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Prince of Jersey(プリンスオブジャージ)  作者: 水上栞
第二章「恋のウォーミングアップ」
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5.お試しデートからの、ひとり脳内会議(SIDE 愛)



 悩んでいるうち、間もなく2月がやってくる。あれから竹内くんもユキ先輩も、表面上は普通にふるまってくれている。だからと言って、あまりに返事を先延ばしにするのは失礼な気がした。それでも、まだ自分の中で決定的な答えが出ていない。胸にストンと落ちないと行動に移せない気がして、私はいつまでもぐずぐずと考えていた。



 そしたら、来たよ、お誘いが。待ちきれなかったんだろうな、竹内くん。部活が終わった後、週末の予定を尋ねられた。彼が告白してくれたのがクリスマスイブ。それから1カ月もお待たせしているので、申し訳なくて断れなかった。それに、誘い方がうまいんだよ。



「長谷川とは、教室とか部活でしか喋ったことなかったから、それ以外の俺も見てもらえたらと思って」



 とのことで次の日曜日、午後から出かけることになった。世の中的には、これもデートに入るんだろうか。そうなると、抜け駆けっぽくてユキ先輩に悪いんじゃないだろうか、なんて考えてしまうけど、お姉ちゃんはバッサリとぶった切った。



「なに言ってんの。まだ付き合ってるわけじゃないんだから、そんなの自由よ。相手をしっかり見極めるためにも、積極的におでかけしてみなさい」



 ただし「そのかわり用心するのよ」と注意も受けた。よし、節度を守って健全なお出かけをしようじゃないか。まあ、部活の遠征だと思えばいいか。ただ、服が困るんだよね。遠征だったらチームジャージでいいんだけど。


 あんまり女子っぽくすると、なんだか気恥ずかしいし、かと言ってカジュアルすぎても相手に悪いような気がする。悩んだ末に、私は白いウールのタートルネックと濃い目のジーンズ、ペコスブーツとダッフルコートというコーディネートを選んだ。お母さんとデパートにお買い物に行くときの感じだ。うん、気張りすぎてなくて私らしい。






 当日、私はニヤつくお姉ちゃんに見送られて待ち合わせ場所へと向かった。竹内くんには、どこへ行くかは教えてもらっていない。約束の3分前に着くと、竹内くんはもう待っていてくれた。わー、いつもはジャージかTシャツだけど、今日は紺色のダウンで大人っぽい。しかも、イチローカットの前髪とトップが立っている。もっと私もおしゃれしてくるべきだった?



「ごめん、待たせた?」


「いや、全然。じゃ、行こうか」


「うん、どこ行くの」



 私が尋ねると、竹内くんはニカッと笑って「プラネタリウム」と告げた。意外にも彼は天体観測が趣味で、家には望遠鏡もあるんだって。すごいな、運動以外にもそんなインテリっぽい趣味があるのか。私なんて手芸がちょこっとできるくらいだよ。



「俺の趣味に付き合わせちゃうけど、いい?」


「いいよ、行ったことないから楽しみ」



 そして私たちは電車で30分くらいのプラネタリウムにやってきた。子ども連れが多いかと思いきや、カップルがたくさんいる。竹内くんは事前にチケットを購入していて、座席の予約までしてくれていた。なんて段取りがいいんだろう。チケット代を受け取ってくれないのには困ったけど。


 やがてホールでプラネタリウムの上映が始まった。この日の内容は、冬の星座について。おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン、オリオン座のベテルギウス。これら3つの1等星が夜空に描き出す、冬の大三角形の見つけ方を学んだ。場内が暗くなって椅子が倒れるので、隣の竹内くんの気配が気になったけど、見ているうちに夢中になってすぐ忘れてしまった。



 プラネタリウムには、上映ホール以外にもたくさんの展示があり、星に詳しい竹内くんが説明してくれたのでわかりやすかった。施設を出た後は、テレビで紹介されていたアミューズメントビルを探検し、竹内くんおすすめのパスタ屋さんで食事をして、今は私の家に向かう途中である。


 駅からはチャリなので一人で帰れると言ったのだが、竹内くんは女の子を一人で帰すわけにはいかない主義らしく、どうしても家まで送ると言うので仕方なく同意した。ちなみにチャリは竹内くんが押してくれている。



「ほら、あのあたりに三角形が見えるだろ」


「うーん、なんとなくわかるかも?」



 竹内くんが、夜空の大三角形を私に示してくれるが、慣れない目ではなかなか線がつながらない。今日、彼はいろいろ準備してくれたんだと思う。きっと大三角形で盛り上がるところまでシナリオに入ってたんだよね。でも、ごめん。もう余力がないの。珍しく私は気疲れしていたのだ。



「長谷川、今日は楽しかった?」


「うん、楽しかったよ。ありがとう」


「そう言ってくれると頑張った甲斐あるわ。また行こうぜ」


「そうだね」



 そこで竹内くんが立ち止まった。なんか雰囲気が変わった気がして、反射的に身が硬くなる。彼は自転車のハンドルから片手を離すと、びっくりするほど自然な動きで私の手を握った。



