18. 騎士団長の優しさ
「それで?何か困りごとかな?」
「困りごとというか、私が人を傷つけてしまって……。」
「ソフィアが?それは余程のことだね。」
「……変えたくなかったんです。ずっとこのままで居たかったから。」
泣いたってダメなのに、泣きたいのはきっとトーマスの方なのに、それでも鼻の奥がツーンと痛んで目の前が滲んできた。
「もしかして……、幼馴染くんかな?」
「……はい。」
「彼をソフィアが傷つけたの?……ということは、幼馴染でいたいと伝えたのかな?」
「はい。答えを求められたけど、私には恋とか分からなくて……。でもトーマスとは今まで通りの関係でいたいって思っちゃって。」
指で何度も涙を拭うけど、涙は止まらなくて……
「それなら、いつかは結局彼は傷ついたと思うから遅かれ早かれ結果は変わらなかっただろう。彼が答えを求めて、ソフィアは自分の気持ちを伝えただけだ。それはとても誠実なことだと思うよ。」
「でも……。もう幼馴染には戻れないから……。それは寂しくて。我儘なのは分かってるのに。」
もう騎士団長さん相手に敬語なんて使うのを忘れるくらいに動揺していた。
「ソフィア、きっと彼は焦って急ぎすぎたんだね。それでもソフィアの気持ちは伝わったと思うよ。あとは彼が消化できるのを待ってみよう。」
「はい……。」
そこで、自分に告白してくれたアントン騎士団長さんにこんな話をしたのは不味かったかも知れないと今更思い至る。
「こんな話……ごめんなさい。無神経でした。」
「そんなことないよ。私が勝手に聞いただけだから。ソフィアは私に悪いなんて思わなくていいんだ。」
なんでこの人はこんなに優しいんだろう。
「すみません、ありがとう……ございます。」
「私はまだ恋を知らないソフィアが、それを分かるようになるまで気長に待つよ。その相手が私でも、そうでなくてもソフィアの幸せを願おう。そのくらいには君のことを大切に思っている。」
「騎士団長さん……。ありがとうございます。」
ハンカチで涙を拭ってから立ち上がった。
「なんかスッキリしました。もう悩むのはやめます。」
「そう。良かった。これから店に出るのかな?」
「はい。目が腫れてるかも知れないけどなんとかやれます。」
「頑張って。騎士団は皆今日は警備で行けないけど、また明日はお邪魔するよ。」
気をつけて、と手を振って見送ってくれた騎士団長さんに心の底から感謝した。
やっぱり大人の考えは違うよね。
「さあ!今日は店も忙しいし、頑張ろう!」
瞼は腫れぼったかったけど、晴れ晴れした気持ちで仕事に取り組んだ。
祭りの日は人出も多く、酒場は混み合う。
「麦酒と骨付鳥、それとキッシュ!」
「はーい!」
「麦酒三つに讃岐うどん三つください。」
「はい!お待ちください!」
「讃岐うどん五つお願いねー!」
「はーい!少々お待ちくださいねー!」
普段より多くのお客さんが来て、店は満席だった。
ザワザワした店内で、何度も聞こえてきたのは最近巷を賑わしている『名もなき義賊』のことだった。
「おい、また『名もなき義賊』が貴族の船を襲ったんだろ。なんか人身売買してる船で、子どもたちが乗ってたって……。」
「あと、こないだは禁輸の品を載せた船を襲ったとか。『名もなき義賊』は稼いだ金の半分を孤児院とか路上生活者にばら撒いてるって聞いたぞ。やっぱ貴族は悪いことするからなー。」
「金儲けしか考えてない悪い貴族サマよりは、俺らは義賊の方を応援したくなる奴らの気持ちも分かるけどな。」
『名もなき義賊』と呼ばれる海賊が、この近くの海で悪徳貴族の船を襲い稼いだお金を貧しい人々に分け与えているとのことだ。
それで最近騎士団の皆さんも普段より忙しそうにしていたのかも知れない。
海軍から陸の騎士団へも応援要請があったって噂もあるし……。




