記念SS「あれから10年、私たちの幸せのカタチ」
―SIDEユキ
昨日は雨を心配していたが、一晩明けたら見事な青空だ。さすが、晴れ男と晴れ女のピーカン夫婦。やっぱり記念日はこうでなくっちゃな。
「準備できた~? もう出ますよ~」
玄関から鍵をチャラチャラ鳴らしながら、声がかかった。おっと、もうそんな時間か。今日ばかりは遅れるわけにいかない。俺はキッチンの椅子にかけてあった背広を羽織ると、仕事に行くのとは違う緊張感を湛えて地元の小学校へと向かった。
「パパ、早く早く」
「来ないと置いてっちゃうぞ~」
「おい、お前ら、走ると転ぶぞ。みんな、そこの門の前に並べ、写真撮るから」
小学校の名前が書かれた門の前に、カミさんと子供二人を並ばせて、写真を撮った。今日は子どもたちの入学式である。この小学校は俺の母校でもあり、約30年前の今ごろ、俺も同じ場所で撮影した写真がアルバムに残っている。あの頃はフィルムのカメラだったし、校門も今よりぼろい作りだったが、こうして自分の子どもが同じ学校に通うことに、心の奥から感動があふれ出る。
俺とカミさんが結婚して間もなく10年。あっという間だったように思えるが、振り返ると様々な出来事があった。中でもいちばん大きなのは、子宝に恵まれたことだろう。俺たちが2DKのマンションで、平凡だが幸せな新婚生活を送っていたある日、カミさんがもじもじしながら妊娠したことを教えてくれた。
あまりにビッグなサプライズだったため、5秒くらい情報が脳に行きわたる時間を要したが、それからはもう爆発したように幸せが体中でスパークして、しばらくハイな状態になってしまったのを覚えている。
「しかも、双子だそうです」
それを聞いて、俺は両家の家族を招集した。仕事をしながら双子の子育てをするため、サポートをお願いしたいと思ったからだが、すでにみんな臨戦態勢だった。長谷川家は俺たちの住まいから車で5分ほどの近距離だし、俺の母親は東京にいるが専業主婦なので時間は自由になる。となりの県に嫁いだカミさんの姉は、3人の母なので相談どんと来い、という鉄壁の布陣だ。
もちろん俺も、プレパパの講習にせっせと通い、掃除や買い物を担当するなど精いっぱいの父親修行をした。そうしてこの世に生まれたのが、いま体育館を新品の上履きでチョロチョロ走り回っている男の子二人だ。
マッチョなカミさんだから筋力でスーパー安産かと思いきや、双子はほとんど帝王切開になるらしく、彼女の場合も腹に大きな傷が残った。手術室に入るカミさんを見送り、俺は病院の廊下で号泣した。
「二人の子どもなのに、女ばかり辛い思いをするのは不公平だ。切るなら俺の腹を切ってくれ!」
そう言って親族を困らせたことも、今では語り草になっている。しかし、その時の気持ちは今も俺の中で大きな覚悟になっていて、体を張って生んでくれたカミさんと、困難を経て(双子の妊娠は大変だったんだ)生まれてきてくれた子どもたちに、自分のできる限りの愛情を注いでいこうと心に決めている。
そんな訳で、会社帰りは飲み会も全て断り、超高速で帰宅して晩飯の支度や子どもたちの世話をする日々だ。今はかなりマシになったが、5歳くらいまでは戦争だったぜ。ク〇ヨンしんちゃんが二人いると思ってくれ。部屋のレイアウトも安全第一に変更し、とにかく子ども中心の生活で我が家は回っている。
「安藤さん、たまには羽根伸ばしたいんじゃないですか」
同僚や部下にそう言われることもあるが、バカ言え、家より楽しい場所などない。玄関を開けると、カミさんに似たマッチョなチビたちが、すげえ勢いでタックルして来るんだ。それを腰を落としてがっちり受け止めた瞬間「ああ、生きてる」と実感する。
もちろん仕事もバリバリやっているぜ。現在は「Fittest事業部」から離れ、数年前に企画営業部の課長に昇進した。温情あふれる社長の采配で、出張の少ない部署である。そのかわり部下の数が一気に増えたので、面倒を見るのが大変だ。心労もはんぱない。
そのせいか……、最近どうも生え際がまずいことになってきた。俺のデコはこんなに広かったかと恐怖におののいているが、カミさんいわく「あら、男らしくていいじゃない」ということなので、ハゲたときは笑い飛ばそうと開き直っている。
まあ、俺も37歳。アラフォーだ。いろいろ体にガタは出てくる。通勤は往復1時間半自転車をこいでいるし、昼休みには社内のジムで筋トレもしているが、それでもちょっと下腹が出てきた。しかしカミさんは相変わらずガチっとした筋肉を保っている。体質のせいかと羨ましく思っていたら、ある日両肩に双子を担いでスクワットをしている現場を見た。すげえな、骨の髄から体育会系なんだな。
