白い絨毯⑧ ネズミの国
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インベントは南に進む。
ほぼイング王国領の国境沿いまでやってきたインベント。
(ほわ~)
イング王国の南にはオセラシア自治区がある。
明確な国境は無い。だがインベントは一目でオセラシア自治区だと理解した。
(サバンナだ~。すげ~)
イング王国が緑の世界だとすれば、オセラシア自治区は茶色い世界だ。
オセラシア自治区は雨季はあるが基本的には乾燥している地域である。
土壌は肥沃なため砂漠地帯は一部だけであり、大半が草原地帯や荒野である。
目の前に広がる草原地帯は、緑の草原ではなく小麦色の草原だ。
だからインベントはモンブレの『サバンナ地区』を思い出し、『サバンナ』と呟いたのだ。
まさに自然の境界線があるのだ。
ちなみに隣接するイング王国とオセラシア自治区でこれほどまでに地域差がある理由は判明していない。
イング王国ではイング神のお導きと考えられている。
インベントは遠目に見えるオセラシア自治区を眺めながら――
「さあ~て、『軍隊鼠』はどこで繁殖してるのかなあ?」
南部に進むにつれ、『軍隊鼠』の群れは数は減ってきている。
だが空から見れば、『軍隊鼠』が北に進む習性があるのは明確であり、国境周辺で繁殖している可能性は非常に高かった。
「このあたりで繁殖してると思うんだけどなあ……。
うう~ん。『軍隊鼠』ってあんまり活発じゃないんだよなあ」
『軍隊鼠』はあまり動かない。
群れを形成しつつ、その場に留まる傾向があるのだ。
「群れは減っているけど……こっちな気がするんだよなあ。
でも木が多すぎてよく見えないんだよねえ」
カイルーン南部。
街道は無く、人が踏み入らない領域にまでインベントは到達していた。
****
二時間近く『軍隊鼠』を観察するインベント。
そして――転機が訪れる。
「あれ? 動き出したぞ??」
『軍隊鼠』の群れがジワジワと動き出したのだ。
やはり北に向かって。
そしてインベントは怪しい場所を発見する。
大樹に囲まれて上空からは大地がまったく見えない場所から、新しい群れが移動してきたのだ。
(あの群れが出てきたから、他の群れが移動したのかな? うん、そんな感じがする)
とりあえず降下するインベント。だが降下するにつれ予想は確信に変わる。
ギチギチとネズミたち特有の音がけたたましく鳴り響いているのだ。
まるで空気が震えているように。
「な、なんだここ……」
さすがにインベントも気味が悪くなる。
だがゆっくりと大樹の屋根を通り抜けた。そして――
「……ネズミの国??」
インベントは異様な光景に目を疑った。
森の中に明らかに意図をもって作られた場所が現れたからだ。
ギチギチギチギチ!!
大量の『軍隊鼠』がいる。
それだけでも気味が悪い空間。
なにより異様なのは、『軍隊鼠』が数百匹ずつ区分けされた空間にいるのだ。
上空から見るとほぼ正方形に区分けされた空間の中で『軍隊鼠』は身動きとれず蠢いている。
そんな空間が六つ、近からず遠からずの場所に点在していた。
インベントは恐る恐る近づいて、六つの内の一つの空間を観察する。
(なんだこれ……。これって人が作ったのか?
い、いや……こんなことできるわけないよね。自然とできた? そんな馬鹿な)
インベントが驚くのも無理はない。
空間の四隅は立派な大樹が柱の役割を担っている。
では『軍隊鼠』を身動きできなくしている柵は何か?
