閑話_2
「ええと、あなたは……」
真っ暗な世界で困っていた。
やられた、というよりもようやく楽になれたと思った瞬間、気づけばここにいた。道以外何もない暗いこの世界でふいに彼女から声をかけられた。
自分と同じ、人間から怪魔と呼ばれる存在であるというところまでは認識出来るのだが、名前は出てきてくれない。
「ラワと申します、シキセ様」
「ありがとう、じゃあよろしくお願いしようかしら」
ラワと名乗ったその女は深々とお辞儀をしてみせた。
「ひょっとして私を責める気じゃないでしょうね」
問いかけるとラワは首を振った。
「いえいえ、シキセ様を責める気など毛頭ございません。私も同じ立場に入れば、同じようにしていたでしょうから」
そして逆に問いかけてくる。
「今聞くのもおかしいですが、大丈夫でしょうか」
「そうね、思い出すのは嫌だけれど今は大丈夫よ。別にトラウマとかになったりはしてないわ」
話しながら自分の体を確認する。最後にやられていた時は、だいぶあちらこちらに傷を負っていたはずだがここにはそれがない。どうも傷は全て直っているらしい。
「いえいえ。三幹部として、兄が、スルマがお世話になっていますから」
その言葉を聞いて一つの可能性が頭に浮かぶ。
「悪いけれど、スルマは正直タイプじゃないからゴメンだわ」
あらま、とラワは口に手を当てて見せた。
「やはり兄の気持ちにはお気づきでしたか」
「当然よ。あそこまで分かりやすいのはいないわ」
ですよねと言いながらラワはうんうんと頷く。
「でもシキセ様は年下の方が好みなんですよね。シャト様みたいな」
「あら分かっているじゃない。私の好みはあちらよ。あんあむさいおっさんは好みじゃないわ」
「好みでいうならリノヤは、あの男はどうなんでしょうか。シャト様と似てはいらっしゃいますが」
ラワが問いかけてくる。
「だった、の過去形ね。あそこまで凶悪なのはいらないわ」
最初応対した時は好みであった。いたぶりたいと思った。だが二回目はその余裕を与えてくれなかった。彼のあきらかに増した戦闘力には恐怖すら感じた。
「でも総統は気にいっているみたいですね」
「そうね。あの方の考えていることは分からないわ」
総統を名乗るあの男は、男なのかどうかも特定はしづらいが、突然シキセ達の前に現れた。男は交渉を持ち掛けてきた。
「お前たちに望むものを与える。その代わり我に与えろ惨劇を。悲劇を。苦痛にもだえ苦しむ声を。」
枯渇する資源をはじめ、世界はたくさんの問題を抱えていた。証拠に、と見せたその力はその問題のいくつかを実際に解決してみせた。「総統」の持ちかけは残り全てを解決してくれる案件だった。だが当然問題だとする声も上がる。問題を解決する為に、一部の民を犠牲にしていいのか。
議論が拮抗する中で、解決策はある日突然現れた。一人の科学者が発表したのだ。
「異世界への扉が開かれた、と」
異世界の民を苦しめることにより、自分たちの世界を潤す。それが出された結論だった。
追い詰められていた者たちにとっては、異世界の心配をする予定は無かった。だが安定してくると当然その声が出てくる。自分たちの為とはいえ、同じ知恵を持った民を迫害していいのかと。その声に対して総統と呼ばれるようになったその存在は笑った。
「嫌ならば止めればいい。その時は与えた者を奪うだけだ」
従い続ける。異世界の者に苦痛を与え続けるというのが、世界の出した結論だった。得たものを手放すことは出来なかった。
そこまで出来る「総統」が何者かなのは全く分からない。おそらく異世界、というよりも異次元の者である気はする。だが自分からしてみればそんなことはどうでもいい。ラワは色々と思うところがあるようだが。
安定した生活が出来ればそれで充分だ。苦痛を与えるのも好きな方だった。
だから総統がリノヤに興味を持った時も、自分が楽しめて総統の満足も満たされて丁度良いくらいにしか考えていなかった。だが終わってみればこれだ。
三人がかりとはいえ、確かに自分たちはリノヤを圧倒していた。個々の力でも上回っていると感じた。だが再戦の際、彼はあきらかに前より力を誇っていた。
気に食わない。唇を噛みしめる。
「つきましたが。大丈夫ですか、シキセ様」
噛みしめて歩くうちに、「それ」は現れた。
「ええ、大丈夫よ。あなたは来ないの」
「はい。まだガイドを続けます」
この調子だとまだ誰か来そうですから、とラワは話す。
「私は行かせてもらうわよ。こんな暗いところはまっぴらだわ」
「そうですか。ではどうぞ」
「まああなたの予想が外れてくれることを祈っておくわ」
「ええ、そうですね」
ラワが頷く。
「私も外れてくれたらと思っています」
シキセが去った後、残ったラワは一人つぶやく。
「私も外れてくれたらと思っています。でも……」