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Prince of Jersey(プリンスオブジャージ)  作者: 水上栞
第一章「ザ・ジャージマン」
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1.伝説の王子、お宝ジャージで登場(SIDE 愛)

挿絵(By みてみん)



 私の名前は、長谷川愛。166センチ、65キロ。数字だけ見るとおデブちゃんだと思われそうだけど、実は私の体脂肪率は僅か14%。成人女性の平均値が20~29%と言われているから、それを大きく下回る数値だ。これはすなわち、私の身体が筋肉で出来ている事を意味する。


 それを培ったのは、高校から始めた砲丸投げである。中学時代は中距離の選手だったので、転向した時はみんな驚いたけど、砲丸投げってすごく繊細でかっこいい競技なんだよ。あと1センチでも遠くへと、距離を詰めていく感覚がたまらない……、と言っても友人たちには理解できないようだけど。




 まあ、そんなわけで私は高校生活の3年間を砲丸投げに明け暮れ、すっかりマッチョな女になってしまった。お陰で流行の服は似合わなくなったけれど、ジャージとスニーカーがあれば充分だ。


 特にこの春からは、将来後進に砲丸投げの素晴らしさを伝えるべく、私立大の体育学部に進学したので、ますます年頃の娘らしさからは遠ざかる。せっかく両親が「素敵な愛情に恵まれるように」とつけてくれた「愛」という名前も、いまでは笑いのネタになっている始末だ。


 それでも仲のいい友達はわかってくれている。実は私がお菓子作りや編物が大好きな隠れ乙女である事を。それでいいやと今までは思っていた。どうせ男の子は汗臭い体育会系の女なんて見向きもしない。だったら、私は私らしく好きな道を邁進するまで。そう決心していたのに。




 まさか、この私に恋の季節が巡ってくるなんて。しかも豪勢なオプションてんこ盛りで。これは幸運なのか、不運なのか。その急転直下の運命が動き出したのは、私が初のバイト先に選んだスーパーでの事だった。






「じゃあ長谷川さん、これ君のタイムカードとユニフォーム。着替えたらレジ講習するから、サービスカウンターに来てね」



 温厚そうな店長の声に、初バイトで緊張していた僧帽筋(そうぼうきん)がちょっと緩む。大学では陸上部の練習に加え欲張ってコマを詰め込んだ授業で、かなり忙しい日々ではあるのだが、いつまでも親のすねをかじるのも申し訳なく、自分の小遣いくらいは自力で稼ごうと、スケジュールをやりくりして週に2~3回ほど、自宅近くのスーパーでバイトをさせてもらう事にした。


 店側も昼間のパート主婦が退ける夜7時以降の人手が不足していたようで、夜間希望の私はちょうどいい人材だったらしい。両親だけは最後まで末っ子の私を心配してバイト反対を掲げていたが、近所のスーパーだから大丈夫と渋々の承諾を取り付けた。その記念すべき初出勤が本日である。




 店長に教えられた通りタイムカードをガシャンと押し、その横のスタッフルームと書かれたボロっちいドアを開ける。その瞬間、私は数秒間ほど意識を飛ばし、およそ年頃の女とは思えない声をあげてしまった。



「うっわ、限定ジャージ!」



 4畳半くらいの狭い部屋の中には2段ロッカーが3つとテーブル、そしてパイプ椅子がいくつか。そのひとつにジャージ姿の男の人が座り、こちらに背中を向けてスポーツ新聞を読んでいる。それ自体は別段どうという事のない光景なのだが、そのジャージが私の目をひいた。


 それは昨年度、地元のスポーツメーカーがアメリカの財団と手を組み、被災地の救済を目的としてチャリティー販売したもので、何と世界で1000枚の限定生産。ナンバリング付きという超お宝ジャージなのだ。もちろん私も抽選に応募したけれど、さすがに簡単に手に入る代物ではない。そのため、今やネットオークションでは十万円以上の値段で取引されている。それをこんな所で目にするなんて。



「わかるか!」



 男の人が、がばっと振り向いた。ちらりと目の端に映った感じでは私と同年代のような気がしたが、ジャージから目が逸らせない私にはどうでもいい事だ。ああ、胸のロゴも光り輝いている、素晴らしい!男の人はさらに熱をこめて言い放った。



「このジャージの値打ちがわかるか!」



 間違いない、この人は体育会系だ。さすがお宝ジャージを着るだけの事はある。いかにも腹直筋が強そうなデカい声に、私も気持が熱くなってきて、背筋をぐっと伸ばすと負けずに声を張り上げた。



「値打ちもそうですが、それを着ているのがすごいです! 転売したり、タンスにしまい込んでしまう人もいますけど、ジャージは着てやらないと本当の味は出ませんから!」


「お前、いいこと言うなあ!」



 やっとそこで私は彼の顔を正面から見た。そして同時に腰を抜かしそうになった。何故ならその人物は私の卒業した高校で、伝説の王子とまで言われた安藤幸彦=通称「ユキ先輩」だったのだ。


 先輩は私より2学年上でバスケ部所属。今は確かR大でレギュラーを張っていると聞く。抜けるような透明感のある肌に色素の薄いサラサラヘアー、くっきりアーモンド型の瞳を濃い眉が引き締めて、美しいのに爽やかなフェロモンを漂わせる……とまあ、とにかくその完璧なイケメンっぷりで、一時は芸能事務所からもスカウトが殺到したほどだ。しかも先輩はかなり成績も優秀で、同じクラスの彼のファンが「ユキ先輩が推薦で大学に合格した」と大騒ぎしていた記憶がある。




 しかしその文武両道、しかも美形のスーパーヒーローは、一方で謎の人物としても有名だった。入学以来、100は下らないだろうという告白にも一度としてOKを出した事がないというし、学校中の女生徒プラス校門前に群れる他校女子から贈られるバレンタインのチョコも「ごめんね」のひと言と笑顔で完全スルー。


 私たち陸上部の高橋部長から言わせると、友情に厚い「漢の中の漢」らしいのだが、もしかして♡と腐女子がニマニマするほど、とにかく私生活や恋愛方面では全く情報のない人だった。



 そのユキ先輩が、なぜスーパーのスタッフルームに。しかもジャージとスポーツ新聞装備で。私は間抜け面をさらしたまま、呆然と目の前の信じられない光景を眺めるしかなかった。


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