12.女子バスケ軍団、圧が強すぎる!(SIDE 愛)
何日か前、ユキ先輩には謝ってもらったけど、なんで機嫌が悪かったのかは聞けなかった。先輩のことだから、言えることならきっと自分から教えてくれる。ていうか、誰だって言いづらいことはあるよね、就活も大変そうだしストレスが溜まってるのかもしれないな。
誕生日に焼肉に誘ってくれたけど、そこまでしてもらうのは申し訳ないから遠慮した。どっちにしても、今夜は部活のメンバーと食事会が入っている。まあ、食事会って言っても、私の誕生日をつまみに大食い連中が盛り上がるだけ。未成年だからお酒は入らないけど、体育会系の宴会はすごくにぎやかなの。
「長谷川、お待たせ」
駅前のロータリーを渡って、竹内くんが走ってきた。今日は部活のパーティーに行く前に、彼の家の最寄り駅で待ち合わせ。この駅前には大きな運動具店があるので、新しい砲丸を買ったのだ。ふふふ、自分への誕生プレゼントなんだよ。それを言うと「重いだろ」って竹内くんが手提げ袋を持ってくれた。私、その重い球を投げてるんだけどね。ここは親切に甘えてお姫様気分を味わっておこう。
「なんか今日、長谷川イメージ違うな」
「へへ、お姉ちゃんにスカート買ってもらったんだ」
スカートと言ってもデニムだからカジュアルだけど、私にとっては数少ない女の子モードの服だ。それと、この間さゆりさんに教えてもらったメイクをしてきたので、かなり雰囲気は違うかも。とりあえず今日は主役だからね。ちょっとはいいとこ見せとかないと。
そんなこんなで、無事に19歳になった私は、相変わらず学校と部活とバイトで忙しく過ごしていた。ユキ先輩も就活で忙しいみたいで、あんまりシフトが一緒にならないけれど、そのかわり近所でばったり高橋先輩に会った。就職も本決まりになって、割と余裕のある毎日らしい。羨ましいな。
「最近、安藤に会う?」
「あんまり顔を見ないですね、バイトも減っちゃってるみたいで」
「そうか、そろそろ忙しくなる頃だもんな。でも、バスケは続けてるみたいだから、たまには応援しに行ってやれ」
「はい、そうします」
「そう言えば、来週が練習試合って言ってたぞ」
公式試合は見たことがあるが、R大で行う練習試合はまだ見たことがない。そろそろ引退の時期なので、ユキ先輩をコートで見られる残り少ないチャンスかも。高橋先輩に日時を聞いたら、ちょうど部活の前に行けそうな時間帯だ。ちょろっと顔出してみようかな。
ユキ先輩に「見に行きますよ」とLINEを送ったら、「出るかどうかわからん」と返事が来た。もうレギュラーは、来季に向けて1年と2年で固めているようだ。「取りあえず覗きます」とだけ返事をして、当日は差し入れの定番、はちみつレモンを凍らせて持っていくことにした。
「おう、長谷川、こっちだ」
体育館の選手通用口から出てきたユキ先輩が、手招きをする。R大は大きなキャンパスで、体育館は大小合わせて4つあり、バスケは第二体育館を使って部活を行っている。きちんとした観客席やシャワールームも完備された、近代的な建物だ。
客席にはすでにユキ軍団がスタンバっているので、裏手の目立たない中庭側へ来るよう指示された。やはり今日はスタメンではないようだが、たぶん途中で出るはずなので、アップはしっかり終わっている。もう秋も半ばだというのに、水をかぶったように汗びっしょり。首から下げているタオルに私の刺しゅうしたマークがついてるのが見えて、なんだかちょっと嬉しくなった。
「調子はよさそうですね」
「まあな、なんとか今シーズンも三部にとどまったわ。俺らの代で四部に落ちたら、どうしようかと思ってたからな」
ユキ先輩がガハハと笑う。よかった、もういつもの先輩だ。しばらくぎくしゃくしたけど、元通りになれてほっとした。バスケもそうだけど、3年生の先輩にとっては、きっとバイトも残りわずか。そのうち縁遠くなるだろうけど、せっかくのご縁だ。仲たがいしたままフェードアウトは避けたかった。
「先輩が出てくるの、期待してます。私、2階で見てますんで。よかったら、これ」
「おう、サンキュ」
先輩はレモンの入ったジップロックを受け取ると、満面に笑みを浮かべ、高橋先輩がやるように頭をぐりぐりと撫でた。なんだかテンション高いな、試合の前だからかな。
