第3話_三幹部
これまでにない事態であった。ヒーローと呼ばれる存在、リノヤの前にたびたび怪魔は現れた。だがそれは大抵一人のみの登場であった。それに対し、今、彼の前には3人の怪魔が表れていた。
3人は、いずれも一見すると人間と間違えかねないほど人間に酷似している。だがよく見てみれば、いずれも人間でないことを示す特徴を兼ね備えていた。
「さてと自己紹介させてもらうぜ」
そう言って進み出た大柄な男の皮膚は人でなく大樹を思わせるものであった。所々には葉が顔を覗かせていた。
「俺は三幹部の一人、スルマだ」
それじゃあ次は私ね、と女の怪魔が名乗り出る。いわゆるセクシーという言葉がぴったりあうような豊潤な肉体をしたその女の額には第三の目があり、それが彼女が人間でないことを示していた。
「シキセ、同じく三幹部の一人よ」
最後にじゃあボク、と進み出た一人はリノヤと同年齢の少年の恰好をしていた。こちらの額からは角が生えている。
「ここまで来たら言わなくても分かるかな。三幹部の最後の一人だよ。名前はシャト」
リノヤの前には怪魔達の幹部が揃っていた。
「それじゃあ俺から行かせてもらうぜ」
三人の中からスルマと名乗った大柄な男が進み出る。
「誰からだろうと同じだ!」
先手必勝とリノヤは敵に向かって鎌鼬を放った。だが……。
「おいおいその程度か?」
リノヤのはなった鎌鼬はスルマに傷をつけてはいたものの、それはわずか表面のかすり傷にしかなっていなかった。想定外の事態にリノヤは動揺する。
「それじゃあこっちから行かせてもらうぜ」
その言葉とともにスルマが跳躍する。リノヤは敵からの攻撃に身を構える。
勝負は一発だった。
リノヤの腹部には深々と、手首までスルマの手がめり込んでいた。
ごばぁっと嘔吐するリノヤ。
「おいおい、まさか一発でダウンってことはねえわな」
胃が。
「ぐお」
腸が。
「げえ」
肝臓が。
「があ」
腹部の各所に打ち込まれ、各臓器が次々と悲鳴を上げていく。
「うあ……あ」
ついに立っていられなれなくなったリノヤはその場に崩れ落ちた。
「何だ。もうあっさりギブアップかよ」
スルマはリノヤを両腕で抱き込みあっさりと持ち上げ締め付ける。ベアハッグである。
「ぐ……ぐああああああああああ」
胴体を圧迫され苦しむリノヤ。彼の背骨から肋骨がきしむ音が響く。
「どうした?仮にもヒーローなのってた奴がこの程度でやられる訳ねえ、よなあ!」
その声とともにスルマはさらに強くリノヤを抱きしめる。
「グボアア」
吐血するリノヤ。
やれやれ、とスルマはその手を緩めた。
「わざわざ三人で行けっていうから警戒していたが……無用な心配だったようだな。ほらよ、後はお二人さんで勝手にやっとけ」
そのままリノヤの体を放り投げるスルマ。リノヤは立ち上がろうとしたが体に力が入らず立ち上がることが出来ない。
「じゃあ私やらせてもらおうかしら」
そう言って進み出てきた女、シキセをリノヤはキッと睨みつける。
「あらあらいけない子。お仕置きしないとね」
にこやかにほほ笑むシキセの手から、電撃がほとばしった。
「があああああああ」
絶叫し、リノヤはもだえる。その様子を見てシキセはさらにほほ笑んだ。
「あらあ、あなたの体汗でべっちょりじゃない。ふき取ってあげるわ」
そう言うとなんとシキセはリノヤの体を妖艶に嘗め回し始めた。
「ふ、ふざけるな」
そう叫び抗おうとはするものの、体が言うことを聞いてはくれない。
「いいじゃない。むしろご褒美よ?」
言いながらシキセの舌がリノヤの腹を、胸を、そして頬を蹂躙する。
「そろそろボクに代わってよ」
シャトがそう言い進み出てくる。
「しょうがないわねえ。持ち帰ってからは私のだからね」
渋々、といった様子でシキセは引き下がった。
それじゃあっと進み出たシャトは、
リノヤに口づけをした。
「んいお!」
慌てて顔をそらそうとしたリノヤだが、それが出来ない。ただでさえ弱っていた体からさらに力が抜けていく。エネルギーを吸い取られているのだと理解するまで、一瞬時間がかかった。
「んんん、んんんんんーーー!」
リノヤは決死に逃れようとしたが力の抜けた体ではそれは叶わなかった。
しばらくたち、満足したのかシャトがリノヤを離す。ようやく解放されたリノヤはうつ伏せになったまま動こうとしない。怪魔達3人は勝利を確信する。後は、連れ帰るだけだと。
その時気づいた。リノヤの口が動いている。
リノヤが何かを呟いた。そう認識した次の瞬間、忽然とリノヤは姿を消した。
「どうする?」
シキセが仲間の二人に問いかける。
「報告するしかないだろ。殺さなかったが、捉えることもできませんでしたってな」
憮然とした調子でスルマが答える。
「あ~あ、残念だったなあ。もっと遊びたかったのに」
シャトが肩を落とす。
その会話を最後に、怪魔達は姿を消していった。人々はこの時まだ知らない。彼ら3人が会話する姿を見るのは、これが最後であるということを。