柵は大樹から伸びた枝だ。
それも大樹の根本から伸びた太い枝。
もちろん根元から枝が生える木は存在しない。インベントも初めて見た。
モンスターの中では小型な『軍隊鼠』でも逃げれないように、地面にスレスレ――いや地面にめり込むように大量の枝が『軍隊鼠』の行く手を阻んでいた。
そして伸びた枝どうしが絡まり合い『軍隊鼠』が脱出不可能な檻を作り出していた。
まるで木がプロレスリングを作っているかのようである。
(お、檻だよね?? これ)
六基の檻が自然にできたわけが無かった。
なぜなら木々が『軍隊鼠』用の檻を作るわけが無いのだから。
だが自然が偶然作り出したかのように思いたくなる空間だった。
木々を切断した形跡はまったくない。つまり人工的な形跡も無いのだ。
インベントには木々が生きているかのように作りあげた空間に見えた。
インベントは混乱しつつも安全な場所から檻の観察を続ける。
(あれ? 檻によって『軍隊鼠』の大きさが違うぞ?)
六基の檻。
檻の中にはほぼ同数の数百匹の『軍隊鼠』が閉じ込められている。
だが檻ごとに大きさが違った。
(う~ん! この檻の中の『軍隊鼠』はすごくかわいいぞ!
赤ちゃんなのかなあ?)
ある檻の中には非常に幼い『軍隊鼠』が所狭しと駆け回っている。
小さいため、駆け回るスペースがあるのだ。
見た目はまさにハムスターである。
(かわいいなあ~。でもどういうことなのかな??)
インベントは時計回りに檻の中を確認すると、徐々に『軍隊鼠』が大きくなっていることを確認した。
まるで『軍隊鼠』の成長過程を見せられているかのような檻。
インベントは安全をしっかり確認し、大地に降り立った。
『軍隊鼠』の鳴き声にビクビクしているのは、インベントが『軍隊鼠』に苦手意識を持っているからだろう。
いつでも逃げられるように反発移動の準備は万全である。
インベントは一番目の幼い『軍隊鼠』がいる檻に近づいた。
幼体なので鳴き声は幾分マシだ。
自然で不自然な柵を観察する。
(しかし、近くで見ると凄い檻だなあ……。
人間業ではないよねえ……も、もしかして森の精霊が?
まさかねえ~)
どうしてこの場所に、ネズミの国が存在しているのか理解が追い付かないインベント。
超常的な力が働いたのではないかと思ってしまうのも無理はない。
(どうしようかな……ここで繁殖しているのは間違いなさそうだけど……。
う~ん……この檻を壊せばいいのかな?
というか繁殖しているなら親ネズミがいるのかな~?
――あれ?)
インベントは六基の檻とは別に檻らしきモノを発見した。
他の檻のように柵がある。だが『軍隊鼠』はいない。
それもそのはず、北側の柵が無いからだ。
インベントは恐る恐る近づいて、檻らしき中を観察する。
(ここ……つい最近まで多分『軍隊鼠』がいたんだ。
気配が残っている……。齧った後もたくさんあるし。
で、でもどういうこと?? 柵があったのに無くなったの?)
悩むインベント。
どうしていいかわからない。
この場所は違和感だらけなのだ。
「う~ん。戻ってアイナたちに相談かな~」
手に負えないと判断したインベントは、帰還しようと思った。
帰還。
そう、さっさと帰ればよかったのだ。
だが――
「ヒトの気配を――――感じるわ。感じるわよ」
人がいるわけが無い場所で人の声。
インベントは驚いて振り向いた。
そこには灰色の髪に、透き通るような白い肌をした少女が立っていた。
明らかにインベントよりも年下に見える少女。
人が踏みこんではいけない森林地帯に、いるはずのない少女。
緑のキャンバスにその存在は目立ちすぎる。
だがインベントは、なぜか森林と調和していると感じてしまった。
(森の……精??)
インベントは幻想的な少女に目を奪われてしまった。
こんな場所で誰かに会うなど思ってもいなかったため驚きもある。
そして森の精かと思うほど、幻想的な少女が悪人には見えなかった。
結果――帰還するタイミングを逸してしまったのだ。