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Prince of Jersey(プリンスオブジャージ)  作者: 水上栞
第二章「恋のウォーミングアップ」
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2.とりあえず、キャパオーバーです(SIDE 愛)



 さっきはあんなにキラキラ輝いていたエレベーターからの夜景が、今はまるでモノトーンみたいに見える。運動で心拍数が上がったときとは違う、この胸のズキズキは何だろう。



 ――あら、失礼。



 濃いパープルにシルバーの刺繍が入った、シルクのガウン。外国の女優さんが着ているような、きっと何万円もするような高級品だと思う。そのベルトが音もなく外れて、前がはだけた。女の私でもドキッとするような、真珠色の肌。エステのCMで見るようなツヤだった。


 何より驚いたのは、その下がショーツだけだったことだ。こちらも外国の女優さん的な、申し訳程度のレースに紐がついたやつ。私なら腿上げ一発で破る自信がある。



 ユキ先輩は大勢が参加するパーティーだと思っていたようなので、彼女に仕組まれたことなのだろうが、いつものファン軍団と様子が違うのは鈍い私でもわかった。とんでもない美人だった、というのもあるけれど、軍団のお姉さんたちとは二人の間の空気が違う。何より小さなレースの布地が、彼らが男女の仲であることを物語っていた。



 まあ、そうだよね。あのモテモテの先輩が、イブにデートする相手がいないなんてありえないよね。さすが先輩、すごいレベルの美女だよ。きっと彼女のサプライズを、私がおじゃましちゃったんだわ。慌てて出てきたけど、ムードぶち壊してごめんなさい。



「はあぁ」



 ようやく落ち着いて、深呼吸した。エレベーターのガラスに映る、ワンピース姿の自分に苦笑する。本音を言えば、かっこいい先輩に誘われて浮かれてしまった。もしかして私はユキ先輩にとって、イブに誘ってもらえる程度には特別なんじゃないかとも思った。そんなわけないのにね。



 今から家に帰ってごはんあるかな、コンビニでケーキでも買おうかな。そう思っているうち、エレベーターが一階に着き、ドアが開いた。その瞬間、聞き覚えのある声が私の耳に飛び込んできた。






「長谷川っっつ!」



 なんと、目の前にユキ先輩が立っていた。肩で息をしながら、おでこに汗をいっぱいかいて。えええ、どうして? あの階から降りるエレベーターは一機だけだったはず。もしかして階段で? うわ、クリスマスにサーキットトレーニングですか……じゃなくて!



「なにやってんですか、先輩」



 びっくりしたので、ついツッコミを入れてしまった。せっかく、あんな美人がお膳立てしてくれてるのに、なぜここにいるの。もしかして私が帰ってしまったから、気にしてくれたのかな。後日「すまんかった」で済むのに、先輩ったら律儀だわ。



「長谷川、聞いてくれ」



 ユキ先輩は、はあはあ言いながら私の腕をつかんだ。何か言いたいことがあるようだ。いや、聞きますけど。とりあえずエレベーターの前でイケメンが(*´Д`)ハァハァ言ってたら目立つので、ロビーの椅子に誘導した。




「私なら一人で帰れるので大丈夫ですよ。彼女、お部屋で待ってるんじゃないですか?」


「彼女じゃない」


「え」


「彼女じゃ、ないんだ」




 ようやく息の落ち着いた先輩が、空を見つめて固まってしまった。言葉を整理しているのか、言いかけてやめるのを2度くりかえし、覚悟を決めたように声を絞り出した。



「あれは、いとこだ」


「え、でも」



 いとこというのは、わかる気がする。ユキ先輩に匹敵する美貌だった。きっと美しい血筋なのだろう。しかし、異性のいとこがパンツ一丁ってどういうことなんだ。そんな私の戸惑いを察して、ユキ先輩が続けた。



「いとこだが……、以前に関係があった」



 この場合の関係っていうのは、……そういうことだよね。いとこ同士って結婚できるんだっけ。以前ということは、今は付き合ってない感じ? 情報量が多すぎて頭の中がわーっとなる。



「えーと、元カノさん……、ってことですか?」



 何だかデリケートな話っぽかったので、用心しながら質問した。しかしユキ先輩は首を振り、ゆっくりと息を吐いて私の方を見た。辛そうな顔だ。



「先輩、無理に話してくれなくても」


「いや、聞いてくれ」



 そう言うと先輩は、もう一回はーっと息を吐いて、話し始めた。さっきの美人は、滝川薫子さんといって2歳年上のいとこ。大学時代からモデルをしているらしい。なるほど、一般人とレベルの違う磨かれ方をしていたことに納得した。そしてユキ先輩とは、先輩が中3のころ男女の仲になったという。



