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Prince of Jersey(プリンスオブジャージ)  作者: 水上栞
第一章「ザ・ジャージマン」
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2. 体育会系のソウルフード、それは牛丼(SIDE ユキ)



 体育会系にとってユニフォームやジャージは、サムライの裃、袴に相当する礼服である――というのが俺の持論だ。中でも今日着ているこのジャージは、とっておきのプレミアム。アカデミー賞の授賞式だってコレで行くね、ってくらい俺にとっては宝物だ。


 しかし一般人には単なるジャージにしか見えないのも、哀しいかな現実である。そのマニアックな俺の拘りを、一発で見抜いたこの女はすごい。ガタイがいい所を見ると、もしかしてこいつも体育会系か。いや、きっとそうだ。その証拠にさっきは腹からいい声が出ていた。そう思ってしばらく観察していると、そいつが意外な事を聞いてきた。



「安藤……先輩、ですよね」


「おおーっ! もしかして後輩か!!」



 体育会系にとって、先輩と後輩は卒業してもファミリーである。同じ学校、運動部所属、同じ部活、という順に密度が増して行き、同性ならさらに高ポイント。こいつは高校の後輩か、それとも中学か。どっちにしても後輩と聞くと、それだけで嬉しくなるのだから、我ながら単純な性格だと思う。



「高校の後輩です、陸上やってました長谷川です!」


「おー、高橋んとこの!」



 高橋とは俺と同級の元陸上部長で、今でもしょっちゅう会うほど仲がいい。その高橋の後輩なら、俺にとっても他人じゃない。ちなみに、うちの高校の運動部では後輩は弟や妹に近い存在と考えられるため、下級生部員は「陸上部の」ではなく「高橋んとこの」となる。


 ジャージには目が利くし声はデカいし、さすが高橋の後輩、基本ができているなと関心していると、いきなりドアがあいてコッテリした中年ヒゲ面が顔を覗かせた。




 ちょっと見には熊にも見えるそのオヤジは、このスーパーのオーナー兼店長で、俺の叔父に当たる人物でもある。昨年父親の転勤で家族が引っ越したので、現在俺はこの叔父貴の家に居候をさせてもらっている。


 とは言え、ただ好意に甘えているばかりではない。掃除や洗濯など、いい年をして独身の叔父の身の回りの世話は俺の仕事だ。ついでにスーパーの鮮魚コーナーで働いて小遣いを稼ぐ。


 スーパーのバイトはいいぞ、マスクと衛生キャップで顔が見えないから、変な女どもが押しかけてきても俺だということがバレない。野菜や総菜も割引で買えるしな。というわけで、取りあえずはギブ&テイクのバランスが取れている関係なのである。



「何やってんの、ユキ」


「なんか用、オッチャン」


「長谷川さん、今からレジ講習あるんだけどね」


「は、何、こいつ新入り?」


「こいつとか言っちゃダメでしょ、知らない人に」



 でかい毛虫のような眉毛が吊り上がる。叔父こと「オッチャン」は、そのゴツい体からは想像できないジェントルマンなので、俺の乱暴な言葉使いをいつも嗜める。俺はししっ、と歯をむき出して椅子にふんぞり返った。



「いーんだよ、俺の後輩なんだから」


「あれ、もしかして同じ高校?」


「高橋んとこの後輩だってさ」


「あー、高橋くんの、じゃあ陸上だね」



 長谷川と呼ばれたその女子は、俺とオッチャンのやり取りを珍しそうに眺めている。無理もない。何の因果か女みたいな顔に生まれついたお陰で、子供のころから優しそうだの大人しそうだの、さんざん勝手なイメージを押し付けられて来たが、お生憎様、俺は親が手を焼くほど気性が荒い。


 ただし、それを知っている人間は男友達か、せいぜい親戚関係。要するに、気安く話をする人間の前でしか本性は見せないという事だ。理由は、面倒だから。特に女。「イメージと違う」とか言われても、そんなもん俺の知ったこっちゃねえ。だったら黙っていた方が、いちいち説明の手間が省けてよっぽど楽だ。


