緑色のリストバンド
追跡から3時間が経った。ようやく追い詰めた。その男は、我々が追ううちに変異していた。背中から腕が生え、右足はダチョウのように太く長くなっている。
男が倒れる。バランスを崩したらしい。男は倒れたままこちらを向く。青色になった左目がこちらを睨む。男の左腕を確認する。緑色のリストバンドが着けられている。リストバンドにはB-2517と書かれている。
拳銃のスライドを引く。空っぽの薬莢が飛び出す。
銃口を男の頭に向け、引き金を引く。
3年前、ある研究所がウイルスを開発した。それはあくまで、ワクチンを作る際の副産物に過ぎなかった。そのウイルスに感染した生物は体組織が変異し、大抵の場合は死に至る。
ウイルスに感染した職員から職員へ、そして民間人にまで広がった。感染者は地下の大型隔離施設に収容され、死ぬまでそこから出ることは許されない。中には症状もなく完治する者もいたが、彼らは血液検査を行った後また収容される。たとえ完治したとしてもここから出る事はできない。やはりというか、脱走する者も現れ始めた。これまでに97人。彼らは全員射殺された。
ウイルスの脅威は計り知れない。もしこれが世界中に広まれば、今度こそ人類の歴史は終わりを告げるだろう。それを未然に防ぐには、感染者を隔離し彼らが死に絶えるまで待つ他ない。もし脱走者がいれば、例え完治していようと1人残らず射殺する。それが我々の任務だ。
××××年××月××日
98人目の脱走者が現れた。いや、正確には98人目と99人目の脱走者だ。
ポケットが大量についた迷彩柄の服を着て、ライトが取り付けられたヘルメットを被る。拳銃を手に持ち、弾を詰める。隊員の1人が溜息を零す。ここにいる者は、みなこの状況に慣れ始めている。勿論、この私も例外ではない。慣れることができなかった者は隊から外された。ただそれだけの事だ。
立ち上がり、号令をかける。ホワイトボードの上にマーカーペンを走らせ、作戦を話す。脱走者はC-0463とC-1239の2人。C-0463は症状もなく既に完治している。問題はC-1239だ。既に変異が進み、ソレは最早ヒトの形をしていない。更に言えば、脳まで変異し凶暴かつ攻撃的。脱走する際も職員を3人ほど殺していった。C-0463はC-1239を手懐けていた。これまでに何度も職員達が変異した感染者を手懐けようとしたが、尽く失敗に終わっていた。しかしC-0463は、彼女はやり遂げていた。職員達からすれば研究対象ではあるのだろうが、脱走した以上我々の手で葬らねばならない。
隊員の1人が手を挙げ質問をする。この隊に入ったばかりの新人だ。
「なぜ完治した者まで射殺対象となるのでしょうか?」
至極もっともな質問だった。だが、それと同時に、答えがわかりきっている質問でもあった。完治した者が元の生活に戻ったとして、もしこの事が世間一般に知れ渡れば世界中で大混乱を巻き起こす。そうなった時、収容し続けることは困難となり感染の拡大は更に広がることが容易に想像できるからだ。更に言えば、一度脱走の手口を知った者はその後も何度も脱走し、他の感染者へその手口を口伝えすることも有り得るだろう。そうなれば我々だけでは対処しきれなくなる。よって、例え完治した者であっても脱走者は1人残らず葬る他ないのだ。それが、今我々がすべきことなのだ。
事の一切を伝えると、彼は表情を変えずに首を縦に振った。恐らく、彼もわかった上で訊いたのだろう。
作戦が実行される。脱走者が逃げた方角は北側。A小隊が南から攻め入り、B小隊とC小隊で東西から挟み撃ちにする作戦だ。私はA小隊の先頭を走る。
北へと進むと森が見えた。GPSはこの森の中を指している。真っ暗な森の中、降り注ぐ雨粒がライトの光を反射し、夜空のように光の粒が輝く。GPSの反応が近い。足音を殺し、木の影に隠れながら進む。
木に隠れながらGPSが反応する方を覗く。巨大な怪物と髪の長い女がいる。女は、倒木に座り怪物に話しかけている。左腕を確認する。どちらにも、感染者が着けるGPS付きの緑色のリストバンドが着けられている。
拳銃を構え、仲間に指示を出す。カウントを3つ行う。
3...2...1...
私の合図と同時に隠れていた隊員が一気に飛び出し、怪物の体を撃ち抜く。女は立ち上がり、逃げようとするも尻餅をつく。怪物は呻き声を上げながらこちらを睨んだ。怪物は隊員達を薙ぎ払い、皮膚が裂け肥大化したグロテスクな右腕を大きく振り上げ、巨大な鉤爪をこちらに向けた。
次の瞬間、左右から雨音を掻き消すほどの大量の乾いた銃声が鳴り響き、怪物の体に鉛の塊が降り注ぐ。怪物は鮮血を噴き出し、その場に倒れ込んだ。左腕を確認する。辛うじて変異していなかった左腕には、C-1239と書かれた緑色のリストバンドが巻かれ、薬指に銀色のリングがはめられていた。
拳銃のスライドを引く。空っぽの薬莢が、陸に揚げられた魚のように飛び出した。
銃口を怪物の頭に向け、引き金を引く。
──怪物は動かなくなった。処理を隊員に任せ、女の元へ寄る。女は腰が抜けて立ち上がれなくなっていた。言葉を発することができないほどに動揺していた。左腕を確認する。C-0463と書かれた緑色のリストバンド、そして薬指には怪物が付けていたものと同じ銀色のリングがはめられていた。
拳銃のスライドを引く。いつもと変わらず、空っぽの薬莢が飛び出す。
銃口を女の頭に向け、引き金を引く。