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Prince of Jersey(プリンスオブジャージ)  作者: 水上栞
第二章「恋のウォーミングアップ」
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4.お姉ちゃんはカウンセラー(SIDE 愛)



「おかえり~、愛ちゃん」



 さっきのユキ先輩の告白は、夢だったのではないだろうかと思いつつ帰ってきたら、キッチンにお姉ちゃんがいた。そう言えば今日から出産に向けて里帰りだったよね。間もなく8カ月を迎えるふっくらしたお腹を見て、やはりこれは現実だと確信した。なんてことだ、クリスマスの竹内くんだけでも衝撃だったのに、まさかユキ先輩まで。


 中高と部活ばっかりやってきて、男女交際には縁が薄い生活だったのに、ここへ来ていきなりモテ期? でも、竹内くんはともかくユキ先輩に関しては、心のどこかで冗談なんじゃないかと思ってしまう。だって、あのユキ先輩だよ? ファンクラブがあるほどの人気者だよ? よりによって何で私なの?



 クエスチョンマークが頭の上でくるくる回っていたようで、お姉ちゃんが不審そうな顔をして私を眺めている。



「どしたの、愛ちゃん。何かあった?」


「な、なんにも!」



 慌ててごまかしたけど、さすが年の甲(まだ20代だけどね)。ニヤリと笑って、いきなり核心をついてきた。



「ふーむ、告白でもされちゃった?」



 私はピキーンと固まった。なんでわかっちゃったの? そのまま私が固まっていると、幼い子をあやすように、お姉ちゃんが頭をヨシヨシしてくれて、とうとう私は爆発してしまった。



「わーん、お姉ちゃん!」






「なるほど、二人から同時に。やるわねぇ」



 その夜は客間に布団を二つ並べて、お姉ちゃんと一緒に寝ることにした。何年ぶりだろう、こうして寝ながらお喋りするのは。年が離れているから、小さいころは学校で嫌なことがあるたび、お姉ちゃんのベッドにもぐりこんで甘えた。その頃は子どもと大人で大きな差があったけど、まさか二人で恋バナする日が来るなんて思いもしなかった。



「愛ちゃん、近ごろ急に可愛くなったから、好きな男の子でもできたのかな、って思ってたのよ」


「え、そうなの?」


「で、どっちが好きなの?」



 あわわわ、どっちが好き? 「好き」ってLoveの好き? 正直、今は自分の気持ちが整理できていない。「わかんない」と答えると、お姉ちゃんは「じゃあ質問するから答えて」と言った。素直に頷く。



「二人でいるとき、ドキドキしたり、うまく言葉が出なかったり、他の女の子と喋ってるのを見てモヤモヤしたりする?」



 竹内くんとユキ先輩、二人の顔を思い浮かべてみた。竹内くんは部活の仲間で、たぶん女の子の友達といるときと同じ感覚だ。それだけに、この間は突然彼が男の子の顔になって戸惑った。ドキドキというより、今後どう距離を取ればいいのか気が重い。できれば告白前の、気軽に何でも話せる間柄に戻りたい。



「そっか。まあ、それでも相手を異性として意識するうち、芽生える感情もあるしね。取りあえず、その彼は置いといて。で、イケメンの先輩はどうなの?」


「うーん……、何て言うか、現実味がないんだよね。まさか私なんて相手にされないって思ってたから」


「なに言ってんの、愛ちゃんかわいいじゃない」


「それはお姉ちゃんのひいき目だよ。先輩の周りの女の子って、本当にきれいな人ばっかりなの」



 そう言った途端、クリスマスイブに会った薫子さんを思い出した。美人でスタイルが良くて、先輩とは大人の関係で……。ああ、胸の奥がまたズキズキしてきた。この感情は何だろう、うまく説明できない。



「ねえ、お姉ちゃん。あのさ……、付き合ってないのに……、しちゃう人ってどう思う?」


「あらぁ、愛ちゃん。それはイケメン君のこと? 全部白状しないと答えられないわよぉ」



 やはりお姉ちゃんにごまかしは通じない。結局私は薫子さんのことや、先輩の過去の女性関係まで、知っている情報はすべて提出させられた。お姉ちゃんはそれを聞いて、しばらくうーんと考え「実はね」とこちらを向いた。



