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Prince of Jersey(プリンスオブジャージ)  作者: 水上栞
第一章「ザ・ジャージマン」
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9.すいません、べろべろに酔ってます(SIDE ユキ)



 なんだかんだと忙しくしているうちに、夏休みが終わった。長谷川は約束通り、俺の練習用のジャージにカッコいいマークを入れてくれて、それが仲間にウケがよかったので、調子こいてあといくつか同じものをタオルや持ち物に入れてもらった。当然、ギャラは払うぜ。牛丼かラーメン、1回は高橋と一緒に居酒屋にも行った。


 高橋は俺の幼なじみで高校も一緒、近所でつるんでる数少ない友人の一人だ。ちょっと照れくさいが、親友と言っていいだろう。長谷川にとっては高校の陸上部の部長だったせいか、誘ったときは遠慮していたが、連れて行ったら高橋の方が大喜び。わかるぜ、久々に後輩に会うのは嬉しいもんだ。



「なんで安藤が長谷川と一緒なんだよ、どういう事だよ」



 アルコールが回った高橋が、俺たちの間柄について突っ込んできた。かわいい後輩に変なことしてねぇだろうなというチェックなんだろうが、アホか、俺と長谷川はそういうんじゃねえ。



「バイトが同じなんだよ」


「ああ、オッチャンのスーパーか。長谷川はよく働くだろ」



 そう言って高橋が長谷川の頭をぐりぐりと撫でた。まるで自分の方がコイツをよく知っている、とでも言いたげな態度にイラッとしたので、その手をチョップで払いのけてビールをあおる。長谷川と俺とは、まだ出会って半年くらいだが、こんなに気の合う人間はいない。まるでずっと昔から知っている仲間のようだ。



「いてぇなぁ」



 そう言いつつ、高橋が俺をニヤニヤと見ている。何だよ、何か言いたい事でもあんのかよ。そんな俺たちに挟まれ、長谷川は居心地がよろしくないようだ。すまん。



「お前、就活どんな感じ?」



 酔っぱらっているかと思っていた高橋が、いきなり耳の痛い話題を振ってきた。大学3年の秋にもなれば、もう内々定をもらっている奴も少なくない。経団連の指針では説明会の解禁が来年の3月、選考の開始が6月となってはいるが、経団連に加盟していない会社なら、もっと早いところはいっぱいある。大手に優秀な人材が流れないよう、外資系やベンチャーなんかは年内に決定する会社だって少なくない。


 実際には、3年春のエントリーから事実上の選考が始まっていると思っていいだろう。この間、OB訪問に行ったら遅いと叱られた。インターンはこの冬に入ろうとは思っているが、自分が何をしたいかがまだ固まっていない。



「ぶっちゃけ、出遅れてる。まだ部活が現役だしな」



 俺は正直に答えた。就活生としてはダメダメなんだが、今はもうすぐ始まるオータムリーグで頭がいっぱいだ。一部のエリート選手でもなく、体格にも恵まれない俺が、バスケを続けられるのはきっと大学が最後だ。だから、ぎりぎりまでバスケがしたい。思い残すことなくコートを去りたい。そんな思いで、一人また一人と引退していくチームメイトを見送りながら、俺はバスケにしがみついていた。



「俺は、いま長期で入ってるインターン先でほぼ決定かな。この間、部長に入社の意思があるか打診された」


「まじか、よかったな」


「おめでとうございます」



 長谷川がにっこりと高橋に笑うのを見て、強烈な焦りが這い上がってきた。就活よりバスケを選んだ己の選択の結果がこれなんだが、今まではなるようになるさと楽観的に構えていたところがあった。


 しかし、同じ立場の友人である高橋に水をあけられ、周回遅れの自分の姿がはっきりと見える。そして、長谷川の笑顔。「よかったですね」とにこにこ笑う顔を見ていると、自分の男としてのダメっぷりも実感してしまう。ぐずぐずと言い訳をしている俺よりも、就職が決まって社会に出て行く高橋の方が、そりゃ頼もしく見えるだろう。



