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Prince of Jersey(プリンスオブジャージ)  作者: 水上栞
第四章「切なさのインナーマッスル」
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4・愛ちゃん VS リューちゃん、一本勝負!(SIDEユキ)



 翌朝、坂本たちのホテルに車で乗り付けると、すでに奴らはフロントで待っていた。相変わらず落ち着きない坂本と、期待して目がうるうるしている林田、そして無理やり付き合わされた感の蓑田。こいつは巻き添えになって可哀そうだが、今からスペシャル観光コースの始まりだ。



「安藤くん、おはよう」



 何時に目覚ましをセットしたのか、巻き髪でフルメイクの林田が上目遣いでまばたきをする。坂本とは違う意味で、こいつは好かん。おしとやかに見せかけて中身が黒い。こういう奴にさんざん絡まれてきたので断言する。たぶん坂本の暴走も、こいつが仕掛け人だ。



「おはよう、さあ車に乗って」



 林田の目線はさくっと無視して、俺は爽やかスマイルのまま車の後部座席を開けた。三人ともホイホイ乗りこむ。そして全員が座ったのを確認すると、内側のボタンを押してドアを閉めた。


 ――カシャン



 秘儀、チャイルドロック。もうお前らは目的地に着くまで脱出できない。俺はニヤニヤしながら運転席側に回り、外からコンコンとドアをノックした。スーッとウィンドウが下り、中から木下が顔を出す。長谷川が言うところの「黒髪ボブ子さん」だ。よくそんなキレのいい仇名を思いつくぜ。



「悪いが、頼んだ」


「任せといて。存分にこの街の良さを教えて差しあげるわ」



 そこらでようやく後部座席も異変に気づいたらしく「えっ何?」「安藤くん来ないの?」と騒いでいる。ばーか、お前ら、地元を案内しろとは言ったが、俺に案内しろとは言ってないだろ。今日のナビゲーターは木下だ。


 昨夜、立候補の手が挙がったときは驚いたが、学生時代に俺の身辺整理を勝手にやらかして迷惑をかけた、その借りを返さないまま卒業したので気になっていたそうだ。やっぱり体育会系だな。義理堅いやつだ。




 やがて木下の車が出発し、俺は長谷川との待ち合わせ場所へ向かった。はるか遠くから俺を見つけて手を振っている。俺は思わずダッシュした。1秒でも早く近くに行きたい。



「お久しぶりです、先輩!」



 満面ピカピカのスマイルで目がくらみそうだ。前回会ったときより、さらに可愛くなったんじゃないか? ああ、会いたかったぜ。このまま押し倒したいが、駅前でサカってたら逮捕されてしまう。俺ははやる心を落ち着かせ、長谷川の手を取った。今日はこれから俺んち(正確にはオッチャン宅)へ連れて行く。


 実は、連休を利用して俺の家族もこっちへ来ていて、せっかくだからこの機会に長谷川に会わせろという話になり、昼飯を一緒に食うことにした。気楽にしろよと言ったが、かなり長谷川が緊張している。まあ、俺も長谷川の家族に初めて挨拶したときはテンパったもんな。



「同僚の人たち、大丈夫だったんですか?」



 昨日、長谷川に事の次第を説明したら、心の優しい長谷川は「一緒に案内してもいいですよ」と言ってくれたんだが、それは俺が嫌だ。なので、ボブ子に任せてきたと伝えると、びっくりして目を丸くした。



「えー、ボブ子さん! どこを観光するんでしょうね~」


「まずは自然の中でエコ体験だ。木下の実家が農家で、アスパラとびわの収穫で忙しいらしい」


「そ、それは強制労働というやつでは」


「ちゃんとランチにはバーベキューが用意されているぞ。農家の青年団が待ち構えている。ちなみにみんな独身だ」


「そ、それは集団お見合いというやつでは」



 いいんだよ、彼女がいる男の尻を追っかけて連休を潰すような暇人たちだ。有意義な労働と出会いがあるだけ充実した過ごし方だろ。






 やがて久しぶりのオッチャン宅に到着し、ドアを開けようとしたら中から母親が飛び出してきた。先に伝えておくべきだったが、俺の母親も長谷川の母親に劣らずキャラが立っている。



「やっほ~~~~」



 ヤッホーじゃねえ、初対面から飛ばすなよ。見ろ、長谷川が固まってるじゃないか。ただでさえ緊張してるのに、どうリアクションしていいか困ってるだろ……と思ったら、何か様子が変だ。目に☆を浮かべてお座敷犬のようにプルプルしている。



「き……」


「き? どうした、長谷川」


「……きれい♡♡♡」



 はぁ? お袋がきれいってか? 言っとくが、それアラフィフだぞ。確かにハーフだからくっきりした顔立ちだが、よく見てみろ目尻のひび割れを。しかしお袋は大いに気を良くしたらしく、がっつりと長谷川の手首をつかむと部屋の中に引っ張り込んだ。



