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Prince of Jersey(プリンスオブジャージ)  作者: 水上栞
第五章「プロテインのように甘く」
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9.新しい明日へのカウントダウン(SIDEユキ)



 こうして、「婚約はしたものの、結婚の予定は未定」という、中途半端な俺たちのステータスは一歩前進し、いよいよ結婚式に向けて動き出すことになった。驚いたのは、周囲がめちゃくちゃ協力的だったことだ。





「今か今かと待ってたのよ! もう親族の出席者リストはできてるわ。さっさと式場を決めてちょうだい」



 長谷川のお母さんと俺のお袋に、結婚式までのスケジュール表というのを押し付けられた。ブライダル雑誌の付録についてたそうだ。なんだか知らない間に二人で仲良くなって、雑誌を見ながら盛り上がっていたらしい。自分が結婚するわけでもないのに、すごいはしゃぎっぷりだな。



「まあ、いいじゃないですか。結婚っていうのは、こうして親族を結び付ける意味もあるんですよ。喜びを分かち合ってもらえるなら、これほど親孝行なことはないです」


「長谷川、今いいこと言ったな!」


「その呼び方も……、そろそろどうにかしないとですね」



 実はそれに関しては、俺もまずいと思っていた。もう5年以上も「長谷川」「先輩」と呼び合っているので、今さら変えるのも居心地が悪いのだが、結婚の勢いに乗ってしまわないと一生このままな気がする。検討した結果、俺は長谷川のことを「愛」、長谷川は俺のことを「ユキさん」と呼ぶことになった。(ああ、考えただけでも照れくさい!)






 そして、俺たちを応援してくれたのは、親族だけではなかった。東西スポーツ「Fittest事業部」の濃いメンバーが、八面六臂の活躍をしてくれた。


 まず、式場選び。人気の施設は1年以上先でないと予約できないと聞いていたが、枝野さんのネットワークで、4月後半に郊外にあるレストランの貸し切りが実現した。花と緑に包まれた広い庭、美味しいイタリア料理、親族用の控室も完備されていて、まさに理想のガーデンウェディングである。


 それだけでも長谷川は地面から足が浮きそうなくらい喜んでいたのに、さらにはデザイナーの津島さんが、お色直しのドレスを作ってくれると聞いて、バンザイがV字バランスになるほど感動している。ちょっとお世話になりすぎな気もするが、祝ってくれる気持ちはもらっとこう。



「どんなのがいいか考えておいてよね、近いうちに採寸するから」


「わかりました。思いっきり俺たちらしい一着を考えます」



 ちなみに香山課長は、撮影の手配をしてくれた。現在彼女はフランス人と熱愛中で、その彼氏がフォトグラファーである。以前いろいろあったので、長谷川は彼女にちょっと警戒しているようだが、



「やっぱり私、日本の男はダメみたい。パッションがないのよ、24時間耳元で愛を囁けなきゃ男じゃないわ」



 と言っているのを聞いて、素直に親切として受け取ることにしたようだ。ちなみにフランス人の前は、トリニダード・トバゴ人だった。もう彼女が何をしても誰も驚かない。




 なお、結婚式は神前式にした。有名どころではなく、地元のこじんまりとした氏神様だ。そう、俺が神様の前で長谷川への想いを告白した、あの神社だ。あの時の気持ちが本物で、長い年月をかけて結ばれたことを神様に感謝したい。ガラガラと鈴を鳴らし、俺は深く頭を下げて心からのありがとうを天に叫んだ。






 その後も各方面から様々なサポートを受け、これ以上はもう罰が当たるぞと思い始めたころ、最後の締めにどでかいサプライズがやってきた。



「久々に見ました、ユニフォーム姿」


「まだまだいける、って所を見せてやるぜ」



 今日は、地元の体育館を貸し切って「安藤幸彦♡結婚記念バスケット大会」という、こっぱずかしいタイトルの試合が行われる。中心メンバーは高校同期のバスケOBで、そこへ先輩やら後輩やら大学の仲間やらが飛び入りで参加し、合計5チームの総当たり戦を行う。


 社会人になって何年もボールを触っていない連中が多いし、昔のユニフォームを引っ張り出して着ているので、背番号も色もごちゃごちゃだ。しかし、みんな目が輝いている。要するに結婚する俺たちを祝いつつ自分たちも楽しもう、というやつだ。



「ファイト~! ファイト~~! ユ・キ・さ・ま~~~!!!」



 二階席から太鼓の音に合わせて、女声の応援が飛んできた。おおっ、あれは……久々の鬼塚さんじゃないか! 100人の仲間たちは半分ほどになっているが、昔の横断幕「YUKIHIKO♡LOVE」が燦然と輝いている。まだ持ってたんだな、鬼塚さん。あれは現役時代は恥ずかしかったが、今では笑えるネタだな。


 鬼塚さんの縦ロールは、金髪からシックな栗色になっているものの、独特のオーラは相変わらずだ。この日のために揃えたのか、前列の10人ほどはピンクの法被で気合が入っている。ていうかその大太鼓、どこから借りてきたんだ(笑)彼女たちの応援で会場は一気に興奮に包まれ、思った以上に盛り上がってきた。ここはぜひ、長谷川にいいとこ見てもらわなくっちゃな。




