期に出始めたが、こちらは感染するとヒーロー能力者として「ウルトラC」に加入出来るのだ。
ただ、感染力は強いものの、すぐに完治出来るものでもあった。
薬も開発されている。
しかしながら、ヒーローによる活躍は目覚ましいものがあって、何者かが敵対国のミサイルを破壊して世界を救うと言って「時間操作兵器」で何者かが時間を崩壊させ、ついに世界も終わりかなんて思っていたら、アメリカのヒーローの活躍で平和になったのだ。
だが、デビザーはまだいる。
その事件もデビザーが関係していたらしいが、アメリカはそれ以上の強いヒーローを持っているとされた。
日本のヒーローも世界の危機に立ち上がってはいたのだが、役立たずどころか足手まといだった。
でもブラックスワンという人が日本では「男の象徴」とされている。
何より、「一番役に立ったヒーロー」と言われているからだ。
その姿は男性らしいが女性のように美しいと聞いた。
顔はわからないが、ヒーロー界での美男子と言われているのだった。
「……こんなこと思い出しても、仕方がないか。ジュースもなくなったし、なんか酔いたいんだよな。どうせもう八課だし、仕事なんてないだろ。うん。きっとそうだ」
ビール、あったか?
そう思いながら冷蔵庫に向かって行く。