「あのさ、このまま付き合っちゃうのはどう?」


「ええっ?」



 言われた内容と握られた手、ダブルパンチで動揺がはんぱない。私は、反射的に手を振りほどいてしまった。竹内くんはたぶん、びっくりしたせいだと思っただろう。でも本音を言えば、こちらの意思を尊重しない行いにイラッとした方が大きい。



「ごめん、ごめん。でもさ、長谷川も彼氏いないんだし、俺といて楽しいと思ってくれるなら、付き合っちゃえばいいじゃん。そんなに堅苦しく考える必要ないって」


「ごめん、もうそこ家だから」



 そう言うと私は、竹内くんから自転車を取り上げた。本当は、あと二つ先の角を曲がったところが私の家だが、これ以上この会話を続けたくなかった。一カ月も返事を待たせた挙句、大事な話の腰を折ってしまうなんて失礼にも程があるが、それくらい居たたまれない気分だったのだ。



「また連絡するね。今日はありがとう」




 私がちょこっと頭を下げると、やれやれという感じで竹内くんが苦笑いし、軽く手をあげて駅へ引き返していった。私はビュンビュン自転車をこいで家にたどり着き、しょんぼりした気分で自分の部屋に閉じこもった。今はお姉ちゃんにも会いたくない。このよくわからないモヤモヤの理由を自力で分析するべきだ。






 それから約1週間、私はさっぱりとした気持ちで学校へ出かけた。落ち着いて自分の気持ちを分析してみた結果、ようやくシンプルな結論にたどり着いたのだ。



 まず、竹内くんに関しては、お断りしようと思う。お出かけは楽しかったが、それはあくまでも友人同士という前提だからだ。帰り際、男女のゾーンに彼が踏み込んで来たとき、はっきりと抵抗を感じた。彼は友だちとしてはアリだけど、恋人としてはごめんなさい、ということだ。



 それを本人に伝えようと、大学の中を探してみたけれど、こういう時に限って顔を合わさない。LINEで居場所を聞いてみようかとも思ったけど、話が話だけに文面を迷ってしまって、ずるずると何日か経ってしまった。


 そのうち、部活の同僚から竹内くんがインフルエンザだということを聞いた。あちゃー、やっちゃったか。筋肉質なアスリートはウィルスに弱いんだよね。だったら仕方ない、元気になって学校に出てきてから話をしよう。その時はそう思って、彼のことを頭の片隅にしまい込んでしまった。






 一方、ユキ先輩に関しては、果てしない脳内会議をくり返していた。先輩から告白されて嬉しかったこと、彼といても気疲れしないこと、そして彼が誰かほかの人のものになったら悲しいこと。つなぎ合わせればはっきりと結論が出ているパズルなのだが、自分に自信がなさすぎて、答え合わせをする勇気がなかった。



 しかし、先日の竹内くんとのデートをきっかけに、もう言い訳できないところまで気持ちのアウトラインが明確化してしまった。もし同じシチュエーションで先輩に手を握られたら、びっくりするだろうけど嫌な気分にはならなかったと思う。


 そして何より、いちばん私に強いブレーキをかけていた「釣り合いが取れない」という問題に、目からうろこのヒントが落ちてきたのだ。



 ユキ先輩が私を気に入ってくれた理由は、ルックスではないと確信している。だったら逆に、私はユキ先輩のどこが好きなのかと自問自答してみたのだ。先輩は輝くばかりの美貌の持ち主だが、私は決して彼がイケメンだから好きなわけではない。



 むしろ、大盛り牛丼を無呼吸でかきこむ姿や、私が落ち込んでいる時の励まし、そしてバスケに対する熱い思いなど、安藤幸彦という人の素の部分に惹かれている。高校の先輩と後輩であった私たちが、バイト先で親しくなって間もなく一年。飾らない彼の素顔を近くで見守ってきた。


 その時間の中で、お互いに芽生えた気持ちであれば、中身と中身の相性である。世間の目を気にして、釣り合いがどうとかいうこと自体が、そもそも馬鹿げているのだ。それに気づいたとき、憑き物が落ちたような気がした。



 ユキ先輩は、今までビジュアルだけで勝手な理想を押し付けられてきた。きっと人がしなくていい苦労も多かっただろう。だけど私に対しては、ありのままの自分でいてもらえるのだとしたら、これ以上嬉しいことはない。




 私はようやくその結論にたどり着き、こうしてボウルの中の茶色い物体をこねまわしている。ハセガワ特製、プロテイン入りシリアルバー(チョコレート味)である。見た目はいまいちだが、たんぱく質たっぷりで味も悪くない。いかにも私らしいバレンタインの手作りチョコだ。



 明日は2月14日。ヘタレな私は世の中のイベントに便乗して、自分の気持ちを伝えることにした。もちろん気のきいた言葉など言えないので、どうかお察しくださいコースである。それでも私には、清水寺の舞台から5154B(※)でジャンプするようなものだ。


※前宙返り2回半2回ひねりえび型(良い子は真似してはいけません)




 先輩はここしばらく、就活で東京に行っていた。本人は地元支社を志望しているが、インターンの研修は東京本社で行われるらしい。しかし、昨日からはこちらに戻っており、バイトもシフトが入っている。


 明日は仕事が終わったあとに従業員出入り口でさっと渡して、なるべくシンプルに返事を伝えよう。できるだけさらっと、大ごとにならないように。このときの私は、そんな甘っちょろいことを考えていた。



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