 そう考えていたら自分の適量を超えていたようで、すっかり出来上がってしまった。長谷川が絶妙な濃さで作る焼酎の水割りのせいだ。そういうことにしておこう。




「おーい、安藤くん。帰るよ~」



 いつの間にか高橋が彼女のさゆりさんを呼んだようで、車で迎えに来てくれた。さゆりさんは、俺や高橋より4歳年上の会社員。エステの機械を販売する会社でばりばり働くやり手だ。まだ25歳という若手ながら、東日本のマネージャーを任され、神奈川以北を飛び回っている。


 さゆりさんとは、たまに高橋や他の友人とも一緒に飲むことがあるが、はっきり物を言う姐御肌のかっこいい女性だ。おまけに美容関係の仕事だけあって、ルックスも抜群。ごく普通の大学生の高橋が、いったいどうやって口説いたのか。今度じっくり聞かねばなるまい。



「俺はァ、長谷川を送って帰るから、いいんだっ」


「なに言ってんの、ベロベロじゃないの。安藤くんがそんなに飲むなんて珍しいわね。さあ全員とっとと乗った、乗った」



 さゆりさんは問答無用で俺たちを車に押し込むと、順に家を回って送ってくれた。おい、どうでもいいけど何で高橋が後部座席で俺の隣なんだ。ああ、長谷川が助手席に乗ってるのか。女二人で意気投合したらしく、キャッキャウフフと話がはずんでいる。長谷川は年上に可愛がられる気質なので、きっとさゆりさんも気に入ったに違いない。






 ずいぶん酔っぱらっていたせいか、最初に俺の家で車が止まった。さゆりさんと高橋に礼を言い、長谷川に手をあげると、家へと続くエレベーターを上がる。玄関を開けたら、キッチンのテーブルでオッチャンが風呂上がりのビールを飲んでいた。しかもパンツ一丁である。さんざん飲んで帰ってきた身には、最も目に入れたくない光景だ。


 そう思ってそそくさと部屋へ向かおうとしたら、オッチャンの方から声をかけてきた。たぶん俺が酒臭かったせいだ。



「なんだ、けっこう飲んでんな」


「おう、高橋と飲んできた」



 長谷川のことは言わなかった。別に知られてもいいはずだが、なぜか知られたくない。理由はわからない。最近の俺はどうも調子がおかしい。



「高橋くん、元気?」


「ああ、就職が決まったらしい」


「そりゃ目出たいね」



 次の会話が続く前に、部屋に入ってしまおうとしたが、オッチャンの方が早かった。



「お前はどうなの」


「どう……、って。インターン先を探してる最中だよ」


「ちゃんと決まりそうなの?」



 ただの店長なら「関係ないだろ」で済むが、親代わりの叔父である。これまで就活の報告をしていなかったのもあり、仕方ないなとテーブルの椅子を引いて腰かけた。



「まあ、決まるように頑張るさ」


「そうは見えんけどな。兄貴は東京に来いって言ってるんだろ」



 兄貴とは、オッチャンの兄。俺の父親だ。転勤で両親と弟が東京に引っ越しているので、就職を機会に俺も東京に出てきてはどうかと言われている。確かに東京の方が採用人数が多いし、選択肢も豊富だ。家族が近ければ何かと便利なこともあるだろう。しかし、俺は生まれ育ったこの土地で頑張りたいと思っている。



 黙っていると、ビールを飲みほしたオッチャンにトドメを刺された。



「ユキが地元志向なのは知ってる。別にそれは本人の考えだからいいけど、もし採用試験が全部ダメでも、うちのスーパーを継げばいいなんて思うなよ。俺は本気でこの店を守りたいから、本気でこの仕事をやりたい奴しか採用しない。滑り止めで就職なんかさせてやらんから、そのつもりでな」



「わかってるよ」


「なら、いい」



 オッチャンはそう言って、自室へ引き上げて行った。わかってるとは言ったが、本音を言えば10%くらいはそういう考えがあった。自分でも甘いとは思っていたが、どうにかなるんじゃないかと。今その道が断たれた。社長であるオッチャンにとっては、当たり前の話だ。こうなったら、死に物狂いでやるしかない。俺は部屋に入ってベッドに引っくり返り、そのまま泥のように眠った。




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