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Prince of Jersey(プリンスオブジャージ)  作者: 水上栞
第一章「ザ・ジャージマン」
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3. ファンクラブから敵認定されました(SIDE 愛)



 女、女、女と書くと「姦しい」という意味になるそうだ。そんなことを思い出してしまうほど、R大側のスタンド最前列は女で溢れ返っていた。恐らく、いや絶対この人たちの狙いはユキ先輩だ。これと同じ現象をかつて私は母校の体育館で見た事がある。大学に入ってもやっぱりモテるんだな、ユキ先輩。あれだけルックスが良ければ当り前だけど。


 しかし、みんなは先輩があんなに気さくな人だって知っているんだろうか。私もこの間、初めて会話した時にはぶっちゃけ驚いた。でも、私みたいな体育会系の人間には、かえってああいうガハハ系の人の方が話しやすかったりする。あの顔で「ごきげんよう」なんて言われたら、緊張して鼻血が噴き出しちゃうよ、きっと。




 あの後、ユキ先輩にはもう一回店で会った。その時はシフトがずれててあんまり話ができなかったけど、「しっかり応援してくれな」と言われた。夏に行われる地区大会のシードを選出する大事な試合なんだそうだ。


 うちの大学もそうだけど、この時期はどの競技でも夏の全国大会に向けての強化練習に突入している。私も今日は本格的な計測を行う予定だ。いつもは一般メニューをこなした後、ウエイトやグライドの練習を黙々とするだけなので、ちゃんとラインを引いて計測できる今日みたいな日は、コーチに認められるチャンスなのだ。



 うちの大学には他の種目と掛け持ちの人も合わせて、合計4人の女子砲丸投げ選手がいるが、計測でいい距離を出せれば一年生の私でも大きな大会に出してもらえる。それが大学スポーツの面白い所であり、怖い所でもある。今は3年生のユキ先輩も、実力で2年目の夏にレギュラーの座をゲットした。きっとそのプレイのスキルも、さらに女性ファンを沸かせる要素のひとつなんだと思う。






 香水の匂いでむせ返る前列を避け、落ち着いて試合が見られそうな後方の席に腰を下ろした時、キャーッと悲鳴に近い歓声が上がった。いよいよ試合開始が迫り、選手がユニフォーム姿で整列したのだ。


 関東の大学バスケリーグには1部から5部まであり、R大は3部。NBAのように大きな番号をつけている学校もあるが、R大は4番から始まる番号が伝統的に用いられており、ユキ先輩は背番号7。縁起のいい数字なので、本人もかなり気にいっているらしい。


 なお、ポジションは「3番」とも呼ばれる「スモールフォワード」。身長177センチと、バスケマンとしてはかなり小柄なユキ先輩だが、とにかくスピードが抜群でパス回しがうまいため、他のフォワードのサポートも含めれば、チームでも一二を争う得点力のあるプレイヤーなんだとか。




 ……なんて訳知り顔で語ってしまったが、実はこれらの情報は、驚くなかれ「安藤幸彦ファンクラブ」のホームページで学んだのだ。そんなものがあるなんて、先輩は大学生というよりアイドルに近い存在なのかもしれない。そう思うと、私なんかが応援に来て良かったんだろうかと気が退けてきた。


 周りの女の子はみんなお洒落をしているのに、私ときたら昼からの部活に備えて大学のネーム入りジャージ着用。はっきり言って、浮いてるなんてもんじゃない。なるべく目立たないように応援しよう。そう決めてコートに目線を向けたとき、試合開始の笛が鳴った。




「きゃーっ、こっち向いてぇーー!」


「バカー、そこのハゲ、邪魔しないでぇーー!」



 私がついに我慢の限界を迎えたのは、間もなく後半の山場を迎えようかという頃。前列の人たちは、本気で試合を応援する気があるのかな。ユキ先輩の写真を撮ることに夢中で、試合の流れを全く無視して騒いでいる。


 R大はかなり苦戦していて、素敵だのカッコいいだの、浮かれた事を言ってる時じゃない。第一、ハゲは審判だっつうの、全く。ユキ先輩はファールを取られたんだから、ここは励ます場面でしょーが。私はだんだんコメカミがピクピクしてきて、ついに立ち上がって声を出してしまった。



