22. おもてなしの心
恋人の居ない私は決まった相手なんていない。
それでも私は領主の妻なんて務まらないし、讃岐うどんを皆に喜んで食べてもらえる今の仕事にやりがいを感じている。
それに、やっぱりフィリップさんのことは……
「フィリップさん。お気持ち、とても有難いです。私はそんな大層な人間ではないですけど、そう思っていただけたのはとても嬉しいです。でも、讃岐うどん屋の私に領主の妻は務まりません。それに、フィリップさんのことは優しいお兄さんのように感じていました。これからもきっとそれは変わりません。私はお互いが愛する人と結婚できたらと思うんです。」
身分差とか、年齢差とか、そんなの関係なく私は結婚は愛し合う人としたいから。
フィリップさんのことは優しいお兄さんとしか思えなかったから、きっと結婚しても上手くいかない。
「そうか。貴族の結婚はそこに必ずしもお互いの愛がなくてもできるけれど、知らず私はそれが当たり前に思っていたのかも知れないな。ソフィアに私だけの感情をぶつけて求婚するなど、随分と傲慢なことだ。」
まだ民の気持ちに真に寄り添うことができていなかったんだなと自嘲気味に笑うフィリップさん。
「フィリップさんのことは本当に尊敬しています。私のことを気にかけてくださったことも、普通の貴族ならばあり得ないと思うから。それに、この領地の方は皆とても幸せそうなお顔をしていました。それはフィリップさんのお力です。」
ゴルダン領の領民は、以前訪れた際も今日来る途中にもたくさん見かけたけれど、誰一人として苦しい顔や辛い顔をしている人は見受けられなかった。
賑やかなアラゴンの街でさえ、孤児や家のない人も多くいる中で領民が幸せな顔をしていられるのは、きっとフィリップさんの力だろう。
「そうか……。」
そう呟いてフィリップさんは一度目線を下にさげた。
「私がしてきたことは無駄ではなかったんだな。ソフィアを妻にすることはできなかったけれど、これからも美味しい讃岐うどんを作って、店で食べさせてもらえるかな?」
「もちろんです。こちらこそよろしくお願いします。フィリップさん。」
黒髪を揺らして顔を傾け、アンバー色の瞳を細めて微笑んだフィリップさんは、いつものように優しい顔をしていた。
フィリップさんのお邸を出てから、伯爵邸の馬車の中で今度はクリスさんはおらず一人だけの帰り道。
「今まで恋愛に縁がないまま二十年経ったのに、急にモテ期が来たのは不思議ね。」
そして皆私のお客さんへの接客を褒めてくれるけど、もしかしたら前世の記憶にある日本という国の『おもてなし』が当たり前の文化の暮らしをしていたおばあちゃんの影響かも知れない。
そして讃岐うどんを作り始めてからは今までどん詰まりになっていた縁が、急に流れ出したみたいに色々な出会いがある。
「決まった相手……。」
フィリップさんに言われたことを思い出してポツンと独りごちた。