そんな我が家の楽しみは、月に一度のオートキャンプだ。双子が生まれた時にワンボックスカーを買って、2歳くらいから近郊のキャンプ場へ遊びに行っている。車にセットするタイプのテントを使って、屋外で寝泊まりするのは最高に楽しい。俺とカミさんも遠距離だった恋人時代、自然公園で山登りデートをしたが、今はその頃に夢見ていた「家族でアウトドア」が実現している。
キャンプ場で夜空を見上げて、ふっと思うんだ。俺は最高に幸せ者だと。生まれ育った大好きな街で、希望通りの会社に就職し、心から大切な女性と所帯を持った。そのうえ可愛い子どもにも恵まれて、言うことなしの人生だ。それだけに、この幸せを手放さないように気を引き締めていかないといけない。
若いころほどじゃないけどな、たまにアホな女が寄って来るんだよ。結婚しているのを知っているのに。もちろん俺はバッサリ切り捨てるぜ。
「世界一の女と結婚してるのに、雑魚に目がいくわけないだろ」
お陰で「顔はいいのに性格は最低の安藤課長」という陰口が囁かれているようだが、一向にかまわない。道徳の観念が欠落した奴なんて雑魚の中の雑魚だし、家族との幸せを守るためには、女に嫌われるくらいでちょうどいいんだ。
そんなことを考えていたら、そろそろ入学式が始まる時間になった。双子たち、おとなしく座っていてくれよ。おっとり型の長男はまだいいが、次男が俺のガキの頃にそっくりで、一瞬だってじっとしていない。大きくなるにつれ、苦労をさせられそうだが、それも含めて楽しみで仕方ない。
「また10年経ったら、どうなってるのかな、俺たち」
そう言うと、隣に座っていたカミさんがクスッと笑った。
「気が早いわよ、パパ。取りあえず健康でいてね、ローンもあるんだし」
優しいんだか現実的なんだかわからないが、実にカミさんらしい返答だ。10年経っても、20年経っても、きっと俺たちはこうして変わらず平凡で幸せな暮らしの中にいるだろう。こういう瞬間、この女性を選んでよかったとしみじみ思う。やはり俺は、世界一の果報者だ。
―SIDE愛
「気が早いわよ、パパ。取りあえず健康でいてね、ローンもあるんだし」
長男と次男、今年7歳になる双子の入学式で、夫に「10年後はどうしているか」と聞かれて、咄嗟に口からそう出るくらい、昨年から始まった30年ローンは我が家の重要案件であった。そう、ついに買っちゃったのよ、分譲マンション!
結婚して、最初に住んだのが賃貸の2DK。見晴らしがよくて場所も便利だったけど、双子が大きくなってきたら狭いのなんの。幼稚園に上がる頃から引っ越しの計画を始めて、ようやく希望通りの3LDKが夫婦どちらの職場にも便利な場所に見つかった。
しかも、夫が子どもの頃に家族で住んでいた町内で、今日こうして双子が入学した小学校も彼の母校。地元を愛する私たちの終の棲家としては、まさに最高の立地だよね。共稼ぎで貯めていた貯金は頭金や引っ越しで吹っ飛んだけど、その分また頑張って働くから何とかなるはず。
でも、そうやって働けるのも、周囲のサポートあればこそだと感謝している。子どもはしょっちゅう熱を出したり具合が悪くなったりするので、そのたびに保育園や幼稚園からお迎え要請が来たけれど、近所に住む私の母や定年退職した父が面倒を見てくれたし、月イチで東京から来てくれるリューちゃんママ(お姑さん)のお陰で、贅沢にも夫婦水入らずのデートや旅行に行けるのが有難い。
もちろん、夫の活躍も素晴らしい。イクメンと言いながら、美味しい所だけしかやらない男親は多いけれど、うちの夫は体育会系に多い不言実行型の典型である。
「子育てや家事を手伝う、っていう言い方がそもそもおかしい。自分の仕事だという自覚がないから、そういう言葉が出てくるんだ。お前はチームで進めているプロジェクトに対し、手伝いますと言うか? 言わんだろ」
これは先日、彼が自分の部下に対して言ったことだ。ワンオペで双子の面倒を見るのは不可能なため、夫は仕事が終われば真っすぐ家に帰り、飲み会にも行かない。そのかわり、自分の部下や同僚を自宅に招いて、自慢の包丁さばきで魚料理をふるまうことがある。その時、部下が悪気なく彼の家事参加を褒めたのだ。
「安藤さん、偉いですよね。家事や育児をちゃんと手伝ってるんですね」
それに対するツッコミが上記の台詞なのだが、出刃包丁を持ったまま言うから恐ろしいの何の。部下のお兄さん、顔が引きつってたよね。でも本当に、夫のように考えてくれるからこそ、私も存分に働けるんだと思う。せっかく資格を取ったのに、出産でキャリアを失ってしまう人は本当に多いのだ。
「安藤さん、双子のママなんだって? 子どもの面倒は誰が見てるの」
たまにこういう頓珍漢な人もいるけど、そんな時は「夫婦で協力してます」と流してしまう。親は二人いるんだから、二人三脚が当たり前だっつーの。そのかわり、家計も折半。生活費やローンなどを出し合って、残った金額がお互いの小遣いというシステムだ。まあ、二人とも散在するタイプではないので、ぼちぼちへそくりもできている。
