アドリー・ルルーリア①
灰色の髪に、透き通るような白い肌をした少女。
予想外の事態にインベントは沈黙した。
「うふふ、おにいちゃん。こんなところで何してるの?」
愛嬌のある可愛らしい声で話しかけてくる少女。
インベントに何かしらのフェティシズムがあれば、大興奮していたのかもしれない。
だがインベントが萌えるのはモンスターぐらいだ。健全な男の子。
「え? あ……」
「ここって普通の人は来れないってパパが言ってたわ。
おにいちゃんは、どうやってここにきたの~?」
インベントは混乱している。
(この子誰? 僕はお兄ちゃんではないぞ。
どうしてこんな場所に女の子が? パパ? 家族と住んでる?
『軍隊鼠』とは関係あるのか?)
考えがまとまらず、「え~」と声を漏らした瞬間。
「あ、わたしはねえ~、アドリー。
アドリー・ルルーリア。今年で12歳なんだよ」
「ぼ、僕はインベント。インベント・リアルト。15歳だよ」
「そっかあ、インベントおにいちゃんだね。えへへ」
アドリーはゆっくりとインベントに近づいてきた。
「――ッ!?」
アドリーがインベントに近づき、二人の距離が五メートルをきった時、インベントは咄嗟に一歩引いた。
理由はインベントにもわからない。体が自然と動いていた。
(なんだ? 僕はどうして?)
アドリーは首を傾げる。
「おにい……ちゃん?」
「あ、ごめん」
「うんうん。ごめんなさい。
それよりもおにいちゃんはひとりで来たの?」
「そうだよ」
「そっかあ、ひとりなんだね」
アドリーはにこにこしている。
「でも、どーしてこんなところにきたの?」
「う~ん。『軍隊鼠』、あ、ネズミのモンスターね。
ネズミのモンスターの発生源がここだと思ってさ」
アドリーは目を細めた。
「……どうしてそんなことがわかったの?」
「どうしてって……空から見たらなんとなくわかったよ」
「そ……ら? だと?」
アドリーの声色が変わる。
優しい雰囲気も同時に消え去った。
「あ、アドリー?」
「空を……飛べるの? ここに飛んできたってこと?」
「え? う、うん」
「……クラマの弟子か何か?」
「クラマ? 誰?」
アドリーは片眉を上げた。
「おちょくってんの? クラマ・ハイテングウよ」
「し、知らないよ」
インベントはクラマ・ハイテングウを本当に知らない。
だが信じないアドリーは嘲るように笑う。
「知らないわけないでしょ? 『宵蛇』の初代リーダー。
『星天狗』のクラマ。イング王国とオセラシア自治区の架け橋。
超がつくほどの有名人。知らないわけ……無いよな? な?」
いつの間にかアドリーは苛立っている。
「し、知らないってば」
「ふ~ん。そっか。しらを切るんだ。
かなしいな~、かなしいよ、おにいちゃ~ん」
アドリーは近くにある大樹に向かってスタスタと歩いた。
そして左手をぴたりと幹につけた。
「っは~~あ……めんどくさいな~。嘘つくし~」
アドリーは、悪意たっぷりの表情で笑う。
インベントは何が何やらわからない。
インベントは「アドリー?」と呼ぼうとした瞬間、アドリーに違和感を覚えた。
この違和感をインベントは知っている。体感した記憶がある。
その相手は、『宵蛇』の本当の隊長であるデリータ・ヘイゼン。
そしてロメロ・バトオ。
初めてアイレドの会議室で出会った際に感じた違和感と酷似していた。
(『僕』はこの感覚を知っている……。
このアドリーって子……普通の子じゃない。
そうだよ……こんな場所にいる。普通なわけないじゃないか。
そうか――)
インベントの眼光が一気に鋭くなる。
ここ最近のインベントは、『軍隊鼠』を殺せない結果、腑抜け状態になっていた。
アイナが気を使ってくれていたので、完全な腑抜けではないものの、あやふやな状態はたった今まで継続されていた。
アドリーに対してもフレンドリーに接してきたので油断していた。
だが――
アドリーから剥き出しの悪意を向けられている。
そんなアドリーにロメロと同じ違和感を覚えている。
もしかしたらアドリーはロメロ並みに強いのかもしれないとインベントは考えた。
そんな相手がインベントに対し悪意をぶつけてきているわけだ。
確証は無かった。
だがインベントは自動的にアドリーを『人型モンスター』と判断したのだ。
(この子は……危険。――『俺』の敵!)
インベントの『モンスターぶっころスイッチ』が入った。
一気にエンジンがかかるインベント。
――この判断が生死を分けた。
「――死んじゃえ。おにいちゃ~ん!!」
嗤うアドリー。
その表情は悪魔の如く。
『森の精』と見紛うほどの可愛らしい容姿は、一気に悪魔のような顔に変わっていた。
とても12歳の顔ではない。
「なん!?」
インベントはただただ危険を感じ、反発移動と疾風迅雷の術を連続で使用し、一気に後方へ飛ぶ。
インベントとアドリーの間に視界を遮るものはなにも無い。
だが、インベントが立っていた場所に突如何かが落ちてきた。
「アハア~、勘がイイ~!」
「な、ナンダコレ?」
インベントを襲ったもの。それは――木の枝だ。
アドリーが触れている木。
その木の枝たちが伸び、頭上からインベントを襲ったのだ。
もしもその場所に留まっていれば串刺しにされ即死だったであろう。
インベントは異様な光景をただただ観察していた。
だがすぐにアドリーを見失っていることに気付いた。
「すごいじゃん。おにいちゃん。かっこいい~」
「――うお!?」
インベントがあっけに取られている間に、アドリーの接近を許していた。
木々が視界を塞ぐので、アドリーを見失いやすいのだ。
アドリーは飛び上がり、インベント近くの木に触れた。
「うふふ~、――枝雨」
インベント上空の枝という枝が伸び、インベントを刺し殺そうと迫ってくる。
圧倒的な数の暴力。
普通の人間であれば絶望し、諦めてしまうかもしれない攻撃。
初見であればまず躱せない攻撃だ。
だが、インベントは普通ではない。
まるで知っていたかのように冷静に対処する。
(……木を操る力かな? モンブレにもいたな。
なんだっけ……レーヨン? ローション? まあ名前はいいや)
インベントは、縮地で枝雨を避けつつアドリーに接近する。
そして途中で疾風迅雷の術を四度続けて使用した。
加速を二度、方向転換を二度の計四回。
アドリーはただでさえ縮地でインベントを見失いかけていた。
更にアドリーにとって、縮地も疾風迅雷の術も初見である。
アドリーは余裕綽々だったが、一気に顔が曇った。
(あ、あのガキ、ど、どこにいった!?
うぇえ!!? なんでもうそこにいるのよ!!?)
瞬間移動かと思うようなインベントの動き。
インベントは収納空間から薙刀を取り出し、躊躇せずにアドリーの首を狙った。
少女の首を躊躇せずに狙うなど、一般的な倫理観であれば考えられない。
だがインベントはスイッチが入っている。
『モンスターぶっころスイッチ』が。
アドリー・ルルーリア。
まさか自身が人型モンスター扱いされているとは思っていない。
そして『モンスターぶっころスイッチ』が入る前と後で、人が変わってしまったインベントに翻弄されることになる。