アドリー・ルルーリア② 童貞サイコキラー
インベントの薙刀がアドリーの首に迫る。
(木を操る力がどこまでできるかわからないからね。
接近しすぎは危ないよね! うふふ)
インベントの攻撃がアドリーに当たる寸前、アドリーが視界から消えた。
木の枝がアドリーの手首に巻き付き、引き上げたのだ。
(ああ、そういうこともできるのか~。すごいな)
インベントは一旦距離をとり、アドリーを舐めるように観察する。
(木の枝を自在に操るだけかと思ったけど、枝そのものを生やすこともできるのか。
それに発動スピードも速いし、結構厄介だな……。
遠距離攻撃……は弾かれちゃうだろうし。う~ん、ひひ)
インベントの中では人型モンスターであるアドリー。
対モンスターであればインベントの観察力は飛躍的に向上する。
そしてモンブレの世界での、木でできたモンスターの情報を参考にし、まだ見ぬアドリーの技の対策をたてるインベント。
インベントに余念は無い。
さて――
困惑しているのはアドリーである。
(な、なんなのこの子? さっきまではトロそうな童貞ボーイだったのに……。
いきなり殺し屋みたいな顔になったじゃないの!?
なんなのさ! おかしいわよ!)
アドリーは声を荒げて話し始めた。
「お、おい! お、おま……おにいちゃん!!」
口調が定まらないアドリー。
インベントは、モンスターが喋ったと思いつつ、そういえば人間だったことも思い出す。
「なあに?」
「おにいちゃん! いきなり殺しにくるなんてヒドイ!
こんなかわいい女の子なんだよ!?」
アドリーの舞台役者も顔負けの演技。
だがインベントは首を傾げながら――
「(モンスターなんだから)躊躇せずに殺さないとだめでしょ?」
と言う。
アドリーは背筋がゾワリとした。
(な、なんだコイツ……頭イッちまってるじゃねえか?
人を殺すことに抵抗が無さ過ぎる……どういう生き方をすればさ……こんな怪物が生まれてくるんだ!?)
アドリーは躊躇なくインベントを殺そうとした。
だがインベントは冷静に対応し、殺し返そうとしてきた。
インベント。年齢は15歳。
15歳まで運び屋の仕事を手伝ってきたごく普通の少年。
人を殺すのに躊躇が無い――わけではない。
むしろ対人戦は苦手だ。気が乗らないし、あまりやる気も出ない。
人殺しなんてもってのほかだ。そんな非人道的なことはできない。
唯一の例外はロメロだけだった。
人ならざる境地まで達しているロメロを、インベントは『人型モンスター』のカテゴリに分類している。
そして目の前のアドリーも『人型モンスター』になぜか分類されてしまった。
インベントはモンスター相手であれば躊躇はしないし本気を出せる。
弱点があれば徹底的に突くし、攻撃は徹底して相手を殺すために繰り出す。
優秀なモンスターハンター。
だがアドリーからすれば、サイコパス殺人者にしか見えていないのだ。
アドリーは呼吸を整えた。
(そもそもこんな場所に一人でくる男だしさ。
見た目が童貞ボーイだからって油断したけどさ。しっかり殺してやろう。
ヒヒヒ……年季の違いってやつを見せてやろうかしらねえ!)
アドリーは腹に抱えた悪意とは裏腹に――
「お、おにいちゃん……ごめんなさい……。話し合いましょう? ね? ね? ね?」
潤んだ瞳。なよなよした肢体。
まさにか弱い少女。
さすがのインベントも攻撃を躊躇してしまう…………わけもなく。
「えい」
インベントはナイフを投げた。
インベントが直接投げた割には真っすぐ飛んでいき、アドリーの顔面にしっかり飛んでいく。
アドリーは全ての皺を眉間に寄せたのかと思うぐらい寄せた。
「……あ~クソ」
手に触れた木の幹から、角材のような人工的な枝が伸び、ナイフを弾き飛ばした。
「せっかく妹キャラ演じてさ。ブッすりとコロしてやろ~と思ったのにさ。
頭おかしい童貞ボーイかと思ったらさ。快楽殺人者だってわけさ。
パパがさあ、『クラマは足止めしてるから数日は安全』とか言ってたのにさあ!
なんだオマエ!? 誰だよオマエ!」
アドリーは、木の中から禍々しく装飾された槍をつくりあげた。
まるで元から木の中に入っていた槍を引き出すように。
アドリーの身長は150センチ未満。
152センチのアイナよりも更に小さい。
そんなアドリーがつくりあげた槍は、自分よりも長い槍。
まともに扱えるようには見えない。
不釣り合いに大きな槍を構えるアドリー。
「さあ、おいで! 遊んであげるさ!」
インベントは「ふ~ん」と言いながら薙刀を構えた。
アドリーは待ちの構えだ。それに対しインベントは――
構えを解いた。棒立ち状態のインベント。
(は? なに?)
インベントはじい~っとアドリーの瞳を見る。
アドリーはわけのわからないインベントの行動に困惑する。
(やっぱり動かないんだね。このモンスターは基本的に待ち主体のモンスターなんだね~)
インベントは視線をあえてアドリーから外した。
遠くに実る赤い果実を見た。
戦闘中に目線を外すなんて自殺行為だ。
だがインベントはアドリーがテリトリーに踏み込んでくることを待っていることを悟っていた。
だからあえて視線を外した。
アドリーは不安になり、インベントの視線を追う。
その瞬間――
「えい」
インベントは薙刀の柄の先端を収納する。
定番の砂空間に収納しようとする動き。
結果、発生する強力な反発力。
インベントは目一杯の反発力を発生させた。
反発力は薙刀に伝わり、アドリーに目掛けて飛んでいく。
(――加速武器・飛龍ノ型)
加速武器は本来、武器を加速させ高速斬撃を繰り出す技だ。
武器を腕で振るうのではなく、反発力を利用し振るう。
腕は武器が吹き飛ばないように制御するのが役目。
それに対し加速武器・飛龍ノ型は武器そのものを飛ばす技だ。
だが収納空間の反発力を利用し、武器を飛ばすのは難しい。
反発力を高めると方向の制御が難しくなるが、反発力を抑えるとスピードが出ない。
そこでインベントは方向制御を手で行うことにしたのだ。
武器を両手で優しく持つことで、インベントの両手は拳銃のバレルのような役割を担う。
高速で飛び出す薙刀は、インベントの忍者小手を擦りながらほぼ真っすぐにアドリー目掛けて飛んでいく。
アドリーからすれば薙刀は投擲武器ではないため、まさか武器が飛んでくるとは思っていない。
そもそも加速武器・飛龍ノ型は発動モーションが予測しにくい。
初見で見切るのは難しい。
それに唯一の武器を投げるのも想定外。
アドリーは未だにインベントが【器】のルーンだとわかっていないからだ。
そして視線は誘導されているため、飛来する薙刀に気付くのが遅れる。
インベントが小さく「――びゅーん」と呟く。
直後、薙刀は――――アドリーの顔面に直撃した。
インベントが童貞? ふふふ。うふふふふ。(意味深)