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Prince of Jersey(プリンスオブジャージ)  作者: 水上栞
第二章「恋のウォーミングアップ」
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3.神様、俺の覚悟を見届けてください(SIDE ユキ)



 大失敗のクリスマスイブが終わった後、俺のメンタルを救ってくれたのは年末商戦だった。オッチャンのスーパーは規模こそ小さいが、近隣のニーズを細やかにつかんでおり、その真価が発揮されるのが、年末26日から大晦日までの正月食材大売り出しである。


 この時期はさすがに就活もストップするので、俺も朝から晩までシフトを入れている。特に鮮魚部門は高級魚が飛ぶように売れるため、クリスマスの後悔を忘れ去る勢いで俺は魚のウロコを引きまくった。このきらめくウロコのように、俺の黒歴史もそぎ落とせればいいのに!



 長谷川も年末までは、午前が部活でバイトは午後からラストまで通しのシフトだ。腕力とスピードがあり几帳面なので、すごい量の品出しを一気にやっつけている。男でも気合が必要な大根の段ボールを、両肩に担いで走る長谷川の姿にしびれるぜ。


 オッチャンも「長谷川さんは二人分働く」と感動し、特別にボーナスを支給していた。あれだけ働けば、誰からも文句は出ないだろう。






 そんな長谷川をリベンジのデートに誘ったのは、新年あけて三日目。この日はスーパーの初売りで、俺も長谷川も5時までの早上がりだった。あんなことがあった後なので、仕事の帰りに初詣に行かないか、という軽い誘いにした。長谷川もそれなら応じやすいと思ったのだ。長谷川は快くOKしてくれた。心の中で小さくガッツポーズだ。




「三日でも、けっこう人が多いな」



 もう日が落ちているので家族連れは少ないが、そのぶんカップルがやたら目立つ。あとは、合格祈願に来たのだろうか、高校生と思しきグループも多い。俺と長谷川ははぐれないよう程よい距離を取りつつ本殿へ向かった。本当は手をつなぎたいんだがな。



 二礼二拍一礼のお参りをし、おみくじを引いてみることにした。ちなみに、毎年俺の神頼みの内容はバスケの勝利だったが、今年に限っては「俺に勇気をください」である。中吉を引いて無邪気に喜ぶ長谷川の顔を見ながら、この後の成り行きがどうかうまく転びますようにと、日ごろの不信心は棚に上げて、俺はすがる思いで神に祈った。



「先輩、おみくじどうでした?」


「ああ、小吉だな」


「穏やかでいい一年になりそうですね。きっと就活もうまくいきますよ」



 長谷川にそう言われると、本当にうまくいくような気がしてくる。やはり、こいつは俺にとって癒しの女神だ。その笑顔に背中を押されるように、俺は本日のメインイベントに突入した。



「長谷川、ちょっとこっち来てくれ」



 そう言って長谷川を誘ったのは、社務所の裏手。参道から少し離れているので、人がいなくて静かな場所だ。玉砂利を踏む音がじゃりじゃりと響く。適当な場所で振り返り、俺はまず年末の不始末を心から詫びた。



「クリスマスの時はすまなかった。こっちから誘っといて、不愉快な思いをさせたことを謝る」



 俺が頭を下げると、長谷川が慌てた。



「いやいやいや、気にしてないですから!」


「俺のことを、最低な奴だと思っただろう」


「そんなこと思いませんよ」


「そう言ってくれるのは有り難いが、俺自身は軽率だったと悔いている。薫子のことだけじゃない。俺は今まで、きちんと女性と向き合ってこなかった」



 俺はこれまでにくり返してきた、空しく浅い付き合いを正直に白状した。長谷川には呆れられるだろうが、嘘偽りのない全てを晒して、その上で俺の覚悟を判断してほしかった。真剣だった。俺はさらに続けた。