「やっだー、愛ちゃん! ユキから聞いてたけどいい子ねぇ~! さあ、上がって上がって、みんな待ってたのよ。そうそう、私はリューちゃんよ!」


「リュ……」



 お袋のテンションが高すぎて、長谷川がついて行けてない。そこへ親父がいつの間にか現れ、助け舟を出した。親父はいつもどこからともなく参上する忍者のような人だ。どうしてこの二人が結婚したのか、いまだに俺は不思議でならない。



「騒がしくてごねんね、長谷川さん。幸彦の父です。いつも息子がお世話になってます。妻の名前はリュドミーラといって、愛称がリューちゃんなんですよ」


「ウクライナ語で書くとЛюдмилаだよ!」


「ははは、母さん、日本名は幸子だよね。あ、どうも、弟の孝幸です」



 奥から弟も出てきて騒がしい。家主であるオッチャンは仕事で欠席だが、取りあえず連中に長谷川を紹介して、昼の支度にとりかかる。今日は俺が魚をさばいて海鮮ちらしを作るのだ。飯はもう炊けているので、お袋に酢飯をまかせることにした。レストランの娘なので、料理の腕は確かである。



「私、手伝います」



 長谷川がさっと立ち上がってエプロンをバッグから出した。家で昼飯を作ると言っておいたので、手伝う気で来たんだろう。お土産にレモンメレンゲパイも持ってきてくれた。年季の入ったエプロンが素晴らしい。お袋の目がきらりと光った。何かのスイッチが入ったサインだ。おいおい、何が始まるんだ。



「じゃあ、私が酢飯を混ぜるから、愛ちゃんはこれお願いするわ」



 そう言ってお袋が長谷川にうちわを渡した。イエス、それは正解だ。長谷川の筋力とグリップなら、ダ〇ソンに負けない突風が起こる。そしてうちの母親も負けてはいない。何しろこの人も体育会系で、卓球で国体に出た実力者である。ぐっとシェイクハンドで握り込んだしゃもじ。対する長谷川は両手にペングリップのうちわである。



「じゃあ、酢を入れるね」



 弟の試合開始の声で、寿司桶はバトルフィールドと化した。足を肩幅に開いて腰を落とし、腕だけでなく上半身のバネを使って風を送り込む長谷川。そして45度に構えたラケット(しゃもじ)面で、流れるように飯を斬り込むリューちゃん。


 うおぉお、この分だとあっという間に寿司飯が出来上がってしまう。俺は持ち場に戻り、昆布締めしておいた鯛の薄造りを再開した。今日の寿司はきっとひと味違うぜ!




 その30分後、テーブルには家族合作の海鮮ちらし、お袋が仕込んでおいた煮しめとサラダ、吸い物と長谷川特製レモンメレンゲパイが並んだ。こんな量、誰が食うんだと思ったが、ぺろっと食い上げてみんな大笑いだ。長谷川もようやく緊張が解けて、あれこれと飛んでくる質問攻撃に精いっぱい応えていた。



 途中、長谷川がトイレに立ったとき、お袋が俺の方ににじり寄って来て「ちょっと、あんた」と言われた。目が笑ってねぇ、マジな話か?



「英明くん(オッチャンのことだ)からいい子だって聞いてはいたけど、思った以上にいいわね、愛ちゃん。賢いし、礼儀正しいし、計算高くないし。非常に気に入った。ぜっったいに、逃げられるんじゃないわよ」


「わーってるよ」



 そんな事は俺がいちばん知っている。このご縁を逃したら本気でまずい。チャンスボールを掴んで、ゴールへドリブルしているような気分だ。このシュートは何が何でも決めるぞ。俺は長谷川に対してはそういう気持ちで向き合っている。






 その後、俺たちは夕飯も食って行けという家族をぶっちぎり、スポーツ用品店にやってきた。いつもならジャージや運動具のコーナーに行くが、今日はそうじゃない。前々から計画していた中間地点でのアウトドアデート。それに必要なグッズを揃えに来たのだ。


 二人で手分けして運べる程度の、簡易コンロや飯盒、折り畳みのチェアに、おっと長谷川が欲しがっていたホットサンドメーカーも忘れちゃいけない。長谷川はしきりに恐縮したが、初任給も出たことだし、これくらいは奢らせてくれ。


 そのうち、二人用のテントを買ってキャンプもしたいな。ランタンを灯して、星空の下でいろんなことを語ろう。いつか俺たちに家族ができて、みんなで出かけられたらいいな。俺がそんな所まで先走って考えていると知ったら、長谷川はどう思うだろう。




 スポーツ用品店を出て、さあここからが勝負である。20代前半の健康な男子であるからにして、久々に会った彼女とは濃密に触れ合いたいのだが、俺はいまだに長谷川を上手に誘えない。それを察したのか、長谷川が俺を見上げてにっこりと笑った。嗚呼、それだけで勇気に火が灯る。実に単純な男なんだよ、俺は。



「長谷川、もう少し時間、いいか」



 長谷川が「大丈夫です」と頬を染めて、それが俺たちのサインだ。女に関しては、学生時代の方がよっぽどスマートだったが、今はこのもどかしさが愛しい。俺たちはごっそり買い込んだアウトドア用品を担いで、駅前ビジホのデイユースに突撃した。



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