アドリー・ルルーリア③
――幽壁。
幽力で構成された壁。全てを拒絶する力。
危機を感じたときに発動する盾。
ただし発動すると大量の幽力を消費する。
モンスターは保有する幽力が多いため、殺す際には幽力を削らなければならない。
だがインベントやノルドが得意とする不意打ちは、モンスターの意識の外から攻撃する。
意識できない攻撃に対しては、幽壁が発動しないため効率よくモンスターを狩ることができる。
インベントはこれを致命的一撃と呼ぶ。
さてモンスター同様に、人間にも幽壁はある。
ちなみにラホイルがオイルマン部隊にて初任務の際に、モンスターから光の矢を喰らい足首から下を切り落とされ重傷を負った。
この時、幽壁は発動していた。ではなぜラホイルの足首は切り落とされたのか?
実はラホイルに命中した光の矢は二本だったのだ。
一本はラホイルの顔面目掛けて飛来した。
これは幽壁で防いでいる。結果顔面は無傷だった。
二本目はラホイルの足に飛来していた。
だがこの二本目をラホイルは視認できていなかった、意識できていなかったのだ。
結果、足首から下を切り落とされる重傷を負った。
****
加速武器・飛龍ノ型で一直線に飛んでいった薙刀。
アドリーの顔面に直撃したかのように思われた。
だが、幽壁が寸前のところで防いだ。
「……ど~ゆ~ことさ?」
アドリーは目の前に転がる薙刀を睨みつけた。
どうやってインベントが薙刀を飛ばしたのかまったく見当がつかないのだ。
(どうやったのさ? 何かを飛ばすルーン?
【雹】? 違う。 【弓】? 違う。
あ~……考えてもわかんねえさ。知らないルーンなんてことは無いと思うけどねえ)
【器】を使ったインベントの戦い方はインベント独自のものだ。
加速武器・飛龍ノ型も縮地も、収納空間を利用した技だとはわかっていない。
結果、アドリーはインベントが特別なルーンの持ち主なのだと予想する。
未だ【器】なのだとはわかっていないのだ。
アドリーはインベントに対しての警戒レベルを大きく上げた。
いつ何が飛んでくるかわからない上に、異常に対人慣れしているインベント。
そして何よりもアドリーの能力に対して驚きが薄いことが気がかりだった。
(相手のルーンが未だにわからないのは誤算だ。だけど……私のルーンだってレアさ。
なのに驚きが薄すぎる……まさかこの童貞ボーイ……)
「おい!」
「なあに?」
「お前……【樹】のルーンを知っているさね!?
それもそれなりの使い手と戦ったことがあるとみた!」
インベントは「ベオーク?」と呟いて、「知らないよ」と答えた。
「……ヒヒ。もうわかったさ。
【樹】のルーンを知らないのに、私の攻撃を避けれるわけないさね!
初見で避けたっての? ふざけんな! この大ウソツキが!」
【樹】。
樹木を操るルーン。非常にレアなルーンだ。
ロゼの【束縛】のルーンと同じぐらいレアだが、【束縛】に比べるとそれほど評価されないルーンでもある。
本来は、木材の簡単な加工ぐらいしかできないルーンなのだ。
だがアドリーは枝の伸縮、枝の先鋭化などを広範囲に行うことができる。
ただでさえレアな【樹】のルーン。
更に【樹】のルーン随一の使いと言っても過言ではないアドリー。
アドリーがルーンでアドバンテージをとれなかったことは生涯一度も無い。
幼い容姿を利用して相手の間合いに入り、相手に気付かれる前に枝雨を使い屠ってきた。
相手はまさか枝に串刺しにされるとは思わない。初見殺しのアドリー。
そんなアドリーにとって人生で初めての出来事が現在起きているのだ。
なぜか枝雨を躱され、不意に飛んできた薙刀で幽壁まで使わされている。
(スピードが速い。
武器を飛ばす力がある。
そんでもって行動に躊躇が無い快楽殺人者ってとこさね)
アドリーはインベントを分析する。
無表情なインベントだが、インベントは今武器を持っていない。
「ヒヒ、でも薙刀で勝てなかったのは残念だったねえ!」
アドリーは木の枝を操作し、薙刀を拾う。
そして……薙刀が木の中に吸収されていく。インベントの薙刀は木の一部となってしまった。
「これで……丸腰さああああ!!」
アドリーは気づいていない。
出会ったとき、そもそもインベントは薙刀を持っていなかったことを。
アドリーは槍を構え、インベントに接近した。
足はそれほど速くない。小柄故に身軽なのだが、いかんせん槍が重すぎる。
「そりゃあ!」
アドリーはインベントの心臓を狙う。
稚拙な攻撃だが、丸腰のインベントであれば避けてくるであろう算段だ。
(逃げるさね! 逃げてもこの槍は伸びて、お前を刺し殺す!!)
