26. 幸せになってほしい
――もう決行日も間近な頃
最近定休日には漁を終えたロルフ船長に会いに行くか、旅の準備のための買い物に時間を使っていた。
その日も旅の準備の為に街で買い物をしていたら、通りで後ろから慣れ親しんだ声がかけられた。
「ソフィア。」
振り向くと、やはりそこには騎士服のアントン騎士団長さんがいて。
「アントン騎士団長さん。」
もうすぐ会えなくなるから、それまでに話をしないと。
「少しだけ、お時間いいですか?」
「ああ、かまわないよ。」
私の真剣な面持ちで何か感じ取ったのか、アントン騎士団長さんは一瞬顔を強張らせたけど近くの公園の木陰で話をする時間をもらった。
「アントン騎士団長さん、こんなに遅くなってしまってごめんなさい。あの時のお返事なんですけど……。」
なかなか続きを切り出せなくて、拳を握った。
「ソフィアは初恋が分かったのかな?誰かを好きになった?」
「……はい。私はその人のことを幸せにしたいと心から思える相手を見つけることができました。アントン騎士団長さんの優しさに甘えて、ズルズルと返事を延ばしてしまってすみませんでした。」
いつも私に優しくしてくれた騎士団長さんは、今も微笑みを浮かべたままで話を聞いてくれた。
「そうか……。できれば私であってほしいと願っていたが。それでも私はソフィアの幸せを願うよ。」
アントン騎士団長さんには、ロルフ船長のことを話すのは憚られたので、うどん屋を他国で開く旅に出るとだけ伝えた。
騎士団長であり、貴族でもあるアントン騎士団長さんは、私とうどん屋をすることはできないから、悲しそうな顔を一瞬見せたけど笑って応えてくれた。
包み込むように優しくて、思いやりのあるこの人にもっと良い人が現れるはず。
「ソフィア、私は貴族でこの国の騎士だから国の為には自分の本当の気持ちを捨てなければならないこともある。決して本意ではないこともしなければならないこともあるんだ。だが、それも自分が選んだ道だ。」
私の考えていたことを悟られたような気がして、何も答えられないでいた。
「私は私のやり方でこの街を守って行こう。国に守られず、義賊に助けられないといけないような弱い立場の人々のことも今以上に何とか出来るように努めよう。彼と幸せになるんだよ……ソフィア。」
彼が誰なのか、アントン騎士団長さんが気づいていたのかどうかは分からない。
私はこの優しい人にも幸せになってほしいと心から望んだ。
「はい。アントン騎士団長さんの幸せを、私も祈っています。」




