鶴の仇返し
むかしむかし、あるところに田助という正直者の若い男が住んでおりましたそうな。
ある日のこと、田助が畑の農作業を終えての帰り道。
沼のあたりで鶴の泣き叫ぶ声が聞こえました。
いってみると一羽の鶴が、猟師のワナにかかって苦しんでいます。
さっそく田助は鶴を助けてやりました。
鶴は喜びを羽いっぱいにあらわして、飛び去って行きました。
それから数日後。
日も沈みかけた頃、田助が家にいると、トントン、トントンと、誰かが訪ねてくるではないですか。
田助が不審に思いながらも戸を開けてみると、なんと目の前にそれはそれは美しい女が立っていたのです。
どこかのお姫様といわれても信じそうな美貌に、薄手の白い着物を前に突き出す双丘。
正直者の田助の目は女の胸に釘付けになり、ゴクリと生唾を飲み込みました。
田助が何用かと尋ねると、女は旅の途中で道に迷ったというのです。
すっかり魅了された田助は何度も頷きながら、家へと招き入れました。
田助は更に部屋を暑くしようと薪をくべ、汗をかくように大量のお茶を出しました。
女は胸元を少しはだけさせ、両手をついて礼を言います。
「本当にありがとうございました」
田助の目はこれ以上ないほどに見開き凝視しました。
それから話を聞くと、その女は泊まるところがないと言うのです。
田助は少し前のめりになりながら、優しく微笑みかけました。
「それじゃ、今日はここに泊まり――」
その時です。
乱暴に戸が引かれると、とても大柄な女が玄関に足を踏み入れます。
「あんた、帰ったよ。飯は出来てるかい?」
それは田助の頭からすっかり存在が消えていた妻でした。
ついさっきまで高揚していた田助は、血の気が引いていくのを感じます。
田助を見ていた妻の視線が女にうつると、眉間にシワがより、なんともいえない圧迫感が部屋を覆いました。
「あんた……誰だい?」
「私は――」
「アンタに聞いてるんじゃないよ! おい、田助ぇー!」
妻の叫びに田助の体は数センチ浮かんでしまいます。
首を激しく横に振り、手をバタつかせる田助は少々ちびりながら必死に言い訳をします。
「ちがっ、ちが、違うんだよ。こ、こ、こ、こ、この人は道に迷って」
「じゃあ、なんで胸元が乱れてるんだよー!」
妻が拳を振りかぶり、田助が目を閉じた時です。
女は田助の前に出ると、手のひらで拳を受け止めました。
「ほほぉ、あんた……やるねぇ」
「なにやら思い違いがあるようですね。少し奥で話をしませんか?」
口角を上げた妻が奥の部屋に入ると、女も後に続きます。
そして部屋の入り口で振り返ると、ニッコリと笑いました。
「決して中は覗かないでくださいね」
そう言って襖が閉められました。
田助が声を出せずにいると、隣の部屋からは激しくぶつかり合う音が聞こえてきます。
壺の割れる音に、床の軋む音。
家が揺れる振動がしばらく続くと、断末魔の叫びを最後に音が消えました。
田助は震える手で襖に手をかけ、そっと中を覗き込みました。
「うわっ!」
田助は思わず声を上げ、その場にへたり込みました。
血塗られた部屋で、返り血を浴びた真っ赤な鶴が一本足で立っていたのです。
鶴は襖の隙間からこちらを見ると、
「開けてはならぬと言いましたのに」
そう小さく呟きました。
「私は田助様に助けられた鶴です。正体がバレたからにはここにいることは出来ません。どうぞお達者で」
鶴は真紅の翼をはためかせながら、飛んでいってしまいました。
助けた鶴に、妻を殺された田助。
後日、田助は妻殺しの容疑でお縄につくと、「恩を仇で返された」と何度も叫んだそうな。