【樹】のルーンを使えば、ただの木製の槍であっても伸縮自在の槍になる。
対するインベントは、ナイフを取り出した。
収納空間から取り出したのだが、あまりの早業にアドリーは収納空間から取り出したとは思っていない。
「えい」
投げたナイフ。アドリーは難なく払う。
だが――次の瞬間にはインベントを見失っている。
(なん――で?)
インベントはそれはもう何度も何度もロメロチャレンジをやってきた。
幽結界に侵入するために、試行錯誤を繰り返してきた。
完璧に見えるロメロであっても、対応しにくい角度や場所は存在する。
そんな小さな針の穴に糸を通すような作業を繰り返してきたのだ。
モンスターに比べ人間の――いや人型モンスターの死角を突くのは難しい。
だが人外である人型モンスター、ロメロ・バトオとの戦闘経験は、インベントの相手の死角を突く動きを洗練させた。
そう。インベントにとって人型モンスターは大好物なのだ。
さて、目の前にいるアドリー。
ルーンは【樹】。特別なルーンだ。
攻撃は非常に強力で多彩だ。
だが身体操作能力は並。
アドリーの強さは、【樹】というルーンの特殊性と習熟度に支えられている。
(隙だらけだよ)
インベントはナイフを投げた後、頭を左に軽く振った。フェイントである。
(――縮地)
そして頭を振った方向とは逆方向に高速移動する。
いとも簡単にアドリーの視界から消えることに成功する。
(空間抜刀――大太刀!)
収納空間から大型の刀、大太刀を取り出しアドリーの腹部を狙う。
容赦なく臓物をぶちまけようとしたのだ。
アドリーはよもやこれだけ接近しているのに姿を視認できなくなるとは想定していなかった。
確かにインベントの速さは、かなりのものだ。
だが一番特異なのは、縮地を始めとした収納空間を利用した移動方法の発動の起こりのわかりにくさ。
昔は知らずに使っていたが、今のインベントは起こりがわかりにくいことを理解している。
アドリーの【樹】が初見殺しであるように、間合いに入った場合のインベントの縮地も十分初見殺しなのだ。
インベントが視界から消えた瞬間、アドリーはパニックに陥った。
(なん!? 幽壁――はもうだめだ! 避けろ! 避けろ!!
緊急! 緊急事態!)
アドリーはギリギリで反応し、どうにかインベントの攻撃を避けようとする。
幽壁は幽力の消耗が激しいため何度も使えるものではない。
(秘密の長靴!!)
アドリーは木製の靴を履いている。
咄嗟に靴の踵を伸ばし緊急離脱した。
だが伸ばした踵はインベントに切り落とされ、盛大にこけた。
それでもインベントを視界から外したりはしない。
見ていないと、いつ何をされるかわからないからだ。
(い、痛ったあー! て、てか……なんで剣持ってるの!?
あんな大剣、どこに隠してた!?)
更に困惑を深めるアドリー。
インベントは舌打ちをした。
(この少女……しぶといな)
と思った。
――いえ、彼女は人間です。
幼女はしぶといのです!