「うちの旦那も、結婚前に風俗に行ってたことあるの。見つけてとっちめたけどね」


「ええっ、あのお義兄さんが!」



 義理の兄は真面目を絵に描いたような人で、お姉ちゃん一筋。とてもそんな遊びをするような人だとは思わなかった。



「人によるとは思う。でも、基本的に男って誘惑には弱いのよ。だから世の中にそういう店がいっぱいあるんだろうけど。その時も、そこまで私が怒ると思わなかったみたいで、だったら私が男遊びしたらどう思うって聞いて、ようやく自分のしたことが理解できたみたい」


「そんなことがあったんだ」



 そうか~、夜の街にはセクシーなお姉さんがいっぱいいるけど、いったいどんなお客さんが行くんだろうって思ってた。まさかあのお義兄さんが……。でも、それが現実なんだろうね。じゃないと、風俗店はみんなつぶれちゃうよね。



「恋人がいようが結婚していようが、平気でパートナーを裏切る人いっぱいいるわよ。でもイケメン君の場合は、彼女がいない間のつなぎとして、その美人のセフレと遊んでたんでしょ? なら、浮気でもないし、お互い独身なんだから自由恋愛とも言えるんじゃない。ただ、聞いた限りではろくな恋愛はしてきてない感じね」


「そうなのかな」


「もてる人って相手に困らない分、受け身になりやすいのかも。でも、今度は自分から愛ちゃんを好きになって、ちゃんと告白してくれたのよね。だったら、今後の彼次第じゃない。第一、本当に遊び人だったら、愛ちゃんを選ばないと思うよ」


「そりゃそうだ」



 それに関しては納得できる。もしユキ先輩が華やかな女性関係を楽しみたいなら、私みたいなのを相手にするはずはない。まさか罰ゲームじゃないよね。いや、仁義に厚いユキ先輩がそんなことはしない。そう、人間としてすごく実直なんだよね。そういうところを私は尊敬している。




「それより、問題は愛ちゃんの方よ」



 お姉ちゃんが急に私に話を振ってきた。



「え、私?」


「そう。あんたの気持ちよ。さっき、わかんないって言ってたけど、イケメン君の女性関係を聞いたとき、どう感じた?」



 そう言われると、胸のズキズキが蘇える。自分でも説明がつかない、不安で不快な感覚だ。そして、薫子さんと先輩が二人で並ぶ姿を見たときのショック。何だか、とても惨めな気持ちになって、そこから逃げ出したかった。


 砲丸を1ミリでも遠くに飛ばすため、鍛えた筋肉は私の財産だと思っている。日に焼けた肌も、短い髪も、化粧っ気がないのも、自ら選んだアスリートとしての生き方だ。でも、薫子さんの真珠色のボディを見たとき、女として完璧なる敗北感を感じた。自分が女性として、何の武器も持っていないことを改めて実感したのだ。



 私は思った通り、お姉ちゃんに打ち明けた。すると、お姉ちゃんは私の中から、するっと結論を引き出してくれた。



「それは要するに、彼に女性として見られたいってことでしょ」


「えっ」


「愛ちゃんはとっくに彼のことを好きになっているのに、自分で無理だって諦めてるんじゃないのかな。スポーツで言ったら試合放棄だよ」



 がーん、スポーツに例えられると、ぐぐっと言葉が刺さる。私には無理です、なんて絶対に思っちゃいけないんだよ。最後まで諦めない心が記録を生むんだ。



「とりあえず、今すぐに答えを出さなくていいんでしょ。イケメン先輩のことも、部活の男の子のことも、しばらく観察してみたらどうかな。一緒にいて楽しいとか、趣味が合うとかも大事だとは思うけど、もし彼がいなくなったらどうだろう、って考えてごらん。それが愛ちゃんの気持ちだと思うよ」



 そう言うと、お姉ちゃんは枕もとのライトを消して「おやすみ~」と布団にもぐってしまった。うん、妊婦に睡眠は大事。でも、私はその夜はなかなか寝付けなかった。もし、ユキ先輩がいなくなってしまったら。もし、他の誰かを好きになってしまったらと考えると、胸のズキズキが絶好調すぎて、眠るどころじゃなかったのだ。



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