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Prince of Jersey(プリンスオブジャージ)  作者: 水上栞
第一章「ザ・ジャージマン」
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7.王子さまに捧げる「ブツ」を入手(SIDE 愛)



 バイトに行ったら、従業員専用通用口にずらっと行列ができていた。今日って何かの特売日だったっけ? いや、特売日なら表の自動ドアの前に主婦が並ぶはずだが、今日のメンツは着飾ったオネーチャンたちだ。


 自転車を従業員用スペースに入れる。5m以上の距離があるだろうに、香水の匂いがむわっと来る。きっとお高いブランドなんだろうけど、集団で匂いがかち合うと、何だろう、肉食獣の匂いっぽく感じるのは私だけ? その匂いをまとった空気がこっちへ近づいてくる。何だ、こりゃ。不穏な気配に身を固くしながら軍団の横を通り抜け、通用口のドアを開けようとしたその時、先頭のひとりに呼び止められた。



「ねえねえ、あなたバイトの子?」



 先日、試合の時に見た軍団と同族。アイラインとマスカラでガチガチに装備された目元が、私を見下すように高慢な光を投げかけてくる。よく見ると肌も人工的にテカテカするものが塗ってある。はは~ん、この涙袋はフェイクだな。


 なんて、私が観察するのと同時に相手もこっちを値踏みしていたらしく、こいつは自分の敵にはならないと判断したのだろう。小さく鼻を鳴らす音が聞こえた。ちなみに今日の服装は、オニツカタイガーのTシャツに、気合の入ったジーンズ。足元はビルケンシュトックである。


 いつもそう。女同士って、まるでキレイな方が偉いって決まりでもあるかのように、私のルックスを一瞥すると態度が横柄になる子が多い。私は少しムッとしながら、それでも顔には出さずに彼女の質問に頷いた。



「そうですけど」


「安藤さんっているでしょ、今日は何時に来るの?」


「先輩ですか」



 言われてようやく謎が解けた。この人たちはユキ先輩待ちなのだ。先輩はここでバイトしている事を公にはしていないが、それでもどこからか情報を仕入れて顔を見に来るファンがちらほらいる。しかし普段は来ても数人なのに。どうして今日に限ってこんなに大勢が通用口に並んでいるんだろう。



「今日は遅番だから、夕方からしか来ないですよ」


「えーっ、そうなのー」



 私がそう答えると大きなため息が漏れ、そのまま彼女たちは不機嫌そうなオーラを隠そうともせず、ぞろぞろと引き上げていった。おいおい、人に物を教えてもらったんだから、ありがとうくらい言えよとモヤモヤしつつ、通用口のドアを開けたらそこには店長の姿があった。



「長谷川さん、外に女の子の軍団まだいた?」


「いましたけど、帰っていきました。何ですか、あれ」


「今日ユキの誕生日だから、プレゼント渡しに来たんでしょ」


「え、お誕生日」



 そう言えば、彼女たちの手には色とりどりのパッケージがあったような。私でも知ってるような有名ブランドのロゴもいくつかあった。さすが人気者、きっと今日の帰りには両手に持てないくらいの贈り物をもらうんだろうな。


 ……と、そこまで考えてある考えが頭にひらめいた。偶然とはいえ、先輩の誕生日が今日だとわかったのも何かの思し召し。いつも食事をおごってもらったり、相談に乗ってもらったり、世話になりっぱなしの後輩としては、このチャンスに心ばかりのお返しがしたい。しかしいったい何をプレゼントしたらいいのか。私はバイトの時間中、ああでもないこうでもないと粗末なオツムをフル回転させた。



 その結果、私の出した結論は「体育会系ならではの真心グッズ」である。どうせ、かっこいい小物やブランド品は、軍団からこれでもかと貢がれるはず。だったら、私は私らしいオリジナルで気持を伝えたい。


 そうと決まれば、あとは時間との勝負だ。私のバイトが終わるのが午後4時。遅番の先輩の上がり時刻が午後9時。その5時間のインターバルに買物、作業、ラッピング、お届けまでのミッションをコンプリートさせねばならない。私はヒラメ筋に気合を充填した。まずはハイパー鬼こぎで、駅前商店街のスポーツ用品店にダッシュすべし。






「おー、長谷川――」


「すいません、先輩!ちょっと急いでますんで、失礼します!」



 夕方になって出勤してきた先輩を、猛スピードでぶっちぎる。本来ならば体育会系として失礼極まりない行為ではあるが、今日だけはそんな事は言っていられない。私は30秒で制服をTシャツとジーンズに着替えると、再び呆気に取られるユキ先輩の横を走り抜けて駅前商店街への道を急いだ。


 この間チラッと店頭で見かけた、黒地に赤のパイピングが施されたロングサイズのリストバンド。あれならユキ先輩の大学のビジター用ユニフォームの色とよく合うし、いくつあっても困らない。どうかまだ誰にも買われていませんように、と願いながら店に飛び込んだ私に、顔なじみの店長は残念そうに眉毛を下げた。



「ありゃー、何日か前に売れちゃったよ!」


「ええー、そんなぁー!」


「色的に似たのならあるけど」



 ほいよ、と店長が手渡したその物体を手にした瞬間、ぐっと身体が前のめりになった。重いっ! タオル地のリストバンドだと思っていたら、ずっしりと重い金属の板が入っている。ちょっと待て、これはリストバンドじゃなくて「パワーリスト」じゃん! 全然違うじゃん! 確かに色は黒と赤だけど、こんなの装着して試合に出られないってば。



「片方に250gのおもりが4個まで入れられるよ。ランニングの時は2個、ウェイト重視の時は4個、って具合に調整できるし、普段もこれ着けてたら筋肥大が期待できるんじゃない」



 皆さんのご想像どおり、この店長もガチの体育会系である。何かにつけプロテインを飲ませようとする筋肉マニアだが、その言葉でふっと視点が切り替わった。そうだよね、別に試合に出る時に使わなくてもいいんだよね。むしろ、スポーツ選手にとって大切なのは、試合という一瞬のために積み上げる普段の鍛錬なんだから。


 私はそのパワーリストを大事に家に持って帰り、赤い糸で刺繍をする事にした。デザインはパソコンでユキ先輩のイニシャル、YとAを組み合わせ、シルバーでクールなアクセントをプラス。これをプリントアウトしてチャコペーパーで丁寧に輪郭を写し取る。


 時計をチェックすると、この段階で既に2時間半が経過しているので、作業時間は届ける時間を差し引くと2時間弱。刺繍は私の得意分野とはいえ、縫うものが複雑な形をしているのでけっこう大変だ。


 先輩の上がり時間に間に合うだろうかとドキドキしながら、私は一針ずつてきぱきと、そして細心の注意をこめて針を進めた。



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