やがて先輩は選手通用口から体育館へ入り、私も正面玄関に回って観客席に向かおうとした、その時。R大のチームカラーである黒地に赤ラインの半パンジャージ女子軍団が現れた。うわ、新手の登場だわ、囲まれた。瞬間的に私のレーダーが、ユキ先輩がらみであることをキャッチした。
「あの、何かご用でしょうか」
狭い場所で通せんぼされて、先に進めない。みんな背は高いけど細いので、恐らく私がタックルしたら吹っ飛ぶだろう。でも、それやっちゃうともっと大変になりそうなので、礼儀正しくご用向きをお伺いしてみた。
「ちょっとお聞きしますけど」
7人いる半パン軍団の中で、リーダーと思われる女の子が一歩前に出た。ちょっときつい顔立ちの美人さんで、身長は170㎝くらい。黒髪を肩の上でシャープなボブにしている。運動部だと結ばないで済むギリギリの長さだけど、サラサラに保つのは手入れが大変そうだな。すらりとした長い膝下に見惚れていると、頭の上から居丈高な声が降ってきた。
「安藤の知り合いですか」
アンドウと来たか。安藤さんでも安藤くんでもなく。よくわからないけどマウンティングの匂いがする。取りあえずさっさと済ませたいので「はい」とだけ答えておいた。
「私たち、R大の女子バスケット部です。一般の方の観戦は、観覧席からお願いしています。選手に声かけはしないでもらえますか」
「はあ、でも」
「さっき、安藤と話してましたよね。そして、何か渡してたでしょう。ああいうの、やめてもらえます?」
きゃー、一部始終どこかから見てたのね。影の軍団、こわい。ていうか、私は何で怒られてるのかしら。規則でもあるのかな。だったらユキ先輩が私をここへ呼ぶはずがない。
「本人からここへ来るように指定されたんですけど」
言い返すとは思っていなかったのだろう。きれいな眉をぐっと寄せ、むっとした表情になった。後ろのモブたち(ごめん)は、顔を見合わせてヒソヒソしている。感じ悪いなぁ。
「だったら、今後はやめてください。選手とファンの個人的な交流は禁止です。安藤はファンが多いの知ってるでしょう。あの人たちにも試合の場では直で声かけしないように言い渡してあります」
なるほど、ユキ先輩にむらがる女子軍団を近づけないためのローカルルールがあるのね。だったら仕方ないよね。てか、あのキラキラ軍団も〆てるのか、すごいな。いや、黒髪ボブ子(命名)さんが迫力ありすぎなんだよ、怖いもん。
「そうなんですね」
逆らわずに了承して立ち去ろうと思ったが、ユキ先輩がそのルールを私に教えてくれなかったことが気にかかる。知っていたなら、最初からおとなしく2階席で応援していたのに。なんとなく納得できなくて、私はボブ子(決定)さんに聞いてみた。
「ちなみにそのルール、安藤先輩は知ってます?」
ボブ子さんは一瞬ハッとしたが、コンマ5秒で真顔に戻り、裁判官みたいな声色できっぱりと言い切った。
「私たちが自主的に管理してます」
あれぇ、それって本人は知らないって意味? 先輩がいちばん嫌がることじゃないのかな、そういう特別待遇。だいたい、なんで女バスがユキ先輩を管理するの? もやもやしながらボブ子さんを見ていたら、モブの一人が怒り出した。沸点低いな、このチーム。
「しつこいな、私たちだって安藤さんとお話したいけど、我慢してるのよ。安藤さんはアイドルだから、みんなのものなの。誰か一人が抜け駆けするのは許されない。わかったら、二度と安藤さんに話しかけないで」
うわぁ、最後に本音がダダ漏れ。そういうことか。この女バス自体がファンクラブで、独占禁止協定が結ばれているんだ。でも、それを外部の人に押し付けるのは違うと思うけどな。ましてや本人の知らない所で。
そうこうしているうちに、体育館の中からワーッという歓声が聞こえてきた。選手がコートに整列したようだ。それを機に黒髪ボブ子さんとモブ子さんたちは、
「じゃあ、そういうことだから。次から注意してね」
そう言い残して体育館の中へと消えて行った。ふふんだ、イエスとは言ってないもんね。しかし、あっちもこっちも、ファンが多くてユキ先輩は大変だ。せめて私は気を楽にして付き合える後輩でありたい。あと少しの大学生活を、先輩に思い切り謳歌してもらうためにも。