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Prince of Jersey(プリンスオブジャージ)  作者: 水上栞
第四章「切なさのインナーマッスル」
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6・一触即発? はらはらの3人デート(SIDE愛)



 その考えが甘かったと気づいたのは、お盆休み。12日の夜に帰ってきたユキ先輩が、13日に我が家にお土産を持って遊びに来てくれて、それから二人でお出かけしようとしていたところ、玄関前に黒塗りのハイヤー(ホテルから呼ぶ立派そうなタクシー)が停まった。



「ハーイ、アイ。お迎えに来たよ」



 中から現れたのはルークで、本日も豪快にシャツのボタンを開け、有名人がかけるようなミラーのサングラスを外したかと思うと、勢いよく私に突進をしてきた。まずい、またあの強烈なハグをぶちかまされる!




 しかし、いつまでたっても衝撃が来ない。おかしいなと思ったら、私をとっさにかばったユキ先輩にルークが抱き着いていた。おおぅ、美しい男たちの抱擁シーン、ごちそうさまです……じゃなくて! ブレイク、ブレイク!



「「うわっ」」



 男二人が同時に飛びのいた。お互い「何だこいつは」という顔をして睨み合ってる。このままではまずいと思ったので、友好的なムードに持って行くため、二人を紹介することにした。



「えーと、ユキ先輩。こちら、私の高校時代の友人でルークです。ルーク、こちらは私の……彼氏の、安藤さん」


「彼氏?」



 ルークは一瞬、眉毛をピクッと上げたけど、すぐに嘘くさいスマイルを貼り付けて、先輩の方に手を出した。



「ハロー、安藤さん。僕はルーク・カニンガム。アイは恥ずかしがり屋だから僕のことを友人って言ったけど、ハイスクール時代のボーイフレンドだよ。もっとも、ボクは今でも恋人だと思ってるけどね」


「なんだとっ」



 ユキ先輩の顔色が変わった。やめてー、やめてー、先輩のこと彼氏だって紹介したのに、ルークったらなに煽ってるのよ。先輩、意外とそっち方面はメンタル弱いのよ(実は知ってた)ほら、こめかみに筋が立ってきたじゃない。


 この場をどう収めようかと焦っていると、ユキ先輩がにっこり笑って差し出されたルークの手を握った。あれ、大人の対応だ。さすが社会人! と思ったら、ルークの顔が赤黒く変色してきた。



「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ!!!」



 待って、待って、先輩それ、思いっきり握力フルパワーだよね? 大人だなんて思った私がバカだった。それじゃ小学生だよ、やめてやめて! っていうかルークも力いっぱい握り返しているようで、イケメン二人がうちの玄関の前で鼻の穴をおっぴろげて握手しながら唸っている。なんてシュール。ちょっと眺めていたい気もするけど、止めなくちゃ!



「たぁっ!」



 私は渾身の手刀で、男二人が握りあっている手を上からチョップした。なんかバキッと音がしたけど、この人たちは骨が丈夫だから気にしない。手刀は見事にヒットし、二人とも手をひらひらさせながら呻いている。バカどもめ、私だって手が痛かったわよ。



「いい加減にして、二人とも」



 私は改めて男二人を睨みつけた。フェロモン垂れ流しのラテン系男と、目鼻くっきりの正統派イケメン。すごく眩しい絵面だけど、ここはきちっと怒っておかないと。



「ルーク、誤解されるようなこと言わないで。そして先輩も挑発に乗らないで」



 二人ともしょんぼりした顔をしたが、ルークが2秒で立ち直った。さすが世界を股にかけるビジネスマン。そしてとんでもないことを言いだした。



「そんなに怒らないで。オボンで仕事が休みだから、アイをデートに誘おうと思って来たんだ」


「なにぃ?」



 ああ、またユキ先輩のこめかみに筋が。前回お断りしたこと、やっぱり伝わってなかったのね。てか、彼氏がいる前でデートに誘うか普通?



「ルーク、言ったよね。私、この人とお付き合いしてるの。他の男性とデートなんかしないよ」


「あれ、この間はお寿司デートしたじゃない。最高の夜だったよ」


「おいっ! 聞いてないぞ」



 最悪。ユキ先輩にヒミツがバレちゃった。こういうとき言い訳はよくない。私は正直に白状することにした。そしてルークにとっととお帰り頂くのだ。



「日本に来てるって言うから、食事に行っただけですよ。黙っててごめんなさい。私はデートだとは思ってなかったんです。ていうかルーク、私たち今から出かけるの。せっかく来てくれたけど、今日は――」


「アイ、そんなこと言わないで。ボク、日本に知り合いがいないからオボンは独りぼっちで寂しいよ。せっかく東京から来たんだし、ランチくらい付き合ってよ」



 あああ、もう! そんな捨てられた仔犬みたいな目で見ないで。交渉術だとわかっていてもダメって言いにくいじゃない。それに、アポなしとは言え東京から会いに来てくれたんだよね。門前払いで追い返すのもかわいそうだな……と思っていたら。