 そんな訳で、一発目から俺の「素」に遭遇したこの長谷川は、特例中の特例と言える。しかしさすがに体育会系だけあって、根性がしっかり据わっているらしく



「着替えますから」



 その一言で、長谷川は俺とオッチャンをスタッフルームから撤退させた。面白い奴じゃねえか。世の中の女がみんな長谷川みたいにさっぱりしてたら、俺も少しは楽だったのに。まあ取りあえず、骨のある後輩が入って結構なことだ。偶然とは言え本性を知られて、気遣い無用なのもあり難い。これは長谷川を採用したオッチャンの手柄だな。俺も先輩として、せいぜい面倒を見てやるとしよう。






「お疲れ様です、先輩!」


「おう、初日はどうだった」


「はい、お陰さまで何とか」



 鮮魚コーナーの作業場を塩素で消毒していると、ガラス戸の向うから長谷川が挨拶をよこしてきた。いいねえ、気持ちのいい挨拶。やっぱ体育会系はこうでなくちゃと思いつつ、俺はマスクをアゴまでずらした。きつい塩素の匂いが鼻腔を刺激する。



「お前、家はこの近所?」


「はい、近いです。駅の向こう側です」



 ここから駅まではチャリで約10分。ヒールを履いたチャラ女なら「歩けなーい」と甘える距離だろうが、長谷川は近いと言い切った。きっと走って帰れと言っても、こいつは当り前のようにダッシュするだろう。



「よっしゃ、お前ちょい待っとけ、俺もすぐあがるから。初バイト祝いに、駅前で牛丼おごっちゃる」


「え、ほんとですか!」



 長谷川の顔がパッと輝いた。思ったとおりの反応。やっぱ、牛丼は体育会系のソウルフードだよな。チャラ女に牛丼食いに行こうと言うと「えっ?」と信じられないような顔をする。もしくは「たまにはB級もいいよね」みたいな上から目線だ。


 馬鹿いえ、お前らが並んで買う訳のわからんタピ何とかだのビーグルだのの方が、俺にはよっぽど低俗な食い物だ。それよか肉と飯! がっつり食って腹いっぱい。そのうえ旨い、早い、安いの三拍子だぞ。こんないいもん他にないだろ、全く。



「じゃあ5分後な、お前チャリ?」


「はい、チャリです」


「んじゃ、俺もチャリで行くわ、鬼こぎすんぞ」


「了解です!」



 宣言どおり、俺たちはガンガン自転車を飛ばして駅前の牛丼屋に着いた。普通の人間なら10分のところが、4分15秒フラット。さすが陸上だけあって、長谷川の脚力は素晴らしく、俺がマジで飛ばす後ろをぴったり遅れずついてきた。


 しかも牛丼特盛と豚汁、温泉玉子を俺と同じスピードで完食。最初「私は並で」なんて遠慮してたが、どうやら強引にすすめて正解だったようだ。「ごちそうさまでした」と90度に頭を下げた、その顔が満足そうにニコニコしている。奢り甲斐のある奴だな、こいつは。すっかり気分が良くなった俺は、さらに先輩風を吹かしたい衝動に駆られた。



「お前、来週の日曜、部活?」


「はい、昼から部活です」


「んじゃ、午前中だけでも見に来いや、試合あんだわ」



 自分の部活の後輩ではない人間を試合に呼ぶのは初めてだが、何故か長谷川なら喜んで来てくれる様な気がした。案の定、長谷川は日焼けした顔に白い歯をニカッと光らせ、「はい、行きます!」と答えてくれた。


 なんだか長谷川とは、今日初めて喋ったとは思えない。きっとこいつとは馬が合うのだろう。ほんと、世の中の女が全員こいつみたいならいいのに。俺はつくづくそう思いながら駅前で長谷川と別れ、オッチャンの待つ家へと再び鬼こぎで自転車を走らせた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] いきなり相性の良さそうな二人ですね! でもここからが長そう! それもまた良し! 面白そうです!
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