星天狗と陽剣
心臓。
肋骨と筋肉が守っているが、ナイフの刃を横に向ければ比較的簡単に肋骨はすり抜ける。
そしてナイフが刺さってしまえば、【癒】のルーンがあっても回復は難しい。
それも時間が経過すればするほど、回復は困難になる。
インベントの背中の傷は、確かに心臓の位置だった。
だがなぜかインベントは生きている。
クラマがカイルーンの町まで急行し、【癒】のルーンで急いで治癒されたインベント。
傷が塞がった。そして三日後には何事も無かったかのように目を覚ました。
なぜインベントが無事だったのか?
それは誰にも、当のインベントにもわからない。
心臓の位置が常人とは違う?
実は心臓が二つある?
不死身? 死に戻り?
理由はわからないがインベントは生きているのだ。
**
「うわあ~~ん」
ベッドの上で目覚めたインベント。
インベントの腹部に顔をうずめながら泣いているのはアイナだ。
「アイ……ナ?」
「お前はなんでこう、いつもいつも死にかけて帰ってくるんだよ!」
泣いているアイナを見つめながら、状況がよくわからず混乱するインベント。
医療班の女性が「ちょっと失礼するわね」と言い、アイナを引きはがした。
そして横たわるインベントの胸に手を当てた。
「何か違和感はあるかしら?」
「いえ、特には」
「痛みは無い? 気持ち悪さは? どんな些細な事でも教えて」
「別に……無いですね」
「そう……そうなのね。念のため今日は寝ていてね。
何かあれば呼んでちょうだい。明日は改めて診察しましょう」
「は、はあ」
状況がわからないインベントは生返事だ。
兎にも角にもインベントの身体は問題無い。
五日間経過観察後、無事退院できた。
**
「おい、どこか痛いとこねえのか?
本当に大丈夫か?」
病院を出て日差しを浴びるインベント。
縮こまった体をストレッチで伸ばすインベントだが、アイナは過度に心配してる。
「大丈夫だよ。どこも痛くないから」
「ホントか? ちょっとでも痛かったら言えよ?」
「もう……お母さんみたいだね。アイナ」
「ばっかやろ! 本当に死んでもおかしくない傷だったんだぞ?」
「う~ん。でもそんなに痛く無かったんだよね」
インベントは背中の傷を擦る。
背中の傷はナイフで刺されたような傷がある。幅五センチ程度の傷。
解剖でもすれば、なぜインベントが即死しなかったかわかったかもしれない。
だがインベントは生きている。
そして【癒】のルーンで傷を塞がれてしまったので、インベントの死因ならぬ生因はわからないのだ。
「ふああ~、早くモンスター狩りたいなあ」
呆れたアイナは念話に切り替えた。
『相変わらず頭おかしいやつだ。
そういや『軍隊鼠』のこと聞くか?』
「ほ?」
『インベントを病院に入れた後、『軍隊鼠』が大量発生してな。
カイルーン森林警備隊はてんやわんやよ。
まあ、『軍隊鼠』って数が多いだけだからな。
みんなで力を合わせて駆除してるって感じだな』
「は~……そうなんだ」
インベントは未だに『軍隊鼠』に苦手意識を持っている。
まあ、『軍隊鼠』は徐々に減少していっている。
理由はアドリーがつくりあげたネズミの国が崩壊したためだ。
原因はインベントなのだが、インベントはそのことを知らない。
『軍隊鼠』がいなくなれば、カイルーンは元のカイルーンに戻る。
インベントの平穏なモンスター狩りライフが復活するのは間近?
そうは問屋が卸さない。
『んじゃあ行くぞ』
「え? モンスター狩り?」
『病み上がりのくせに何言ってんだ。色々話を聞きたいんだってさ』
「あ~めんどくさいな~」
『めんどくさがるんじゃねえ。
なにせ話を聞きたがってるのはアンタの命の恩人だぜ?』
「ほ?」
『よく思い出してみろよ。聞いた話だとアンタ国境付近まで行ったらしいじゃん』
「そうだね。オセラシアって茶色かったなあ」
『国境付近から誰がアンタを連れ帰ってくれたと思う?』
インベントは考える。
考えても答えが出ない。
「あれ~? そういえばそうだね。フラウが運んでくれたとか?」
『ま、『星天狗』が運んでくれたんだよ。
クラマ・ハイテングウがな。
はい、どーせ知らないんだろ。相変わらずトンチキ野郎だ。
ほれさっさと行くぞ~』
「う、うん」
****
カイルーン森林警備隊本部の一室に連れてこられたインベント。
中にはロメロとクラマがいた。
「お、復活したのか! 良かった良かった!」
いつも通りのロメロ。
「ははは、ご心配おかけしました」
インベントはロメロの隣に座るクラマと目があった。
(なんだ、この人。この人も……同じ違和感だ)
クラマに違和感を覚えるインベント。
デリータやロメロ、そしてアドリーと同じ違和感。
無言で見つめるインベント。
「なんじゃ。サインなら後にしろ」
「サイン?」
きょとんとするインベント。
笑うロメロ。
「はっはっは! おいジジイ。
インベントは『星天狗』も『クラマ』もどうせ知らんぞ」
「な、なんじゃと!?」
「『宵蛇』も俺のことも知らなかった男だ。
時代遅れのジジイのことなんて知るわけがないだろう」
「ば、バカな!?
おい小僧! ワシのこと知っとるよな? 『星天狗』じゃぞ?」
「知らないです」
「う、うそじゃろ。もう若い世代には通用せんのか……」
落ち込むクラマ。
「あ、クラマさんも『星天狗』もみんな知ってますよ。
この子はちょっとそういうことに興味が無いだけですんで」
フォローするアイナ。
「だがまあ、気色悪いお面つけて飛び回る変態なんて、そろそろ忘れられるだろう」
煽るロメロ。
「おい――何が気色悪い面じゃ! オセラシアに古くから伝わる『天狗様』の面じゃぞ!」
「オセラシアって言ってもごく一部で知られてただけだろ。
もう古いんだよ。ジジイ~」
「カッチーン! 言っていいことと悪いことがあるんじゃぞ?
戦うこと以外に興味の無い落伍者のくせに!」
「ハン! ジジイは馬鹿みたいに色々考えすぎなんだよ。
いちいちやれ影響力だ、見栄えだ、バランスだな~んて不純なことを考えてるからハゲるんだよ」
「ハゲとらんわ! フッサフサじゃ!」
クラマの髪はオール白髪だが、毛量は非常に多い。
いやそんなことはどうでもよいのだが――
いつの間にか口喧嘩をしているクラマとロメロ。
困っているのはアイナとインベントだ。
そこにフラウがやってきた。
「お、フラウじゃねえか」
「あ、アイナ隊長、お疲れ様っす。
それにインベントも。元気になったみたいっすね」
「うん」
フラウがやってきたことも気づかず、口喧嘩を続けるクラマとロメロ。
「なあ、フラウ」
「なんすか?」
「ロメロの旦那と、クラマさんって……仲悪いのか?」
「そうっすね。いっつもあんな感じっす」
「そうなのか」
「そうっすね」
仕方なく喧嘩が終わるのを待つことにした三人。
インベントは外を見ながら――
(はやくモンスター狩りたいな~)
と思っていた。