「いい加減だったと、心の底から反省している。それを俺に気づかせてくれたのは、長谷川だ」


「えっ、私?」



 長谷川が猫のフレーメン反応のような顔をしている。無理もない、これまで先輩としての態度しか示してこなかった。今から告げる内容は、さらに彼女を驚かせるだろう。すまん、長谷川。もっと上手に立ち回りたいんだが、俺はど真ん中の直球しか投げられない男だ。



「長谷川、俺は、お前が好きだ」



 長谷川が完全に固まった。俺もいっぱいいっぱいで、真冬だというのに背中に汗をびっしょりかいている。告白を受けたことはあっても、自分からするのは初めてで、こんなに気合が必要だとは知らなかった。しかし何とか思いを伝えようと、俺はからからに乾いた喉から、さらに声を絞り出した。



「長谷川に正直でありたいと言ったのは、そういう理由だ。本当は、この前伝えようと思っていたんだが、あんなことがあったんで仕切り直した。今日、神社を選んだのも、鳥居をくぐった先は神様の住まいだからだ。その神前で、宣言をする」



 俺は、ぐっと足を肩幅に開いた。そして腹直筋に力を入れる。



「さっきも言ったように、俺はいいかげんな男だったかもしれないが、これからは心を入れ替えて誠実な人間になると誓う。だから」




 もう何を言っているのかよくわからなかったが、本当に言いたいことはここからだ。精一杯、本気であることをわかってもらうしかない。



「先輩と後輩ではなく、一人の男として、俺を見てもらえないだろうか」



 長谷川はまだ固まったままだ。彼女にとっては、突然すぎて本当に申し訳ないが、俺の方は胸の中で沸騰していた滓を噴出したせいで、ほっとしている。言うべきことは言ったし、あとは長谷川がどう思うかだ。振られても仕方ない。その時は男を磨いて、振り向いてもらえるまで頑張ろうと決めている。




「すいません、思ってもみなかったことで……何が何だか」



 ようやく長谷川が言葉を発した。やはり戸惑っている。本当にすまない。俺は長谷川をこれ以上追い詰めないよう、クーリングダウンに入ることにした。本当はわーっと叫びながら走り回りたい気分だが、それをやると本当に見限られそうなので、ゆっくりと腹式呼吸をして心拍数を落ち着かせた。



「もちろんだ。突然だったから、驚くのも無理はない。ただ、俺は本気だし、気持ちを知って欲しかった。今すぐ答えをくれなくていいから、ゆっくり考えてみてくれ」



 そう言うと、長谷川はコクンと小さくうなずいた。ああ、可愛すぎておかしな声が出てしまいそうだ。もしかしたら、出会った瞬間に好きになっていたのかもしれない。きっと、そうだ。俺のジャージをほめてくれたあの日から、ずっと長谷川は俺にとってお日様のような存在だった。


 こうして気持ちを伝えたことで、決心がさらに固まった。俺は誠実なナイスガイになって、就職もバチッと決めて、長谷川に相応しい人間になるぞ。人を好きになると世界が変わる。それに気づかせてくれただけでも、俺にとって長谷川の存在は大きい。






 その後、俺たちはいつものようにチャリを飛ばして帰り、長谷川の家の前で別れた。ついに昨日までとは関係が大きく変わってしまったわけだが、後悔はしていない。この気持ちをしまい込んだまま、ライバルに先を越されるよりも、勝ち目は薄くとも体当たりして玉砕した方が爽快というものだ。



 俺は家に帰るとジャージに着替え、活火山のマグマのように胸の中にこみあげてくる熱を放出させるべく、クタクタになるまでランニングをした。シャワーを浴びてベッドに倒れ込み、目を閉じると、長谷川の驚いた顔が目の前に浮かんでくる。


 彼女は今ごろ、俺のことを少しでも考えてくれているだろうか。格好つけて「返事はいつでもいい」なんて言ったが、本当は今すぐにでも飛んで行って答えを聞きたい。あの透き通る青空のような笑顔で、先輩が好きです、と言われてみたい。


 そんなことを考えつつ、俺は深い眠りに落ちて行った。安藤幸彦、21歳。初めての恋は、切なくて甘くて、少し胸が痛いことを知った。




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