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Prince of Jersey(プリンスオブジャージ)  作者: 水上栞
第一章「ザ・ジャージマン」
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5.今度こそ、終わりにしたい関係(SIDE ユキ)



 また女と別れてしまった。今回は3ヶ月、いや2ヵ月半か。友人から紹介された、3つ年上の貿易系商社OL。最初は年上らしく太っ腹なところを見せていて、これなら今度こそいけるかと思ったが、何度か会っているうちに「スポーツ新聞がダサい」とか「デート向きの店じゃない」とか言い出して、そうなると後はもう同じ事の繰り返し。



 中学の初カノから今まで、俺の恋愛パターンはいつもお決まりだ。女の方から言い寄ってきて、最後は「幻滅した」と向こうから離れていく。お前ら、俺がどんな男なら気に入るわけ? 薔薇の花束かかえてフランス料理にお誘いすれば満足するわけ?


 冗談じゃねえわ。俺はごく普通の体育会系大学生だ。ジャージで牛丼食うのは当り前だし、スポーツ新聞だって読む。大きな声では言えないが、風俗だって行くぞコノヤロウ。なのに勝手に妄想して勝手に幻滅すんなよな。まあ、別れてしまったんだから、今さらどうでもいいけどな。



「安藤、お前はいいよな、入れ食いで」



 出会いに恵まれない男友達は俺にそう嘆くが、そりゃあ大間違いだと声を大にして言っておく。確かに寄ってくる女は多いさ、でもそれは俺の上っ面に興味を持っているだけ。人格を否定されると惨めでキツいぜ? まるでお前は中身がない人間だと言われてる感じだ。


 それでも10代の頃は、いつか俺の全てを受け容れてくれる女が現れて、居心地のいい関係を築けるんじゃないかって希望もあった。でも、この頃はもう諦めモードに入ってる。親からもらった顔に文句を言うのは罰当たりだが、真剣な恋愛をするには、この顔は障害にこそなれメリットには全くならない。二十歳を過ぎて、なおさら痛感している所だ。




 しかし、だからといって適当な逃げ場があっていいなんて思っちゃいない。……いないんだが、ヘタレな俺はまた薫子のマンションを訪れていた。



 薫子は俺より二つ年上のいとこで、子供の頃から俺と弟の姉代わりだ。そして同時に俺の初めての女であり、彼女と別れるたびに関係を戻してしまう、腐れ縁かつ現在進行形のセフレでもある。


 自分でも最悪だと思う、というより最悪以下だ。もし友達にこういう関係の女がいたら、きっと俺はぶん殴る。なのに自分はそこから脱却できない。俺という人間は、何でこんなに矛盾だらけなんだろう。間接照明に照らされた天井を見ながら、つくづく自分に愛想が尽きた。



「ねえユキ、なにボーッとしてんの」



 薫子の細い指が鎖骨の辺りをスッと滑っていく。時刻はもうすぐ12時。泊まっていくか、帰るか。明日は朝から長谷川の試合を応援しにいくので帰るべきだが、浅ましい俺の下半身は「もう一回欲求を吐き出せ」と脳にムズムズを送り続けている。


 中3の夏休み、いきなりキスされてパンツを下ろされ、うやむやの内に童貞を奪われて以来、もう何度抱いたか知れないのに、薫子のことは正直一度も好きになった事がない。この関係に関しては、嫌悪感こそあれ罪悪感は少しもなくて、俺が異常なのか、彼女が異常なのか。それともこの組合せが狂っているのか。


 どっちにしろ頭脳が成人として一般常識を備えるにつれ、俺の中での薫子との関係は、一刻も早く見切りをつけるべきだと危険信号が灯っている。



「なんか、今日のユキは変だね」



 薫子が長い睫毛を瞬かせる。親戚に言わせると、俺たちは一族で一番似た顔立ちなんだそうだ。まあ、俺の母親と薫子の父親が兄妹だから、血は近い。


 高校在学中に雑誌モデルにスカウトされた薫子は、そのまま芸能プロダクションに所属して現在に至る。売れっ子ではないものの、父親が医者なので金の心配は皆無。あくせくと働く事もなく、こうして高級マンションで悠々とシングルライフを満喫している、実に羨ましいご身分だ。


 ちなみに俺以外の男も引っ切り無しに来ているらしく、洗面所には男物の香水やシェーバーが所狭しと陳列されている。薫子は、そういう女なのだ。はっきり言うと、俺の最も嫌いなタイプである。それでも男の衝動的な欲求をアッサリ呑み込む後腐れのなさは、俺の年頃にとっては有り難い。しかし、いつまでもこうしちゃいられない。俺は腹直筋に力を込めると、ベッドから跳ね起きた。



「帰る」


「えー、もう遅いのに、泊まっていきなさいよ」


「いや、帰る」



 オートロックのエントランスを出て、18階建ての瀟洒な建物を振り仰いだ。今までだって、ここから帰る時はいつも二度と来るまいと思っていたが、今度は何となくそれが本当になりそうな予感がする。男として、そろそろケジメをつけて一人前になるべきなんだろう。俺は両頬に平手で気合を入れると、本当に絶対もう来ねえ、と心に誓って停めていた原チャリのエンジンを回した。






 翌朝の陸上競技場はめちゃくちゃいい天気で、Tシャツ一枚でも汗が流れてくるほどだ。6月初旬の風は、もうすっかり夏の匂いをさせている。いつもは体育館での練習ばかりなので、こうしてたまに太陽の下に出ると本当に気分がいい。


 俺はTシャツの袖を肩まで捲り上げた。こういう機会に焼いておかないと、うっかり生っちろいまま夏が過ぎてしまう。幸彦という名前も、線の細い体格も顔も、俺の目指すワイルドでマッチョな男らしさからは程遠いだけに、プロテインを飲んだり陽サロに行ったり、けっこうこれでも陰で努力していたりするんだ。



 それに引きかえグラウンドでアップ中の長谷川はどうよ。毎日の屋外練習でしっかり陽に焼けて、バネのように伸びやかな筋肉は男の俺でも羨ましくなるくらいだ。しかし、いざ試合開始が近づき選手がサークルの近くに集合した時、俺は意外な事実に気付いた。


 何と、長谷川が小さく見えるのだ。いや、正確に言うと周りの選手がめっちゃでけえ! 普通の女に比べれば大柄に違いない長谷川が、実は砲丸投げの世界では極小サイズなのだと知った瞬間、俺は立ち上がって競技場と観客席を分けるフェンスに駆け寄っていた。



「長谷川ーーっ!!」



 あんまり大声を出したので、周囲の人間が一斉にこちらに振り向いたのを感じたが、構うもんか。あんなでかい敵の中で、今から闘う長谷川を何としても応援してやりたい。自分がいつもコートの中で190㎝台の大男に囲まれ、なにくそと思いながらプレイしている、その負けじ魂がこみあがってきた。


 その想いはどうやら真っ直ぐ届いたようで、長谷川は俺の姿を認めると、ガチガチに固くしていた表情をいつもの柔和な笑顔に変えた。


 リラックス、そうだリラックスするんだ長谷川。そしてここぞの一瞬に、気持を最高の緊張感まで持って行く、それが体育会的セルフコントロールだ。俺はフェンスをガシャガシャと揺さぶり、もう一発応援のエールを送った。



「頑張れーーっ、はせがわーーっ!!」



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