「先輩っ、ファイットォー!」



 ベタだがこれが一番わかりやすい先輩へのエールの送り方。毎日の腹筋で鍛え抜かれた私の声は、勘違い女子のキャーキャー音を割るかのごとく、一直線にコートに届いたようだ。先輩は瞬時に私の方を見上げて、サンキューの意味で片手を挙げてくれた。私もぐいっとサムアップを返す。大丈夫、ピンチはチャンスだ。先輩、がんばれ。そう念じながら、あとは精一杯の声を振り絞って応援した。


 自分が試合に出る人間だからそう思うのかもしれないけど、身内にいいポイントで声をかけてもらえると、選手は気持ちの切り替えがうまくいく。中には静かに集中したいという人もいるけれど、ユキ先輩は絶対に煽られてテンションが上がるタイプだ。その証拠に、それ以後の先輩はシュートの嵐。小さな体で敵の大男をすいすい抜いて、気持いいほどポイントを決めた。




 やがて、試合終了。ユキ先輩の連続ポイントゲットのお陰で、R大は僅差で勝ちを獲得した。3部と4部のギリギリにいるR大としては、この一勝はでかい。このまま夏の大会までいい感じでいってくれればいいな、と思いつつ帰り支度をしていると、私の視界を急にヒラヒラした布地が塞いだ。いや、正確に言えばボルドー色のシルクのスカートだ。



「ちょっと、あんた」



 見上げると、体育館に似つかわしくないフルメイクのお姉ちゃんたちが、4~5人で私を取り巻いている。どうやらさっき前列で騒いでいた軍団らしい。見るからに私と接点のなさそうな人たちがいったい何の御用かと思っていると、その中の一人が腕組みをして私を睨みつけた。バサバサまつ毛の眼光が鋭い。



「どういうつもり、バカみたいに目立っちゃってさ。あんな声のかけ方じゃ集中力が落ちるじゃない」



 おたくらのワーキャーの方が、よっぽど耳障りだと思うんだけどな……と思ったが、聞く相手じゃなさそうなので、私はにっこり友好スマイルでお応えする事にした。



「すいません、普通に応援してたつもりですけど」


「どこが普通よ、いきなり来て出しゃばるんじゃないわよ! だいたい何、そのだっさいジャージ、言っとくけどねえ……」



 まつ毛ちゃんがそう言ってアイラインで真っ黒けの目尻を吊り上げた、その時。ベンチから当のご本人が顔を出した。



「おーい、長谷川!」



 先輩は私が囲まれているのに気付いたようで、一瞬顔を曇らせ、次の瞬間なんと通路の階段を5段飛ばしでダダダと2階の観客席に駆けあがってきた。キャーという声が女子軍団の間に沸き起こる。



「どうかした?」



 てっきり「おめー、なにやってんだぁ!」と言われるかと思いきや、何だその品行方正きわまる口調は!思わずコケそうになる私の前に、さっきのまつ毛ちゃんが割って入った。



「ああん、聞いてよぉ、このジャージ女ったら、ひどいのぉ~」


「僕の後輩が、何か?」


「え、後輩……」


「そう、高校の後輩で、今日は僕がお願いして応援に来てもらった。彼女が君たちに何か?」



 わー、先輩が「キミタチ」「ボク」だって。以前なら、きっと「イメージ通り」と思えたかもしれないけど、先輩の普段の姿を見てしまった今では、その上品さと温度の低さは二重人格としか思えない。面白すぎる、ハライテー! いったい何のためにそんな演技を。


 笑いをかみ殺す私にさりげなくガンを飛ばしつつ、ユキ先輩は無言でまつ毛ちゃんにプレッシャーをかけた。こうなると、さすがに彼女も強気に出られず、口の中で「だってぇ」とか何とか言いつつ、戦艦みたいなヒールの足をもじもじさせている。



「何も問題がないなら、僕たちはこれで」



 そう言って先輩は、私のジャージを引きずるように掴むと、そのまま通路に逃げ込んだ。




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