 そして二試合目の後半、ファールを受けて俺がフリースローを打つ場面がやってきた。普通なら静かにラインの外側で見守るはずの味方チームが「新郎!」「ムコ殿がんばって!」と大騒ぎしている。今日はとことんお祭りモードだ。ちなみに本日の審判は、黒髪ボブ子こと元女子バスケの木下である。東京から同僚女性3人組が追っかけてきた時は、ほんとに世話になったぜ。



「ナイッシュー!!!」



 きれいな弧を描いたボールが、ゴールのリングに吸い込まれていった。ほっとして長谷川の方を見ると、頭の上で腕を大きな〇にしている。そのピカピカの笑顔が現役時代、どれほど励みになったか彼女は知らないだろう。




 この日は合計3試合に出て、普段から鍛えているとはいえ、流石にくたびれてボロボロだ。しかし、めちゃくちゃ楽しかったし昔に戻った気がする。その勢いで、チームメイトが俺の昔の話を長谷川にぶちまけ始めた。おいおい、余計なことを言うんじゃないぜ。



「女の子に呼び出されて喜んで出て行ったら、安藤に取り次いでくれ、っていうのが多くてがっかりしたぜ」


「美術の女教師からも迫られてたよな、デッサンのモデルになってくれとか」


「あれ、最終的には脱がせるつもりだったらしいぜ。油断も隙もねぇ」


「その安藤が、ついに結婚か。感慨深いな」


「長谷川さん、こいつのことよろしく頼んどきますよ!」



 その言葉を受けて、長谷川がぺこりと頭を下げ「新居に遊びに来てください」と答えた。おおっ、なんだかちょっと新妻モードじゃないか。萌えだ、これはごちそうさまだ。俺は平静を装い、心の中に桃色の妄想をしまい込んだ。俺の友達と、長谷川の友人、気軽に遊びに来てもらえる家庭がいい。こうして人付き合いの輪が広がっていくのは幸せなことだな。






「はいはーい、焼肉に行く人~」



 今日の幹事が旗を振って、打ち上げ会場にみんなを誘導する。二人が出会って間もない頃、俺が長谷川を部活の打ち上げに連れて行った思い出の店だ。ここらの体育会系には有名な店で、食べ放題の内容がいいことで知られている。



「学生時代はいちばん安いコースだったけど、今日は上カルビつきスペシャルコースだよ~。安藤くんのおごりね~~」


「ちょ、ふざけんな!」



 全く、今日はいじられ放題だぜ。とりあえず幹事に空手チョップをお見舞いしておいた。大広間に集まったのは約20名ほど。多くが20代後半で中には子持ちもいるけれど、まるで学生時代に戻ったように、飲んで食べて大笑いしている。


 長谷川はいつものように戸口の近くに陣取り、オーダーを通しながら網を取り換え、さらに自分もモリモリ食べるという焼肉オペレーションをこなしている……と、思っていたら、どうやらあっちこっちから「奥さん、飲んで飲んで」と、あんまり得意ではないビールを勧められたせいで、最後はヘロヘロになってしまった。




「おい、大丈夫か」


「ぜ~んぜん、だいじょぶっすよ」


「いやいや、顔が真っ赤じゃないか。気がつかなくてすまん。昔話で盛り上がってたもんで、お前がそこまで飲まされてるのを知らなかった」



 このまま家に帰すと、長谷川のお父さんや兄貴に何と言われるかわかったもんじゃない。結婚式までは穏便にいかねば。そこで、俺たちは近くの公園で酔いを醒ましてから帰ることにした。自販機で買ったスポドリをゆっくりと長谷川に飲ませる。



「あ~、楽しかった」



 長谷川はニコニコと上機嫌だ。俺も楽しかった。バスケをして仲間と喋って、焼肉を食べて。出会った頃もこんなだったな。違うのは、俺の隣にいる長谷川が間もなく人生のパートナーになることくらいだ。



「付き合う前も、焼肉に行ったな」


「はい、あの時みたいだって思い出してました」


「俺も、よく覚えている。長谷川が皿を片付けたり、網を替えたり、オーダー通したり、焦げる直前で肉を回収して食ってたのを思い出す」


「やだ、よく見てますね!」


「そうだな。もうすでにあの時、お前を好きになりかけていたんだろう」



 びっくりした表情で、長谷川がこっちを振りむいた。人間の縁というのは不思議なものだな。あの頃より少しだけほっそりした長谷川の手を取り、きゅっと握った。もうすぐその薬指を、先日二人で買いに行ったシンプルな指輪が飾ることになる。



「そろそろ、行くか」


「はい」



 そのまま手をつないでベンチから立ち上がり、月あかりの下を長谷川の家へと向かう。中秋の風が心地よく頬を撫で、藪の中ではコオロギが鳴いている。二人が同じ家に帰るようになる日まで、あと半年足らず。残り少ない恋人時代を噛みしめるように、俺たちはゆっくりと歩を進めた。




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