「じゃあ……、一緒に来るか」


「ええっ」



 まさかルークもそう来るとは思わなかったようで、キョトンとしている。そうだよね、私も「お前は帰れ」って言うと思ってたからびっくりした。



「ただし昼飯だけだぞ」



 わぁ、ユキ先輩、心が広い。もちろんランチが終わればお引き取り願いますよ。そうして私たち変な組み合わせの3人は、ルークが予約していた地元でいちばんゴージャスな焼肉屋にやってきた。焼肉だから人数が増えても大丈夫だろうけど……ここ、お高いんでしょう?(寿司の時も思ったけど)



 はらはらしている私の横で、ユキ先輩は平気な顔して特上カルビを食べている。ちょっと、一皿5切れで3000円なんだけど! それを次々と豪快におかわりし、満腹になった先輩はお手洗いに行ってしまった。するとルークがニヤニヤしながら探りを入れてきた。



「彼、モテそうだよね」



 なんとなく釣り針が下がっている感じがしたので、曖昧に返事をすることにした。



「かもね」


「遠距離だと寂しくない? 彼、東京で遊んじゃってるかもしれないよ」


「ルーク」



 ここは、しっかりとルークに釘を刺す場面だ。ユキ先輩を知りもしない人に、見た目だけであれこれ言われるのは我慢ならない。



「これ以上彼を侮辱するなら、もう友だちじゃいられない。ユキ先輩は私が心から尊敬する人で、真剣にお付き合いをしているの」



 ルークの目を真っすぐ見てそう言うと、しばらく真顔で考えた後「Sorry」と謝罪の言葉がこぼれた。今度はふざけた感じじゃない。わかってくれたと思っていいの?



「ごめんよ、アイを怒らせる気はなかったんだ。ちょっとジェラシーを感じてしまっただけだよ。幼稚な態度だったことを謝る」


「ジェラシー?」


「アイがどんな男と付き合ってるのか興味があった。会ってみたら、思ってたよりいい男だったんでムカついたんだ。ああ、ハイスクール時代の可愛いアイは、この男に取られてしまたんだな、って」


「何言ってるの。あれから何年も経って、ルークだって素敵な女性とお付き合いして来たでしょ。とにかく、次またあんなこと言ったら、もう二度と口きかないからね」


「わかったよ」



 やがて先輩が店の入り口の方から「そろそろ行くぞ」と私たちに声をかけた。ルークがレジの所でクレジットカード(黒いやつ)を出したけど、お店の人に「もう頂きました」と言われてしまった。先輩は先に店を出て、しれっとした顔で待っている。



「うーん、先を越されたな」



 ルークが苦笑しながら私のためにドアを開け、「ごちそうさまです」と先輩にお礼を言った。



「この間は、長谷川が寿司をご馳走になったらしいからな」



 ええ~、それなら私が払わないといけなくない? 高級焼肉だし、何万円もしたよね? 申し訳ない気持ちでいっぱいのまま、駅へ向かうルークを見送った。さすがにもうグダグダ言わずに帰ってくれてほっとしたけど、心なしか背中がしょんぼりしてた。ちょっときつく言い過ぎたかな。でも、それより気になるのは先輩の方だよ。



「先輩、お勘定してくださってありがとうございます。私の分、出させてください」


「いいんだよ」


「でも」


「しょうもない、男の見栄だ」


「え?」



 先輩がマロンブラウンの前髪をくしゃっとつかみ、深いため息を吐き出した。なんで落ち込んでるの? 美味しそうに焼肉食べてたじゃない、特上カルビ(まだ言う)。



「長谷川があいつと寿司屋に行ったって聞いて、悔しくて、負けてられないと思った。まだ新入社員で給料も少なくて、格好つけられる余裕もないのに、有り金はたいて。それでも、長谷川の彼氏として見栄を張りたかったんだ」


「先輩」


「たぶん、あいつは見抜いてるだろう。……かっこ悪いよな、俺」



 自虐気味に笑うユキ先輩を見て、胸の奥がキュッと痛くなった。


 いつもは年上らしくリードしてくれるけど、たまに子どもみたいになってしまうユキ先輩。私は彼しか見ていないのに、たまに小さな焼きもちを焼いて、それを隠すのがとっても下手だ。そういう部分も含めて好きなんですよと、耳の傍で叫んでやろうか。



「私の彼氏は最高なんです。悪口を言ったら許しませんよ」


「長谷川」


「さあさあ、食べた後は運動ですよ。バッティングセンターとボウリングをはしごして、夜は紅南飯店の炒飯です。私のおごりでパーッと行きましょう!」


「俺の方がハイスコアだったら、から揚げと餃子もつけてくれ」


「じゃあ、負けられませんねぇ」



 わははと笑った声が、夏の青空に溶けていく。高級店でおしゃれなディナーよりも、餃子を賭けた勝負の方が何倍も楽しい。今回はちょっとばかり横槍が入ったけど、私たちは私たちらしく。それが何より幸せなんだとよーくわかった出来事だった。




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