そんな私たちが、これまでに最もお金をかけたレジャーと言えば、波照間島への旅だろう。子どもたちにあの青い海と満天の星空を見せてやりたくて、昨年の秋、飛行機と船を乗り継いで高橋夫妻に会いに行った。
「わー、二人ともすっかりパパとママになっちゃって」
相変わらずお美しいさゆりさんは、小学生二人のママである。ファミリービジネスである黒糖プロダクツの仕事の傍ら、タラソテラピー施設の準備を進めている。もともとエステ機器のインストラクターだったので、その知識と技術を応用したスパリゾートを開発する予定だそうだ。すごいな、高橋ファミリー。
「安藤、課長になったらしいな」
「専務取締役のお前に言われてもな」
真っ黒に日焼けしてマッチョになった高橋先輩が、白い歯を見せてニヤリと笑う。島の生活が性に合っているようで、最近はグアバエキスのドリンクや、サトウキビ繊維を使ったサスティナブルなインテリア雑貨など、黒糖以外の分野にもビジネスの幅を広げている。やり手なんだね、高橋先輩。
「お前たち、この海を見ながらパパとママは結婚を決めたんだぞ」
眠そうな双子を何とか引き連れて、夫がプロポーズしてくれた海岸にも行った。残念ながら曇っていて星は見えず、双子は私たちに1人ずつ抱っこされたまま眠ってしまったが、何年かぶりに見た風景は私たちの心に、あの日の誓いを思い出させてくれた。
「生きてる間、何度でも来よう」
海を見ながらそう言う彼が、あの頃と変わらず私を想ってくれていることは、日々深く感じている。私は「そうだね」と呟きながら、また生まれてきても彼と一緒になりたいと、夢見がちな乙女のようなことを考えていた。結婚しても、子どもができても、不思議なくらい彼に対する愛情が褪せないのは、一人の女性としてこの上ない幸福だと実感する。
そんなことを考えているうち、入学式の式典が終わり、教室に移動することになった。双子のクラスは別々なので、長男の方に夫が、次男の方に私がついて行くことになっている。
「おい、階段気をつけろ」
心配性の夫が腰を支えて階段を下りるので、周囲の視線が「あらあら」という感じで絡みついてくる。ただでも彼の容姿にお母さんたちが注目している中、保護者の中で悪目立ちするのは困る。
「大丈夫だって、足腰は強いんだから」
「その油断がいけないんだ。今の時期に転んだら大変なことになるだろう」
実は先日、三人目の妊娠がわかり、また夫が「SPPM(スーパー・プレパパ・モード)」に突入した。何しろ7年以上のインターバルなので、すっかり妊婦時代を忘れている私とは逆に、当時つけていた日記(そんなものがあったのか!)をもとに、あれをしろ、それはダメだと私の世話を焼き始めた。ありがたいんだけどね、外ではちょっと控えて欲しい。
初回の妊娠が双子で帝王切開だったので、今度もたぶんお腹を切ることになる。私は元気な子が生まれるなら構わないんだけど、また彼が気にして落ち込むのかと思うとそれが辛い。
今でも私のお腹を見るたび、そっと傷跡を撫でては切なそうにする。それだけではない。「Fittest」の新発売ポスターで撮影した私の腹筋ショットを見るたび、泣きそうな顔になるのはやめて欲しい。あなたは私の腹筋がそんなに好きだったのかと思う。
やさしい人だから、私に傷がつくのがいたたまれないんだろうが、通常分娩だって会陰切開するからね。男は知らんと思うけど。どっちにしてもノーダメージで出産はできない。それより、全力で私に突撃して来る双子の方がヤバい。私に似て骨太で筋肉ガチガチなので、お腹に当たらないようガードをよろしく願いたい。
「3ばん、あんどうくん」
「はーいっ!」
先生の呼びかけに対し、次男が元気よく手を挙げる。「あ」から始まる名前なので、出席番号はたいてい1番から5番以内だったと夫が言っていた。この「安藤」という名前にも、すっかり馴染んできた。旧姓は長谷川で、夫も私の事を名字で呼んでいたので、結婚してしばらくはそれを矯正するのが大変だったな。
そして、ようやく「愛」「ユキさん」という呼び名がしっくりくるようになった頃、天使たちの訪れが知らされたのだ。それからはもう「パパ」「ママ」が定着してしまい、このままずっとその呼び名で一生を終えることになりそうだ。
あっという間の10年、でもいろんなことがあった10年。夫婦で、そして家族で過ごした、私たちのかけがえのない歴史である。
あの日、一枚のジャージがつないだ私たちのご縁。ジャージ姿がビジネススーツになっても、私の王子さまは隣で微笑んでくれる。間もなく5人家族になる私たち。この小さな幸せがずっとずっと続きますようにと、私はまだ見ぬ未来に向かって、胸いっぱいの希望を膨らませた。
POJ(プリンスオブジャージ)記念SS
「あれから10年、私たちの幸せのカタチ」了