「でも、付き合ったことは、ない」


「……それって、セフレ、ってやつですか」


「……そうだな」



 頭がついていかない。セフレなんて、私にとってはドラマの中でしか知らない世界だ。気持ちが伴わなくてもできる人がいるのは知っているけど、私にはその心理が理解できない。そして、まさかユキ先輩がそっち側だとは思わなかった。その事実がちょっと受け入れられそうにない。




 そのまま私とユキ先輩は黙ってしまい、たぶん数分だったと思うけど、それが果てしなく長い時間に感じられた。まだ、頭の中はぐるぐる回っている。ひとつだけ、どうしてもわからないことがあったので、思い切って聞いてみることにした。



「あの、なんで私にその話を?」


「長谷川には、隠し事をしたくない」



 今度は速攻で答えが帰ってきた。いつもの先輩の表情に戻っていたので、ちょっと安心した。



「俺は、見た目で判断されることが多くて、素で付き合える人間が限られている。だから、長谷川には正直でありたいし、もし昔のバカな行いで幻滅されたんなら、それは身から出たサビだ」



 いやいや、確かに驚きはしたけど、幻滅なんてしませんよ、先輩。今回は偶然にもセフレさん登場現場に立ち会ってしまったけど、そもそも私は部外者なんだしユキ先輩にとやかく言える立場ではない。そう言うと、ユキ先輩は何だか悲しそうな顔をして、椅子から立ち上がった。



「今日は悪かったな。本当は話したいことがあったんだが、今夜は無理だろうから、もしよかったら仕切り直していいか」



 私はちょっとだけ考えて、頷いた。うん、確かに今日はお開きにした方がいいかも。なんだかよくわからないけど、さっきから胸の奥がズキズキして、平常心が保てそうにない。びっくりしたせいかな。このまま先輩と一緒にいると、変な事を口走ってしまいそうだ。



 私たちはロビーを出て、ホテルのエントランスに向かった。私はちらっとエレベーターの方を振り返り、念のための確認を行った。



「……戻らなくていいんですか」


「いいんだ。もう長く会ってなかったし、これからも親戚として以外は会うつもりはない」



 先輩はきっぱり言うと、地下鉄の駅に向かってイルミネーション輝く雑踏を歩き出す。私は複雑な気持ちを抱えながら、その背中を追った。不思議な胸のズキズキは、まだ収まりそうにない。






 最寄り駅で先輩と別れ、駐輪場に停めていた自転車(ワンピースでもチャリが私スタイル)で家に戻ったのが、9時くらい。やっと気持ちが落ち着いてスマホを確認したら、陸上部の同僚、竹内くんからLINEが来ていた。何だろう、珍しいな。



 ――パーティー終わったら連絡ちょうだい。



 そう言えば今日の予定を聞かれて、クリパだよって教えてたんだった。何か用事があるのかな。もしかして部活の連絡? そう思って「終わったよ、何?」と返したら「今からそっち行く」と即レスが来た。うちに来るの? こんな夜に?



 訝し気に思いつつ、ワンピースをジーンズに着替えて玄関まで出てみれば、さすが走り幅跳びのホープ、4駅の距離を鬼こぎ30分ほどで着いてしまった。しかも息が上がっていない。いい呼吸中枢と呼吸筋だね、と感心していると、紙袋を手渡された。



「これ、クリスマスプレゼント。大したもんじゃないけど」


「え、私に?」



 なんで竹内くんが私にプレゼントくれるんだろうと頭の中が「?」になっていたら、本日2回目のトンデモが起こった。



「あのさ、長谷川、俺と付き合ってくれない」


「んあ」



 やだ、変な声が出ちゃった。えっ、竹内くん、まさかまさか、全然そんな風じゃなかったよね。私ぜんぜん頭が回らないんだけど? ええ、どうしよう。



「その反応は、やっぱ気づいてなかったか。俺、けっこうアピールしてたつもりなんだけどな。とりあえず、イブのこの時間に家にいるってことは、彼氏はいないよね?」



 私は頭がパニックになって「そ、そうだね」とだけ答えた。



「じゃあさ、前向きに考えてみて。俺たち、話が合うと思うんだ。焦らなくていいけど、年明けにでも返事もらえたら嬉しい」



 そう言うと、竹内くんはひらりと自転車にまたがり去って行った。もらった紙袋の中には可愛いスポーツタオルが入っていて、私のために選んでくれたのだと思うと申し訳なくなった。そして同時に頭がくらくらした。



 ああ、聖夜の神様。もう今夜の私はキャパオーバーです。とりあえず、ケーキを食べて爆睡しよう。よくわかんないことは、明日の私に丸投げしちゃおう。




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